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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第三部 人族とエルフ族
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ライブニッツァ事変1

 翌朝早くにケーセックの北の街門を正面から抜け、チヨメの示す北への街道を【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を使って進んだ。


 最初チヨメはその魔法を見て驚き、それから暫くは普段あまり表情を変えない彼女が、やや興奮した面持ちで消えては移り変わる風景に見入っていた。


 以前王都で彼女に見せた転移魔法は、記憶した特定の場所へ瞬時に移動する事が可能な【転移門(ゲート)】であったが、今回のは目視出来る場所を瞬時に移動する【次元歩法(ディメンションムーヴ)】だ。忍者としてはこの魔法スキルはかなり有用に映っているのだろう。


 進む街道の西側はシアナ山脈と呼ばれる山の連なりが壁のように続き、その麓は緑豊かな森が山脈に沿って続いている。

 その裾野は肥沃な大地が広がっているのか、多くの耕作地が周辺に見える。


 やがて日が中天に差し掛かる頃になると、目的の街が街道の先に見えて来た。

 街はケーセックを一回り大きくしたような規模で、街壁の高さもケーセックのそれよりも高く聳え立っている。街の西側には堅固な砦が貼りつくように築かれており、そこに何台もの馬車が出入りしていた。


「まさかこれ程の速さでここまで来れるとは思いませんでした。カルカトから直接ケーセックに向かいましたが、よく追い付けたと思いますね」


 チヨメが眼前に見えるライブニッツァの街並みを眺めながら、感心と共にそんな事を呟く。

 彼女と王都で別れてからは、少し寄り道もしていたので運が良かったとも言える。これぞまさしく精霊の導きかも知れないなと、そんな事をアリアンに言うと何故か半眼で見返された。


 ライブニッツァの街へは南の街門から入る事となった。

 前を行くチヨメが門前にいる衛兵に何かを見せて、二言三言、言葉を交わすと特に何の調べも無くすんなりと街中へ入る事が出来た。

 恐らく通行証のような物を事前に用意してあったのだろう、なんとも用意周到な事だ。


 南門を入ってすぐ目の前には、街の中央を貫く大通りが通っており、多くの人々が雑多に行き交っている。街壁沿いには街の周囲を外周するような通りがあり、すぐ東側は街壁が二重になって、その先にまた街が広がっていた。恐らく東側の区画は新しく拡張された所謂、新市街と呼ぶべきものなのだろう。かつての街壁だった物は今の街壁より低かったのか、街中のそれは一段低い構造で旧市街と新市街の間に残されている。


 チヨメはそんな新市街の方へと向かって、かつての街壁だった場所に造られた門を潜って行く。


「調査が長引く事も考慮して、先に拠点となる宿を確保します。こういった旧市街と新市街が別れている街は新市街の方が治安がよくない事が多いですが、ボク達のような者にとっては却ってこちらのような場所の方が行動しやすいのです」


 そんなチヨメの説明に頷きながら新市街の雑踏に目を向ける。多くの人が行き交う通りは旧市街より幅が狭いが、黒の外套を纏った二メートルを超す鎧騎士が歩けば自然と道は開けて、それ程歩く事に不便さは感じない。

 そんな混み合う新市街の通りを抜けて、少し中に入った場所にある一軒の宿屋に部屋を取った。


「ここからは二手に別れて情報を集めましょう」


 宿に部屋を確保した後、チヨメが提案したのは情報収集だった。


「実は今回ライブニッツァに潜入するのはボクも初めてですので、きちんと下調べした方がいいと思いまして。一応ここに潜った事のある里の先達からは話を聞いてますが、念の為です」


「まぁ我からは特に異論はない。我ら二人は情報収集があまり得意ではないからな」


 チヨメの提案に賛同をしつつ、自分達の情報収集能力の無さに肩を竦めて溜息を吐く。


「ちょっと、二人ってあたしもその中に入ってるの?」


 ポンタの肉球を揉み拉いていたアリアンが、自分の物言いに抗議するような目を向ける。


「事実は受け入れねばな」


 そんなアリアンを見返しながら言うと、彼女は口をへの字口に曲げて頬を膨らませた。


 こういうのは得手不得手もあるが、向き不向きもあるものだ。自分の場合は鎧や兜を脱ぐわけにはいかず、恰好が恰好なのでゴロツキやチンピラに威嚇して情報を引き出す事は出来るが、一般人は避けて通ったり目を合わせないようにする事が多い。その為、情報を聞き出す難易度は上がる。


 一方アリアンはと言えば、薄紫色の肌に尖った耳、白く美しい長い髪など外見的特徴がかなり目立つのでこちらもフードを目深に被る必要性がある。すると途端に怪しくなって情報を聞き出すのが難しくなる。彼女の豊満な身体つきならば、妖艶な謎の美女を演じればスケベ男からの情報を聞き出すのは容易だろうが、彼女にその手の演技が出来るように見えない。


 その点で言えば、チヨメは頭の獣耳と尻尾を隠せば普通に一般的な人族と変わらない為、顔を隠す必要性のある自分達二人よりは格段に相手の警戒心を掻きたてる要素が少ないのだ。

 この時点で三人の情報収集する際の難易度には明確な差がある。得意分野を持つ者が近くにいるならば、その力を借りる事に恥じ入る事はない。


「わかってるわよ……」


 そんな事を彼女に懇切丁寧に弁明すると、やや耳を赤くしてそっぽを向かれてしまった。


「では夕刻に、またこの宿に集まるという事でいいですね?」


 チヨメのそんな締め括りに二人で頷き、また宿を後にした。

 街中の雑踏に紛れて消えて行くチヨメの背中を見送り、傍らに立つアリアンに視線を向ける。


「では我々も出来るだけの事をするか……」


 そう言って彼女を促すと、それに大きく肩を竦めたアリアンが頷いて見せた。


「そうね、チヨメちゃんばかりに任せる訳にもいかないしね」


「きゅん!」


 アリアンに抱きかかえられたポンタも何やらヤル気を見せるかのように、その大きな綿毛の尻尾を振って見せる。しかし直後にキュルキュルとお腹の虫を鳴らした所を見るに、単に何か新しい街で美味しい物を期待していただけのようだ。


「ではポンタのおやつを買いがてら、我らは旧市街の方へ行くとするか」


 そう言ってチヨメが消えた新市街を背にして、旧市街への方へと足を向けた。かつて街壁だった新旧の市街を隔てる壁を潜り抜け、南門前にある広場を経由して大通りへと出る。

 様々な商店が立ち並ぶその通りを、ポンタが反応する店先を冷やかしながら歩く。


「話を聞こうにも、人が避けて通って行くな」


「アークの威圧感のせいじゃない? もう少し屈んで歩いてみれば?」


 周囲の人々に目を向けながらぼやくと、隣に居たアリアンがぞんざいな方法を提案する。そんな事をしても怪しい二人組がかなり怪しい二人組になるだけだろう。

 そう思いながら、一つの方法を思いつく。


「アリアン殿、風の精霊を使って人々が喋る話を盗み聞く事は出来ぬか? ランドバルトで似たような事をしておったよな?」


「あぁ、確かにそうね。ちょっと待って……」


 自分の提案にアリアンも頷くと、抱えていたポンタをいつもの自分の兜の上に乗せ、以前に見た時と同様に何事か小さく囁いて手の平に軽く息を吹きかけた。すると彼女の手の平の上に、何やら

淡い光の輪郭のようなものが揺らめくようにして現れる。

 そしてその恰好のままで、アリアンは此方を見上げて尋ねてきた。


「で、どの辺りの話し声を拾ってくる?」


 彼女のその問いに周囲に視線を巡らせると、ちょうど通りの反対側の商店に初老の男達が集まって何やら話し込んでいる姿を見つけた。


「まずは、あれね?」


 その自分の視線を追っていたのか、アリアンもその集団に目を付け、手の平の上で揺らめく淡い光に何事かを囁き掛けると、それは微風だけを残して音も無く消えてしまう。

 しばらくしてアリアンの周囲にまた微風が起こると、此方に顔を向けて自分の名を呼んだ。


「アーク、聞いてみる?」


 そう言って、彼女の手の平の上にいつの間にか現れていた淡い光を掲げて見せながら、それを耳元に持って来て静かにするようにと口元に人差し指を添える仕草をする。

 その淡い光の塊のような物は、微かに震えるように揺らめくと、何処からともなく人の喋り声が聞こえてきた。


「最近、西の砦の兵士の動きが慌ただしくないか?」


「なんでも国境付近で魔獣が増えて、それの対処にケーセックに兵をやってるって話だ」


「でもよぉ、最近砦の近辺に近づくと、兵士達がすぐに来て追い払いに来ないか?」


「あぁ、しかも砦の中から変な鳴き声とかをよく聞くようになったって話だ」


「あんまこういう事に余計な首を突っ込まないのが長生きするコツだぞ?」


 やがて男達の喋り声は掠れるようにして消え、手の平のあの淡い光も消えて失せていた。

 内容としては、西の砦の兵士達の監視が厳しくなっているといった話だ。元々軍事施設というのは他者を寄せ付けないものなので、特にこれと言って有益な情報だとは言い難い。


「しかしこの方法ならば、街の噂話などを集めるには持ってこいであるな」


「でもこれって結構面倒臭いわね……」


 そんな事をぼやくアリアンは、通りや路地で屯して話し込む集団に対して精霊魔法を駆使してその話の内容を盗み聞く行為を繰り返した。

 中には露骨にアリアンの方に視線を向けながら喋る集団から、彼女のあの乳にむしゃぶりつきたいだの、大きな尻を撫で回したいだのという下世話な会話が精霊から齎され、一時怒り心頭になった彼女を宥めるの四苦八苦するという場面などもあった。


 しかし殆どが住人達の世間話などばかりな上、彼女が使う精霊魔法も僅かな時間だけの話し声を拾ってくる事が精一杯のようで、なかなか有益な情報などは集まらなかった。

 そんな埒の明かない情報収集を一旦切り上げ、商店の立ち並ぶ通りを抜ける。


 大通りを進んだ先には幾つもの市が立ち並ぶ大きな広場があり、そこを中心に大小様々な街路が延びていた。その広場からは街の西側に聳える城壁が見え、そこへ真っ直ぐ続く通りが見える。


「あそこが領主のいる場所だろう。少し下見しておくか」


 領主の城へと伸びる大通りを進んで行くと、やがて通りの右、北側にまたあのシンボルを掲げたヒルク教の巨大な建造物が見えてくる。

 ケーセックで見た教会よりも規模が大きく、四隅に配された鐘楼はこの街の領主の城壁よりも高く聳え建っていた。

 その周辺には教会に出入りする多くの人々に混じって、以前何処かで見た事のあるような如何にもな聖職者風の装いをした者達の姿も見る事が出来る。


 自分とアリアンはその一画の集団を避けるように足早にその場を通り過ぎ、突き当りの領主の城壁に沿って街の区画の南西部へと抜けた。

 そこは比較的大きな建物の並ぶ区画で人通りも多くなく、綺麗に敷き詰められた石畳と整えられた水路には綺麗な水が涼やかな水音をさせる閑静な場所が広がっている。


 閑静な住宅街といった趣のその区画だったが、その物静かさを打ち壊す者がアリアンと自分の目の前にふらりと立ち塞がった。

 長身で大柄なその男は、この街中で見る者達と違い、幾分か異国風な出で立ちと顔つきだった。

 黒の髪を捩じり幾つもの束に纏めた独特な髪型は、所謂ドレッドヘアのように見える。そして、ややはだけた衣服の下に見える彼の全身には、刺青のような紋様が幾つも刻み込まれていた。


 無精髭に好色そうな目をアリアンに向けるその男は、酔っているのか顔が随分と赤く、ふらふらと街路を歩くその足元はかなり覚束ない様子だ。


「へへへ、そこの女ぁ! てめぇいい身体してんじゃねぇかぁ? ちょっとオレ様に付き合えよ」


 言ってる事や態度など見ればただのゴロツキのようにしか見えないが、身に着けている衣服などはかなり仕立ての良い物のようだ。貴族かその臣下の高官などだろうか。

 男は長袖長裾に押し込められてもなお女性特有の膨らみを隠しきれていない、アリアンの胸元に吸い寄せられるように近づいていき、だらしなく鼻の下を伸ばしていた。


「あたしに近寄らないでくれる」


 酒臭い男の息を手で払うようにしながら、アリアンは相手の男を睨み付ける。しかし、男の方はそんな剣呑な彼女の態度にも頓着する様子も無く、さらに声高に詰め寄って来た。


「へへぇ、強気な女も~オレ様は好きだぜぇ? 良い酒飲ましてやんぞぉ!?」


 アリアンの腕を取ろうとふらふらと近寄ってきたその男の腕を、彼女が振り払おうとするその前に腕を取って、そのまま男の背中の方へと捻り上げる。


「イテテテテ!! 何しやがるテメェ!? オレ様を誰だと思ってやがる!?」


女子(おなご)を口説く時は、今度から素面(しらふ)の時にするのだな」


 捻り上げた腕を必死に外そうと暴れる男は、唾を飛ばしてさらに喚き散らす。此方としてはあまり力を入れすぎると腕どころか背骨を真っ二つに折ってしまいそうなので、あまり動き回って欲しくないのだが、男は生憎と酔っていてがむしゃらに身を捩り出す。

 こんな閑静な街中で騒いでいる集団があれば、すぐに衛兵などを呼ばれかねない。


「ええい、暴れるな!」


「ごはっ!?」


 意識を刈り取る為に軽く鳩尾に一発入れると、男は一瞬身体を強張らせた後、口から大量の吐瀉物を吐き出してその場に倒れ込んでしまった。

 血や内臓は飛び出していないようで、とりあえずは一安心だ。


「ふ~、ようやく静かになったな……」


 周囲の様子を窺いながら、安堵に肩を下げる。


「……一応お礼は言っとくわ、ありがとうアーク。ところでこれ、……どうするの?」


「きゅん? きゅん!」


 アリアンは石畳の上に伸びた男を見下ろしながら、そんな事を尋ねてきた。

 男は口の周りに饐えた臭いの液体を撒き散らして白目を剥いている。その男の変わった髪型が気になるのか、ポンタは髪の毛束を前足で踏んだり、引っ張ったりして遊んでいる。


「ダメよ、そんなばっちぃ物に触ったら」


 しかしそんなポンタを、アリアンは後ろから抱きすくめて倒れた男から引き離した。


「きゅ~ん……」


 どうやらもうちょっとあのドレッドヘアで遊びたかったようだ。

 倒れた男の身形などは割と良さげな物だったので、このままこの場にいても面倒に巻き込まれるだけだろうと判断して、一旦この場を後にする事にした。


「厄介事が舞い込む前に、ここから立ち去ろう」


「そうね」


 自分の提案にアリアンも即座に賛同すると、倒れ伏した男をそのまま放置して、再び旧市街の方へと足を向けた。


誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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