港湾都市ランドバルト1
翌日の朝早くにブランベイナを出発した自分とアリアンは【次元歩法】を使っての転移移動を駆使して、以前道を間違ったであろう街道が二手に別れた場所へと戻って来ていた。
気持ちよく晴れた日の空の下、ポンタは分かれ道の中央に横たわった岩の周辺で、ひらひらと舞うチョウチョを追い掛けたりして戯れている。
アリアンは岩に腰を掛けて、持っていた革の水筒から水を飲み一息吐いている。
自分も腰を下ろして手元でねこじゃらしのような草を振って、ポンタの気を引こうとするが特に興味を示される事もなく、尻尾を少し振っただけで視線を逸らされた。
構って貰えなかった寂しさを癒す為、視線を前方に広がるなだらかな丘陵地に向ける。
丘陵地のずっと西、やや霞がかって見える遠くには山の稜線が北から南へと続いているのを眺めながら、あれがリービング山脈かと目を凝らす。
次の目的地であるランドバルトはあの山脈の向こう側だ。ブランベイナで詳しく道程を聞いた話では、リービング山脈の南端を迂回するように進むと聞いた。見通しのいいこの辺りは、転移魔法を使えばすぐに距離を稼げそうにも見えるが、脅威となる魔獣が少ないこの地はあちこちに村とその畑が広がっていて、街道にもそれなりに人通りが多く、人目が多い。意外に時間が掛かりそうだと、周囲を眺め回しながら溜息を吐く。
「そろそろ、先へ行くとするか」
「そうね」
此方の言葉にアリアンも同意して腰を上げると、岩の上で日向ぼっこしていたポンタも気付いたのか、風を操って頭の上目掛けてすいーっと滑空して顔に貼り付いた。それを頭の上に押しやり、道端に置いていた荷物袋を担いで歩き始めた。
今回は南西方向へ向かう街道へと向かう。人目が無い事を確認しながら、【次元歩法】を発動させる。時折街道を行く人などがいれば避けて別の場所へ転移したり、しばらく街道に沿って歩いて進むなどしていると、いつの間にか夕刻になろうかという時間になっていた。
周囲の景色は相変わらず長閑な丘陵地帯が続いているが、昼近くに西方に見えていたリービング山脈が今は麓近くまで来た事によってかなり大きく見える。その方角も夕日の沈む方向には見えず、いつの間にか山脈が北側に見えている。
今日はその麓に広がる森の傍にある小さな街で、宿を取って一泊する事になった。
翌日は昨日と違い生憎の曇り空が広がっていた。
朝早くに街を出て一路街道を西へと進んで行くと、やがてなだらかな丘陵の向こうに広がる大海原が見えてくる。曇り空の影響でやや陰鬱な色合いとなっている海だったが、景色に変化が出て来るとやはり少し気分は上向くようだ。
「ようやく海へと出たな」
腰に手を置いて一息吐く。頭の上のポンタは海側から丘へと上がって来る風を掴まえて、器用に浮き上がりながら海を眺めている。
「あたしもこっち側の海に来るのは初めてだわ」
隣で少しフードを下し、潮風にその真っ白な髪を遊ばせながら、アリアンは少し感慨深そうな声で呟いて目を細める。
「ここからは沿岸部に沿って北上すればいいのだったな」
海から視線を外し、北の方角へと目を向ける。
どれだけの距離を北上するかは分からないが、昼過ぎくらいにはランドバルトへと着ける筈だ。ただ沿岸部にも村や街が多いのか、街道ではたびたび人と擦れ違う。ここでも無暗に【次元歩法】を使えないようだ。
やや街道から離れた場所を、周囲の人目を確認しながら【次元歩法】を使いながら進む。普段の進む速度からは随分と落ちるが、終始歩くよりは速い。
ただ人目を避けて移動するという事は、同じく人目につかないように行動する連中と遭遇する確率が上がるという事らしい。
北へと向かう途中の丘の稜線からやや下った辺り、灌木や茂みが裾野を覆っている中程に幾人もの人が屯っていた。否、少数の人数をその他大勢が囲む形で、互いに武器を持って牽制し合っている姿が見える。
中央の取り囲まれた五人組はいずれも若い男達で、身形としては革鎧や、金属製の軽鎧などで身を固めた傭兵といった風貌をしていて、それぞれ手に持った盾と剣で周りを牽制している。
一方その周囲を十人程で取り囲んでいるのも、やはりむさ苦しい男連中で、こちらは革鎧や襤褸切れのような外套を纏った者まで様々な恰好をした者達がいて、手に持った武器をひけらかして隙を窺うようにしている。盗賊のようにも傭兵のようにも見えるので、判断に困る所だ。
両者の態度や物腰を見る限り、囲まれた方は新米傭兵といった感じで、囲んでいる方は場慣れした雰囲気がある。口元に薄ら笑いを浮かべ、値踏みするような視線を向けるその姿は盗賊にしか見えない。
隣では外套を深く被ったアリアンが、そのフードの奥の暗がりから金の瞳を覗かせ、目線で問い掛けてくる。
つまりは無視して進むか、割って入るかという事だ。
ここから見える反対側の丘へと転移して無視して進む事も出来るが、全く関知せずに進むのも少々気が引けるのも確かだ。女性や子供が襲われていれば有無を言わせず助けに入るが、むさ苦しい男同士だと何故こんなにも面倒臭く感じてしまうのだろうか。
少々事情の判別しない此方としては、あまり極端な介入は避けた方がいいだろうと結論づけて、頭の上にいるポンタをそっと首筋を摘まんでアリアンに押しやる。
アリアンは嬉しそうな表情でぶらぶらと垂れ下がるポンタを抱き留めると、頭や喉元を撫でて満足そうな笑みを浮かべる。
自分はその場に荷物を置いて、比較的穏やかな雰囲気で話し掛ける為に喉の調子を整えるように咳払いを一つする。
「オッホン、あ~~。ではちと行って来る」
そう言って丘の斜面を軽く駆けて行き、まだこちらの存在に気付いてない両者に努めて明るい声で呼び掛けてみた。
「おーい、すまんが少々道を尋ねたいのだが~?」
緊迫して張り詰めた雰囲気の中、呑気な声を掛けたのが不味かったのだろうか。全員の視線が一斉に此方へと集まると、取り囲んでいた集団の一人が怒鳴り声を上げた。
「野郎! 仲間がいやがったのかっ!!」
どうやら緊張の糸を断ち切った事によって、いきなり闖入した此方も標的の範囲内に数えられてしまったらしい。
男の上げた怒声と同時に囲んでいた集団から二人が飛び出すと、此方へと駆け寄って来てその手に持った武器を振るってきた。そこらの武具屋で売っているような凡庸な剣で、特に切れ味が鋭いというわけでもなさそうな武器だ。
それを証明するように、振るわれたその剣は盾などで受けずにそのまま鎧の籠手で受け止めるが、何の痛痒も感じさせなかった。さすがに神話級の防具である『ベレヌスの聖鎧』を傷付けるような武器はそうそう無いのだろう。
「な!? こいつ全身鎧にしてやがる!」
剣がいとも容易く腕で受け止められた事に驚きを露わにした男が、此方の捲れ上がった外套の下を見て怒りを露わに声を上げた。
もう一人の男はそれを受けて、斬りから突きに変更したのか、腕を引いて鎧の隙間を狙おうと回り込んでくる。その間に籠手に当てた剣を引こうとした男の剣の刃を掴むと、力を籠めてその刃を粉々に砕く。
「あぁー!! 俺の剣がぁー!!」
剣を砕かれた事に驚きより前に悲壮な表情を浮かべて叫ぶ男に、顎に拳を叩き込むと白目を剥いてその場に仰け反り倒れる。
「糞がっ!!」
その隙を狙ってもう一人の男が悪態を吐きながら此方へと大きく踏み込むと、手に持った剣による突きを首筋にある隙間目掛けて繰り出してきた。その突きを無造作に掴みとると、剣ごと男を引っ張り込んでその顔面に兜による頭突きをお見舞いする。
鈍い音をさせて鼻血を吹いた男は、剣を取り落として地面に蹲り呻いていた。
「我としてはもう少し穏便に済ますつもりだったのだがな……」
倒れ込んだ二人の男を見下ろしながら嘆息する。
視線を上げて取り囲まれていた若い傭兵の男達の方を見ると、取り囲んだ男達から執拗に武器を叩きつけられているが、盾と剣、互いに背中を合わせての陣形で辛うじてそれらをいなしていた。
若いがそれなりに腕は立つようだ。
思った以上に苦戦を強いられている周囲の男達からは焦りの色が見え始めているが、囲まれている方もジリ貧なのは間違いない。互いにチキンレースのような攻防の中、少し揺さぶってみる為に再び声を掛ける。
「すまんが、我の相手をしてくれる者がいなくなったぞ?」
その言葉に再び皆の意識が此方へと向く。
囲んでいた男達がどう対処するかの判断に一瞬の迷いが生じ、何人かの視線が彷徨う。その隙を狙ったのか、囲まれていた若い傭兵達が示し合わせたかのように一気に攻勢に出た。
一人は指を切られて武器を落とし、もう一人は盾で殴られてその場に昏倒する。さらに追加で一人が片目を切られて後ろへと下がった。
取り囲んでいた男の八人の内、二人が戦闘不能となり、一人は著しく戦意が落ちた。一気に数の有利が崩れた集団が、じりじりと及び腰になって下がっていく。
しかし、若い傭兵達はこの好機を逃すまいとして、目の前の相手を標的として見定めて目線で牽制している。五人がそれぞれの標的に打って出ると、運良く標的にならなかった一人の男が背中を見せてその場から逃げ出した。
「しかし、回り込まれてしまった」
その男の目の前で、手を大きく左右に伸ばしてその進路を塞ぐように立ちはだかり、何処かで聞いた事のある台詞を言いながら、やや腰を落としたような姿勢をとる。
逃げ出そうとした男の足はすぐに止まり、目の前に現れたニメートルの鎧騎士である自分を見上げたその表情は焦燥へと変わる。
だが男は諦めずに、今度は脇を抜けようと方向を変えるがさらにそこに素早く回り込んで行く。
「しかし、回り込まれてしまった」
回り込みながら、同じ台詞を機械的に復唱する。
男の顔が焦燥から悲壮な顔に移り変わっていくのが分かる。強敵に遭遇して逃げる事も出来ない辛さは、ある意味よく理解できる境遇ではある。
しかし現実にそのような事になれば人の行動は二者択一に絞られる事が多い、それは諦めるか、勝負に出るかのいずれかを選択する事になる。
目の前の男は勝負に出たようだ。
「どけぇぇぇぇぇよぉぉぉ!!」
武器を滅多矢鱈に振り回し、一直線に突っ込んで来た。一か八か、やけくそとも言うが、男のその単純な動きを躱し、素早く拳を顎に叩き込むと男は簡単に地面に沈んだ。
若い傭兵達の方へ目を向けると、最後の一人が武器を捨てて投降する所だった。
倒された盗賊のような男達は、若い傭兵達に縄で拘束されて捕縛されていくが、此方をまるで親の仇のように睨んでいる。そんな中で一人の青年が此方へと歩み寄って来ると、自分の目の前で膝を突き頭を下げた。
「騎士様、この度はご助力、誠に感謝致します。お陰様で無事、盗賊を捕縛する事が出来ました」
青年はそのままの姿勢で此方へ、先程の横槍に謝辞を述べてきた。どうやら先程の集団は本当に盗賊だったようだ。
「我は只の傭兵だ。そう畏まる事もあるまい」
そう答えると、青年は信じられないというような表情をして、此方の外套の隙間から覗く鎧を上から下まで視線を滑らせた後、背後の丘の上にいたアリアンで視線が止まった。そして何かに納得したように頷くと、その場で立ち上がって此方へと向き直った。
「そうでしたか、失礼致しました。申し遅れました、私はこの隊を率いるアックスと言う者です。今回のご助力に重ねて感謝致します」
どうやら此方を高貴な者のお忍びか何かと思ったのだろうか、仰々しい態度を改めはしたが、口調はどこまでいっても丁寧な対応をされる。若い傭兵だが、かなり教育がしっかりしている。
「恐縮なのですが、今回捕らえた者の身柄についてですが、私共に御預け頂けないでしょうか? 勿論お礼はきちんとさせて頂きますので」
青年は仲間達が地面に転がっている盗賊達を拘束していく風景を見ながら、此方へお願いするように頭を下げた。
「我らはたまたま通り掛かっただけの事、出過ぎた真似をするつもりは毛頭ない」
「え、宜しいのでしょうか? 彼奴等をランドバルトへ連行すれば、ノーザンの奴隷商などがそれなりの値段で買い取ってくれますが?」
アックスはやや意外といった様子の表情をして首を傾げる。
たしかに奴隷商があるなら、その候補は獣人やエルフを除外すれば真っ先に上がるのは犯罪者達だろう。その次は借金のある者や未納税者あたりだろうか?
ローデン王国でエツアト商会を襲撃した際に、衛兵への囮として囚われていた人間の奴隷なども解放してしまったが、あの中に凶悪犯がいないとも限らなかったのだ。
それはもう今更な気がするが、少し短慮だったかも知れないなと自己反省する。
「ふむ、そのノーザンとかいう奴隷商が盗賊全員を買い取っておるのか?」
「いえ、ノーザンはこのブルゴー湾を挟んだ対岸にある王国の名です。その国の奴隷商などがランドバルトへ、船で大量の犯罪者などを買い取りに来ていますから」
アックスは目の前に広がる海を示して、ノーザン王国の解説を行ってくれた。
犯罪者奴隷などそんなに大量に買っても、一般家庭ではあまり使い道などないだろう。何せいつ持ち主に牙を剥くか分からないのだ。普通に考えれば国が行う公共事業や、領主の元での領地開発などの強制労働あたりに使うのが一番妥当な所だろうか。
「まぁどの道我らは遠慮しておくよ、それではな」
アックスには再度奴隷売却による謝礼を断り、別れの挨拶を言う。
「ありがとうございます!」
彼の感謝の言葉を聞きながら背中越しに手を振り、丘の上でポンタと戯れているアリアンの元へと戻った。
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