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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第三部 人族とエルフ族
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リンブルトの邂逅

 広大なカナダ大森林の奥地。その奥地にある巨大なグレートスレーブ湖の畔には、この大森林に住まうエルフ族達の中心地でもある森都メープルが存在する。

 頑強な二重の街壁内には大樹と一体化した高層な建築群が軒を連ね、十万人以上が暮らす一大巨大都市を築いていた。


 その巨大な都市内の中心にはそれら大樹の建築物よりも一際高く、塔のような巨樹の建造物が聳え建っている。

 ここはカナダ大森林に幾つも点在する里を束ねる族長を柱として、十人の大長老達がそれら全ての里の方針を取り纏める機関で、中央院と呼ばれる場所だ。


 その中央院の最上階付近の部屋の一つ、眼下に巨大湖を望む事の出来るバルコニーのそこに、二人の男がテーブルを挟んで向かい合っていた。


 一人はララトイアの里を預かる長老のディランで、少し長めの翠がかった金髪を風に泳がせながら手元に出されたお茶の入ったカップに口をつけている。

 そのディランの向かいに座るのは、薄紫色の肌を持ち、逞しく頑健そうな身体と厳つい顔つきに大きな傷のあるダークエルフの男だ。短く刈り込んだ白い髪と、伸ばした顎鬚を手で撫でながらディランの様子を眺めている彼の名はファンガス・フラン・メープル。

 十人の大長老の内の一人で、ディランの妻であるグレニスの父親でもある男だ。


「度々すまんな。ララトイアからここまでの転移陣では、使う魔石も馬鹿にならんだろう」


 太く低い声で唸るように喋るファンガスは、頑強な身体を持つダークエルフの中でもかなりの体格を持っており、その声と顔も相俟って普段から近寄り難い雰囲気を持っている。

 しかし、それも長年付き合ったおかげだろうか、ディランは努めていつも通りに笑みを浮かべると、小さく首を振って手に持ったカップを置いて義父に答えた。


「いえ、(うち)に来ている客人からワイバーンの魔石を八個も貰い受けたので、ここまでの転移陣の使用にはそれ程懐が痛んでないんですよ」


「前に話していた孫が雇ったという傭兵か……、信用は出来そうなのか?」


 やや眉根を寄せて娘婿の顔を覗き込むその姿は、傍から見れば因縁をつけているようにしか見えない。だがディランはそんな彼を真っ直ぐ見返して、少々眉尻を下げて肩を竦めて見せた。


「ええ、まぁ。少々変わってはいますが、ひととなりは信用出来ますよ。随分とアリアンの助けにもなっているようで、こちらも助かっていますね」


「……そうか、お前さんがそう判断しているなら、俺からは何も言う事はないな」


 ファンガスはそう言うと、太い丸太のような腕を組んで鼻を鳴らした。

 彼にとってアリアンは可愛い孫娘だ。そんな彼女の傍に彼の知らない、ましてや人族の者が近くにいるというのは心配の種ではあるのだろう。

 しかし大長老である彼が、それだけの事でララトイアの長老をこの森都メープルの中央院まで呼んだりはしない。ディランはそんな義父に苦笑しながらも、本来の用件を尋ねた。


「ところでお義父さん、今日はどういった用件でしょうか?」


「ああ、そうだったな。以前のディエント領主の件に関してローデンから使者が来たと、リンブルトから知らせがあってな。ついては会談の場を向こうで設けるとの事で、中央院からは俺とお前さんで出向く事になった」


 その話の内容を聞いたディランはここへ呼ばれた理由に大方のあたりを付けていたのか、特に驚いた様子も無く頷いて相槌をうった。


「なるほど、意外と早かったですね」


 そんな娘婿の余裕の態度を、ファンガスはつまらなそうな目で見やって息を吐く。


「だが今回リンブルトを訪れているのはただの使者ではないようでな……。ローデンの王族である第二王女の、ユリアーナという者が来ているそうだ」


 その使者の名を聞いたディランはやや驚いたような表情をすると、意味ありげに笑みを浮かべて懐に忍ばせていた一通の封蝋が施された書状を取り出してファンガスの方へと差し出した。


「奇遇ですね、話し合いの際には是非とも一度そのユリアーナという方との場を設けたいと思っていた所なのですが、手間が省けましたね」


 差し出された書状をためつすがめつして手に取ったファンガスは、その意味を問うように向かいの席に座るディランへと視線を戻す。

 それを受けてディランは昨日、アリアンから聞いたランドバルトでの経緯を語って聞かせた。


「なるほどな。それならばこちらとしてもあまり事を荒立てずに、上手いこと話を着地させられるかも知れん訳だな……」


 自身の顎鬚を撫でながらファンガスは太い笑みを浮かべた。




 翌日、ディランとファンガスは護衛の戦士達と共にメープルに置かれた中央転移陣の祠から、隣接するリンブルト大公国の中心地であるリンブルトに最も近い里、サスカトゥンへと移動した。

 サスカトゥンはリンブルト大公国とカナダ大森林を分けるかのようあるアルドリア湾に注ぐ大きな川の一つ、サグネ川の上流にある。


 カナダ大森林の中心地である森都メープルからサスカトゥンまでは普通ならばかなりの距離が存在するが、魔石を大量に消費するとは言え転移陣を使えばそれも一瞬の移動だ。


 そして今回ローデン王国との仲介役である大公国の中心地リンブルトは、アルドリア湾を挟んでカナダ大森林の対岸に築かれた巨大な港湾都市である。

 現在、カナダ大森林のエルフ族達と交易を持つ人族の国はこのリンブルト大公国のみで、エルフ族が作り出す上質な魔道具などを求めて、北大陸中の人族の国々がこの港を訪れる。

 その為にリンブルト大公国は国土こそ小国でありながらも、経済的にはかなり豊かな国となっており、その中心となるリンブルトも目覚ましい発展を遂げていた。


 ディランとファンガスの一行は、サスカトゥンの里からサグネ川を船で下り、湾岸沿いを進んでリンブルトの港へと入った。


 港の一角にはエルフ族のみが利用をする事を許された区画が在り、船をそこへと入れる。船を降りれば港には既に迎えの馬車が数台待機しており、それぞれ分かれてその馬車へと乗った。

 普通ならば護衛の者達は馬を借りて馬車の周囲を固めるのだろうが、普段森の中を徒歩で移動するエルフ族にとって馬に乗る事を得意とする者はいない。


 しかも今回の護衛の対象の一人である大長老のファンガスは、その屈強な身体からも分かるように元は戦士の一人でもあった。彼の腰にぶら下がっている戦鎚はドワーフの特製で、ただの飾りなどではない。彼が本気でそれを振り回せばグランドドラゴンの頭蓋すら打ち砕く猛者だ、大長老の多くは彼のように武芸に秀でた者が多く、今回の護衛達も対外的な恰好だけであった。


 馬車の周囲をリンブルト大公国軍が固めると、馬車はゆっくり動き出した。

 ディラン達を乗せた馬車は、真っ直ぐにリンブルトの中央にある大公の居城へと向かって行く。

 城壁の周囲に設けられた大きな堀に渡された石橋を渡り、城門を潜って馬車が城壁内へと滑り込んで行くと、目の前にはリンブルト大公国を治める大公の住まう白亜の宮殿が聳えていた。幾つもの尖塔を有し、全体の壁面には優美な彫刻が施され荘厳な雰囲気を持っている。


 エルフ族の森都にある中央院とは趣を異にするが、これもまた見る者の心を惹きつける建物だ。ディランはリンブルトにある宮殿に足を踏み入れたのは初めての為か、その姿を興味深そうに車窓から見上げていた。


 やがて馬車は白亜の宮殿前にある正面の大階段の下で停車すると、幾人もの使用人達が速やかな応対でディラン一行を宮殿内へと促す。そして宮殿の奥にある一室へと通されると、そこには一人の女性がディランとファンガスの二人を待っていた。


「お久しぶりです、ファンガス様」


 その女性は黄色みの強い金髪を綺麗に結い上げ、優しげな茶色の瞳をファンガスの方へ向けて目を細めると、美しい薄青のドレスを僅かに摘まみ上げて礼をして挨拶を述べた。

 それを受けてファンガスも笑みを浮かべると、少々大げさな身振りで礼を返す。


「大公妃であるセリアーナ殿の直接のお出迎えとは、誠に光栄ですな」


 ファンガスが礼を返している彼女の名はセリアーナ・メリア・ドゥ・オーラヴ・ティシエント、このリンブルト大公国を治める大公の正妃である。


「急にお呼び立てしたのにも拘らず早期の御訪問、感謝致します」


「我らとの会談を求めたローデン王国の使者の方にも少し興味がありましたからな」


 薄く笑みを湛えるセリアーナに、ファンガスは太く笑み返して口の端を吊り上げた。


「今回の使者であるユリアーナ殿下は私の実妹です、お手柔らかにお願いしますね」


「おお、それはお会いするのが楽しみですな」


 セリアーナの案内で二人はさらに奥の部屋へと通された。通された部屋は左程大きくはないが、大きな窓ガラスからは日の光が一杯に取り込まれて明るく趣味のいい内装で纏められ、中央には大きな円形のテーブルが置かれている。


 そこにはすでに席に着いた一人の女性とその脇に控える侍女が一人、それと若い騎士服姿の男の三人が待っていた。

 席に着いていた女性が、ファンガスとディランの入室を見て立ち上がって軽く会釈する。


 セリアーナとよく似た黄色みの強い長い金髪は毛先が緩くうねり、白く整った顔立ちに愛くるしい茶色い瞳はやや緊張の色を帯びていた。セリアーナ程は大人な雰囲気は無く、まだ少女といった趣のある彼女だが、その目には強い意志が宿っているのが見て取れた。


「お初に御目に掛かります。ローデン王国第二王女、ユリアーナ・メロル・メリッサ・ローデン・オーラヴと申します」


 ユリアーナはそう挨拶を述べると、落ち着いた雰囲気のドレスを控えめに摘まみお辞儀をする。


「カナダ大森林纏め役の大長老を預かるファンガス・フラン・メープルと申す。元が無骨者ゆえ、礼儀の方は勘弁してくれると有難いな」


 そう言ってファンガスは凄味のある笑みを顔に貼り付ける。それを見て、ユリアーナの横に立っていた若い騎士姿の男の顔がやや強張るが、ファンガスは気にも留めずに隣のディランを見やる。


「あとこっちのが──」


「カナダ大森林の里ララトイアを預かる長老をしております、ディラン・ターグ・ララトイアと申します。以後お見知りおきを」


 隣にいたディランはファンガスと違って丁寧に挨拶をすると、若い騎士の男の顔から強張りが取れて、やや安堵したように息を吐いた。それは彼だけでなく、ユリアーナや脇に控えた侍女にも僅かに同じような雰囲気が感じられ、張り詰めたような室内の空気が少し和らぐ。


 その様子を見てディランが徐に笑みを零して、場を取り持つように言葉を発した。


「義父は見た目はこうですが、言う程の不調法ではありませんから安心して下さい」


 ディランに促されるように、ユリアーナが席に着くと、ファンガスもそれに倣う。対面に座る両者の間、中央付近の席にはリンブルトの大公妃であるセリアーナが座ると、ディランもファンガスの隣の席へと着いた。

 互いに再度挨拶を交わしてから、ローデン王国の第二王女であるユリアーナが話の口火を切る。


「今回、エルフ族の皆様に会談を持ち掛けましたのは、我がローデン王国内で起きたディエント領に於ける事に関してです」


 ユリアーナの切り出しに、ファンガスは腕を組んで目を伏せて黙した。ディランもそれに倣うようにユリアーナの方へと目を向けるだけで、特に何かに反応する事はない。


「実はお恥ずかしながら、ディエントの領主は条約を破りエルフ族の拉致に手を染めていたのですが、私達王家がその内情を調べている折に侯爵が暗殺されてしまったのです」


 ユリアーナは一旦そこで言葉を切って、向かいに座るファンガスに目を向ける。ファンガスは微動だにせず、片方の瞼を上げてユリアーナを見返す。


「この件に関してのそちらの委細は承知しているつもりですし、その事に関しては私達が謝罪をする立場です。しかしこの一件を放置しては王家の威信に関わります。そこで相談なのですが、この件に関する全ての事項を王家が黙認したとしては頂けないでしょうか?」


 ユリアーナはディエント侯爵の暗殺に関してエルフ族が関与している事を承知した上で、それを追認する形で許可を与えると言ってきていた。

 ファンガスはそれを面白そうにして笑みを湛え、白い歯を覗かせる。


「ふむ、で我らに何を望むのだ?」


 本来ならば、条約を反故にした王国側とそれの誅殺に王国側に話を通さなかったエルフ側で、双方痛み分けにより何か要求を求められる立場ではなかったが、彼はわざとそんな風に尋ねた。


「いえ、ここからは単なる私のお願いなのですが──、カナダ大森林のエルフ族の方々には私が王位に就くための後ろ盾になって頂けないかと」


 そう言ってユリアーナは席を立つと、ゆっくりと頭を下げた。それを受けてファンガスは頷き、先を促すようにする。

 そこでユリアーナは現在王家内で起こっている継承騒動などの話をした。


「我らがユリアーナ殿の後ろ盾になる事で得られる利とは?」


「私の兄であるセクトの後ろには西のレブラン帝国が後ろ盾についております。レブラン帝国はその昔、ドワーフの悲劇を引き起こした国です。今は我が国と風龍山脈で国境を隔てておりますが、兄が王位に就けば自ずと帝国からの干渉も増えるでしょう。不確定な情報ですが、帝国がエルフ族を使って新たな魔道具を開発しているという噂も耳にしています」


 彼女の言う『ドワーフの悲劇』とは、冶金(やきん)術に優れたドワーフ達を人族がその技術を求めて北大陸中で行ったドワーフ狩りの事だ。そしてその急先鋒だったのが東西分裂前だった当時のレブラン帝国で、その苛烈な行いと他に彼らの技術を渡すまいとした帝国の所業によってドワーフ達はこの北大陸からその姿を消してしまった、というのが人族の中で認識されている歴史である。


 だがドワーフ達は当時同じような形で狙われていたエルフ族達と手を組み、カナダ大森林の奥地である森都メープルに今も隠れ住んでいるが、それは人族には秘匿されている事実であった。


「ユリアーナ殿が王位に就く為の後ろ盾になれば、あなた方が帝国との壁になると?」


 今迄ファンガスの隣で黙って聞いていたディランが、ファンガスの視線を受けて代わりに彼女の真意を確かめるように聞き返した。

 ユリアーナはそれに静かに頷いて応える。


「我らエルフ族は人族の国家の経緯に疎い、そんな我らが貴殿の後ろ盾になっても大して力になれるとは思えんがな?」


 ファンガスはその太い腕を組んだまま、肩を竦めるようにして息を吐く。


「確かに直接的な事となればそうでしょう。そこで私とエルフ族との方々との間で交易のお話を設けて頂けないかと思っています」


「しかしそれは……」


 ユリアーナのその言葉を受けて、ディランは傍らに静かに座していたセリアーナの方をみやる。


「勿論このお話はリンブルト大公に先にさせて頂き、『豊穣の魔結石』に関してならば進めていい旨の了解を得ております。現在リンブルト以外でこの『豊穣の魔結石』を取引している国は無く、これらを交易で得られるとなれば王家の威光も上がり、その交易を齎した私の元には多くの貴族達が集まる事でしょう」


「なるほど。ユリアーナ殿は我らエルフ族との友好をこれから積極的に推し進めていくと」


 白い顎鬚を撫で摩りながら、ファンガスは座したままその大きな体躯を身動がせる。しばし瞑目していたが、やがて太い笑みを浮かべた。


「我らの同胞が貴国のランドバルト領主の妻に迎えられたという話も聞き及んでいる、貴国との友好が進み我らエルフ族への良き理解者が増えるならば検討の余地はあるだろう。交易の件に関してはここで確約する事は出来ぬが、大長老会議に掛けて前向きな返事を返せるようにしよう」


 その彼の答えに、ユリアーナは僅かに瞠目して傍らに控えていた侍女と騎士に目を向ける。しかし両者も互いに驚きの顔で僅かに首を振って応えを返すだけだった。

 そんな彼らをファンガスは愉快そうに眺めて徐に立ち上がると、握手を求め手を差し出す。すると向かいにいたユリアーナもやや慌ててその彼の手を取って握り返し、僅かに安堵するような表情を覗かせた。


誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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