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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第三部 人族とエルフ族
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エルフの花嫁2

 トレアサのその言葉に、アリアンと自分は顔を合わせて再び彼女に視線を戻した。


「こんな事を頼むのは筋違いであるとは思うのですが、この地にまで連れてこられた私を探し出せた御二人ならばもしやと思い、頼らせて頂きたいのです……」


 やや沈んだ表情をしたトレアサが顔を上げてアリアンを見つめる。その翠の瞳は潤んでいるのか、揺れて儚げな印象を与えている。


「あたし達に探して欲しい人っていうのは?」


 アリアンは訝しみながらも話だけは聞く姿勢をとり、トレアサの瞳を見返して尋ねた。


「私がこの地に連れて来られた時、ペトロスに知らせてくれた侍女がいるのです。名前はフラーニ・マーカム、彼女はここ三日程姿を晦ませて行方が分からないのです」


 トレアサは真剣な表情でアリアンに訴えかけている。


「そのフラーニという女性はあなたにとって恩人だから?」


 アリアンはフラーニを探す理由をトレアサに尋ねると、彼女は微かに首を傾げて瞑目した後に頷き返した。


「はい、確かに恩人であるというのもあります。でも、彼女はこの人族の街で出来た私の最初の友人でもあるのです……。ペトロスが、彼が父親との実権争いしていて私の身に危険が及ばないように匿われていた際には、私の身の回りの世話の一切と話し相手をしてくれていました」


「もしかしてその彼女がさっきの話に出た盗賊にでも捕まったの?」


 アリアンは推測を口にしたが、それは隣のペトロスが否定した。


「いや、彼女は街を出ていないからその可能性は低いと見ている。今のこの街では隣国から罪人を奴隷として買い付けに来る商人が訪れているのだけど、その中には街の住民などを攫って船で運ぶ不届きな連中もいるようなんでね」


 先程までトレアサに愛を囁いていた吟遊詩人の顔は鳴りを潜め、ペトロスの眼差しには領主としての顔を覗かせていた。


「人族の考える事は分からないわね……。同族までも隷属させようとするなんて」


 アリアンの呟きに、同意を示したのは対面に座っていたもう一人のエルフ族であるトレアサだ。


「その人攫い連中に件の侍女殿が攫われたと、ペトロス殿はお考えなのか?」


 ペトロスに意見を求めると、静かに頷き疲れた顔を見せる。


「恐らくね。例の裏を取り仕切っていた奴隷商などが無くなって、今や城下の裏社会は勢力争いに隣国の商人まで入り乱れている状態で無秩序になってきている。これは僕の勇み足の結果なんだけど、おかげで権力基盤から父を取り除いた今でも城内の掌握が完全じゃないのさ。それで彼女の行方を探すのにもなかなか手間取っていてね……、トレアサは自分で探すというのだけれど、街の今の治安を考えるとどうしても賛成できないんだよ」


 恐らく前領主のルンデスの元で裏と繋がっていた家臣などがペトロスの起こした一斉摘発に反発、もしくは警戒しているのだろう。

 しかしその侍女のフラーニという女性が本当に他国の人攫いに遭ったと言うなら、かならず海路を使う事になる筈だ。そうなれば探す場所は自ずと限られる。


「しかし他国から来て攫った人々を港から輸送する事が分かっているのなら、船を臨検してしまえば良いのではないのか?」


 本当に捕まっているのなら船を一隻ずつ臨検すればすぐ見つかるのではと思い提案してみたが、どうもそう簡単に事が運ばないらしかった。


「臨検を実行できる船ならそれは可能だけどね。他国の貴族の後ろ盾なんかをチラつかせられたりすれば、確証でもない限り迂闊に踏み込めないのさ。臨検している衛兵達も賄賂を握らされて黙る事も多くてね……。今は領主権限で港の出入りを規制してはいるけど、明日以降はもう抑える事が出来ないだろうね」


 ペトロスのその言葉にトレアサの顔が曇る。そんな彼女の手をペトロスは優しく取って慰めるように自分の両手で包み込むようにする。

 領主であれどもさすがに他国の貴族の御用船などと言われれば、無暗に船を検める事も出来ないという事らしい。そうなれば後は怪しい荷が積み込まれないかを監視するしかないが、現状彼は全ての臣下を掌握しているわけではないのでそれも難しいと言う事か。


 それにしても何故、隣国は罪人や人攫いまでして奴隷を掻き集めているのだろうか。考えられるのは巨大な公共事業か戦争あたりか。


「隣国は何故そうまでして奴隷を集めておるのだ?」


 誘拐とは直接的に関係はなさそうだが、事件の背景を知っておいて損はない。


「隣国のノーザンが集めているのではなく、その向こうにあるヒルク教国が人を集めているという話だよ。建前としては罪人の贖罪の手助けなんて言ってるけど、本当は教国が所有するミスリル鉱山の労働者を掻き集めているんだと思うよ」


「ほぉ、ミスリル鉱山」


 ミスリルはゲームでもお馴染みの魔法金属素材だ。素材の格付け的には中級から上級程だが、この世界ではわりと貴重な素材という位置づけなのだろう。

 貴重な鉱石を掘る為の鉱山労働力だとしても若干腑に落ちない点がある。

 罪人であれ何であれ、一国を挟んだローデン王国にまで来て奴隷を確保し、それを売りに引き返すなどという事をすれば輸送コストだけでもかなり跳ね上がる筈だ。

 奴隷がいったい幾らで取引されているかは知らないが、一国を跨いで輸送する金額が決して安い訳はない。商人側にそれ程儲けがあるようには思えない。

 その事を尋ねると、領主であるペトロスも「確かに」と言って同意を示したが、その辺りの絡繰りもヒルク教国が絡んでいると語った。


「教国の教会騎士団がノーザンの街を回って引き取っていくらしいよ。それに奴隷を一定数以上納めるとミスリル鉱石も融通して貰えるらしい。今ノーザンの西は魔獣の被害が深刻で、魔獣討伐に実績のあるミスリル製の武具はかなりの高額で取引されているそうだよ」


 成程、輸送コストを殆ど考えずに済み、さらには高値で取引されるミスリル鉱石の融通とあれば商人達は血眼になって奴隷を掻き集めると言う仕組みか。

 しかしそれだと今度は教国の方が輸送コストを抱える事になるのだが。


「おまけにノーザンの西の魔獣被害に追われて来た人達の一部が海を渡って、この街にまで流れて来てもいるから治安がかなり悪くなっているんだよ」


 隣国のノーザンからは流民(るみん)まで流れて来ているらしいが、人攫いが頻発しているという事は、逃れてやって来た人も捕まってヒルク教国まで奴隷として送り返されたりもしているのだろうか。


「あの、ダークエルフの方は私達エルフより目も耳もいいと聞いています。どうか私の友人を助ける手助けをして頂けないでしょうか?」


 トレアサは懇願するような表情で目の前のアリアンに頭を下げた。


「僕からもお願いするよ。エルフ族の戦士は精強だとも聞いている、力を貸して貰えたなら謝礼もお支払いしましょう」


 隣の席のペトロスも領主でありながら表向きでしかない使者のアリアンに頭を下げた。二人のそんな姿を見てアリアンは後ろに立つ自分に視線を合わせてきた。その金色の瞳にはどうすればいいのか、と言う訊ねが含まれていた。


「我はアリアン殿の決定に従おう」


 此方としては力を貸す事に吝かではない。あとはアリアンが彼女の願いを聞くかどうかで決まるが、彼女の力強い瞳の色を見れば自ずと答えに辿り着く。


「……いいわ、あたし達でどれ程の事が出来るかは分からないけど、力を貸すわ」


 その答えを聞いたトレアサとペトロスの二人の顔が喜色に染まる。

 失踪した侍女フラーニの姿を最後に目撃されたのは三日前という話だった、船が港に入ってどれだけの期間停泊しているかは分からないが、手早く見つけださなければならないだろう。


 ペトロスとトレアサの二人に侍女フラーニの外見的特徴を教えて貰い、早速探しに出る準備をと立ち上がろうとするのをペトロスが片手を挙げて制してきた。


「人の街は不慣れでしょうから案内役を付けますよ」


 そう言ってペトロスは後ろに控えていた老紳士に何事かを囁くと、その老紳士は一礼して部屋を出て行く。やがて身形のいい装備に身を包んだ一人の男を後ろに連れて老紳士が戻って来ると、またペトロスの背後に控えるようにして下がった。

 連れて来られた男はペトロスの脇に姿勢を正すようにして立った。視線は目の前に座っていたアリアンに向けられ、その目が僅かに見開かれるがすぐに元に戻る。


「彼はジオ・クリントス。我が領の騎士団の副長を務める男だ。彼に案内役を頼んだ」


 領主であるペトロスの紹介でジオと呼ばれた騎士団副長は、その柔和な笑みを貼り付けたまま軍人らしく機敏な動きでその場で頭を下げた。

 年の頃は三十代前半くらいだろうか、栗色の髪を短めに整え柔和な笑顔を浮かべるその男は騎士団のような武骨なイメージはあまり無く、どちらかと言えば文官よりの顔つきをしていた。しかし身体つきは流石と言うべきか、引き締まった上にかなり上背もあった。


「紹介に与りました、ジオ・クリントスと申します、以後お見知りおきを」


 軍人らしくよく通る声と滑舌で挨拶をすると、一歩下がりペトロスの後ろへと控えた。


「彼がいればこの街で入れない場所は殆ど無い筈です。フラーニの件、宜しくお願いします」


 ペトロスとトレアサが真摯な眼差しをアリアンに向ける。それを受けてアリアンは微かにだが、しっかりと頷き応えた。


 領主の部屋を辞しアリアンと二人で城外へと足を運ぶ中、彼女は此方の歩く速度に合わせて横に並ぶと少し横目で此方を窺うような仕草をする。


「どうしたのだ、アリアン殿」


 そんな彼女に視線を合わせて首を傾げると、慌てたように視線を逸らしそっぽを向く。


「ごめんなさい、あたしの我儘でこんな事に付き合わせて……」


 ややあってアリアンはそんな事を遠慮がちに呟き、再び此方へ視線を戻した。

 エルフ族のトレアサの頼みとは言え、その彼女の人族の友人を助ける。アリアンの中ではエルフ族と人族との在り方に少し思う所が出来たのかも知れない。それは決して悪い変化ではない。

 自分としてもそんな彼女の判断に否やは無い。少々探偵みたいで面白そうだなと言う、不謹慎な思いが混じっている感は否めないが。


「なに、見つける対象がトレアサ殿からその友人のフラーニ殿に変わっただけの事」


 そう言ってなんでもないと言う風に返すと、彼女はその形のいい唇の端を僅かに持ち上げて微笑み、少々照れくさそうにまた視線を外した。


「……ありがとう、アーク」


 そんな彼女からの小さな謝礼を受けて微かに心が沸き立つのを覚える。男は美人の頼みとあらば俄然その気になるのは動物の本能なのだろうか、大泥棒の三世の気持ちが少し分かったような気がするなと、内心で独りごちた。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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