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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第三部 人族とエルフ族
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国境の街グラド1

 神聖レブラン帝国ライブニッツァ領。この地は西にシアナ山脈が南北に走っており、西側のレブラン大帝国との国境を隔て、東には峻嶮な火山が峰を連ねる火龍山脈に挟まれた土地となっていた。


 東西を壁のように聳える山々の間にあっても領周辺の土地はなだらかで、神聖レブラン帝国の中ではかなりの南部寄りの為に気候も帝都よりも暖かく、作物の栽培が易い土地の為に比較的豊かな所領が点在している。


 そのライブニッツァ領の領主の居城の一室では、男女が楽しげに絡み合い睦言を交わしては酒を飲んで騒ぐ声が響いていた。


 豪華な内装に彩られたその部屋には、高価な刺繍模様の入った大きな布張りのソファが置かれ、そこに長身の大柄な男がだらしなく凭れ掛かっている。

 黒の髪は捩じられて幾つもの束に纏められた独特な髪型で、無精髭を伸ばして胸を大きくはだけた彼の身体には独特の紋様の入れ墨があちこちに彫り込まれていた。

 野卑な笑みを浮かべる男のその鍛えられた胸板を、両脇に侍る女達が白い指でなぞるようにして這わせる。女が火照った顔をその男に向けると、男は手に持った酒瓶を呷って口内に含んだ酒を彼女の唇を吸って口移しで飲ませ、手は彼女の大きな胸を鷲掴みにして揉みしだく。

 女の口内からは高価な酒の芳しい芳香と共に、甘い吐息が漏れ出る。


「フンバ様~、わたしにも~♪」


 それを見ていた他の女の一人が、フンバと呼んだその男の腕に縋りついて甘えるような声を上げて、上目づかいで自身の唇を舐めて見せる。


「ぬははは、いいぞ、いいぞ。お前にもこの最高の酒を堪能させてやるぞ」


 フンバが再び酒瓶を呷ろうとした時、部屋の扉が無遠慮に開かれて一人の男が踏み入って来た。


「フンバ殿、昼間から酒を呷って女共と遊興か!? 陛下より受けた任を忘れたのか!?」


 顎が細く神経質そうな顔に、きっちりと七分に分けた赤茶の髪の下には青筋が浮かんでいる。きっちりと着込まれた服装は華美な物ではないが、仕立ての良さを見れば一級品だ。

 そんな彼を睨め付けるようにして仰ぎ見ると、フンバは心底面倒臭そうにする。


「ドラッソスのおっさん、オレは魔獣の確保の遠征から帰ったばっかだぜ? 少しくらいゆっくりしててもドミティアヌス陛下はお許し下さるさ」


 含み笑いをしながら、フンバは両脇にいる女達を抱えてその男の目の前でまた女性の身体を弄り始めると、女達から一斉に黄色い声が上がった。


「……貴様!」


 ドラッソスと呼ばれたその壮年の男は、目の前のフンバに掴みかからんばかりの怒気を孕ませて大きく足を踏み出そうとした。が不意にフンバが軽く口笛を吹くと、今迄視界に入らない位置からのそりと大きく動く気配が現われて、ドラッソスは思わずその足を止めた。


 ソファの影から這い出したのは体長二メートルにはなる巨大な狼だった。全身が白い体毛に覆われており、尻尾の先が僅かに蒼く燐光を放っているのが見える。前足の片方には複雑な紋様の施された鈍色の輪が足枷のように嵌められてはいるが、それ自体はただの鉄の輪のようで鎖らしき物には一切繋がれていない。

 その狼はドラッソスの前に立って軽く牙を剥くと、喉の奥を震わせるように唸り声を上げた。


「ひっ!」


 その獰猛な姿にドラッソスは慌てて後退り、未だに女達と戯れているフンバを睨んだ。


「そんな怖い顔するなよ、おっさん。どうだホーンテッドウルフはなかなか賢い魔獣だ。オレ様の能力(ちから)じゃなければ、『使役の鉄輪(エンプロイリング)』を使ってもここまで従順に使役できねぇぜ? ここで英気養ったらまた陛下の為に頑張るからよ、まぁそんなカリカリすんなよ」


 そんなドラッソスの姿をひどく面白がるように忍び笑いを漏らすと、再び手に持った酒瓶を呷って女達の口内に口移しで飲ませる。

 フンバのその態度にドラッソスは歯噛みした後、踵を返して乱暴に扉を閉めて出て行った。

 肩を怒らせながら自分の居城を足を踏み鳴らすように大股で歩く。そんな主の姿を、周囲に居た使用人達が身を竦ませて恐々と見送っていく。


「クソッ!! 蛮族の術者風情が!! 陛下に目を掛けられているからと言って、この私の城で好き勝手に振る舞いおってから!! 今に見ておれよ、蛮人めが!!」


 その日、ライブニッツァ領を治めるバリシモン子爵の怨嗟の声が延々と城内に吐き出され続ける事となり、仕えている臣下達の間に重苦しい空気が蔓延する事となった。




 やや薄曇りの早朝、少し道を下った眼下には街の外観が広がっている。街の外周を三メートル程の幅の堀が廻り、横手に流れるシプルト川から取水した水がその堀の中を満たしていた。その堀の周囲には一面の麦畑が風に吹かれて緑の小波を起こしている。


 目の前にある街はこの世界に来て初めて訪れた街、ルビエルテの街並みだ。以前来たのはそれ程前の事ではないが、随分と懐かしい雰囲気を感じる。


 頭の上にはいつものようにポンタが貼りついており、アリアンも隣で街の様子を眺めている。

 何故またこの街に来たのかと問われたならば、帝国へと入る為だと答えるしかない。自分が【転移門(ゲート)】を使って飛べる帝国に最も近い街がこのルビエルテだった。


 しかし、ここからはこのルビエルテから帝国へと入る道を誰かに尋ねなければならない。ララトイアで北大陸の大まかな地図を見せてはもらったが、詳しい道程や人族の街などはほぼ記載されておらず、ましてや人族の国の街道などに精通している者はエルフの里では皆無だった。


 地図を見る限りは北へと進めば神聖レブラン帝国へと入れるようだが、ここから真っ直ぐに北へと向かうと火龍山脈と呼ばれる火山地帯へとぶつかってしまう。ブランベイナの件もあるので、きちんと道程を調べてから向かう必要がある。


 以前領主の娘を助けた際にお礼として貰った銅の通行証を、手に持った荷物袋から引っ張り出して門前にいた衛兵に見せ、帝国までの道を尋ねてみるが首を捻られるばかりだった。

 この世界の人達の多くは生まれた土地で一生過ごす事が殆どで、あまり遠くの地への道程などに詳しい者は多くはない。出身の村落から最寄の街程度の道しか知らない者の方が多い。


 仕方なく街門を潜って街中で道に詳しそうな行商人などに道を尋ねようと思っていると、後ろから不意に声を掛けられた。


「アーク様!?」


 後ろを振り返るとそこには見知った顔の女性が立っていた。

 赤毛の癖っ毛は襟足までの短めの髪型で意思の強そうな茶色の瞳が此方を見上げながら驚きに見開かれている。使用人風のお仕着せ姿の二十代くらいのその女性は、自分がこちらの世界へ来た際に初めて言葉を交わした人物だった。


「おお、リタ殿。このような場で会うとは実に奇遇であるな」


 隣では灰色の外套を纏ったアリアンが、そのフードの奥から何か物問いたげな様子で金の双眸を此方へと向けてくる。そんな彼女に、以前盗賊達に襲われていた所を助けた経緯を耳打ちした。


「はい、アーク様は領を出られてからはやはり旅をされていたのですか?」


「うむ、まぁあちこちを転々と、王都などにも寄ったりしてな……」


「まぁ、王都へ行かれてたのですか? 私はまだ行った事がありません」


 何やら楽しそうに話すリタを見やりながら、少々顎を撫でる。

 目の前にいる彼女は、この領主の娘であるローレンの侍女を務める女性だ。普通の人よりは物事に対して明るいかと、心中で手を打ってリタに視線を戻す。


「実はこれから東のレブラン帝国とやらに用事で赴く事になったのだが、道を尋ねたいのだ」


 そう言うとリタは少々眉根を寄せて困ったような表情になり、アリアンの方へと目を向ける。

 その様子に首を傾げると、リタは何やら言い難そうに口を開いた。

 

「道は確かに存じていますけど、今あの国境付近の街道周辺は多くの魔獣が跋扈しているらしく、最近は商人達の行き来がめっきり減っていると聞きます。……その、女性とお二方で街道を行くのはかなり危険だと思われるのですが」


 その言葉を受けて自分とアリアンとで視線が合う。


「あたしは問題ないわよ、アークの()も問題ないでしょ?」


 アリアンは薄く笑うと大きな張りのある胸を反らしながら、腰に下げた『獅子王の剣』を外套から覗かせて軽く叩くようにして見せる。

 確かに自分の【次元歩法(ディメンションムーヴ)】であれば例え魔獣の集団に出くわしたとしても逃げ切る事も可能な上に、自分もアリアンもある程度の脅威なら殲滅する力もある。


「そうだな、特に問題になるような事はない」


 アリアンの言葉に頷いて答えると、リタは渋々とした反応だったが帝国までの道程を教えて貰える事になった。

 その後は二、三、雑談を交えた後にリタとはその場で別れ、ルビエルテの街の西門から出て街道を道なりに進んでいった。


 街道はなだらかな傾斜を上っていき、辺りが見渡せる高台まで来ると視界が開ける。左手にあるシプルト川が南西に大きく曲がり蛇行しながら延びて行くのを横に見ながら、街道に目を向ける。

 街道は丘を少し下った箇所で二つに分かれており、一つは今迄のように川沿いに、もう一つは北西方向に伸びている。この北西方向に延びる街道の先に、国境の街グラドがあるという事だ。


 そのグラドの街を越えれば神聖レブラン帝国の領内に入ると言う事だが、リタもさすがに帝国領内の道は知らず、必然的にグラドの街で帝国の最寄りの街まで道を尋ねる事になった。

 ルビエルテからグラドまでは馬車などで一日半程の距離という話だったが、【次元歩法(ディメンションムーヴ)】で移動する自分達にとっては一時間も掛からない程度の距離だ。


 北西へと向かう街道沿いは確かに魔獣の姿をちらほらと確認できるが、さして脅威になる対象は見受けられない。その光景もゲームで言えば割と普通に見る風景だが、本来なら魔獣が見える範囲をうろついている事自体が由々しき事態なのだろう。

 短距離の転移を繰り返して進む自分達にとってはちょっとしたサファリパークのような感覚だが、普通に足を使って歩く人達にとって、目と鼻の先で魔獣がうろつく姿は分かり易い程に危険地帯にしか映らない。

 現にここまで街道を転移して進んで来たが、擦れ違う人や馬車を見なかった。いつもはもう少し街道を利用する者達の姿があるので、転移魔法を抑え気味に使っているのだが、今回に限ってはほぼ歩かず転移魔法だけで進めた。

 

 既に目の前にはグラドの街が遠目に見え始めている。国境の街という話だったので割と大きな街を想像していたが、遠目に見える街はどう見積もってもルビエルテより小規模で、どちらかと言えば大きな村落の方が近い。


 左右を森に挟まれたグラドの街は普段から魔獣の脅威には備えているのか、その街の規模から考えるとしっかりとした石組みの街壁を持っている。

 街は少々歪な楕円型で、街壁の周囲には畑が広がっているのは今迄見て来た街と変わりはない。しかし、朝方の時間帯だというのにその畑の世話をする筈の人影が見えなかった。


 作物の影に隠れて見えないだけかと思い、転移魔法は使わず村に向って歩いていると、不意に子供の叫び声が聞こえてきた。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 その声にアリアンと顔を見合わせ、頭の上ではポンタが耳を欹てて周囲を見回す。

 すると少し離れた畑の作物の影から二人の少年が転がり出て来るのが見えた。そして彼らを追うようにして姿を現したのは以前にラタ村近くの森で見たものと同じ魔獣だった。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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