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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第三部 人族とエルフ族
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共に在る者

 街を歩く住民達の視線がみなこちらに注目していた。隣で歩くアリアンはいつも頭から被っている灰色のフードを下して、今は素顔を晒している。その整った顔立ちに切れ長の金の双眸、薄紫色の肌に外套下から覗く豊満な身体は他の視線を集めるには充分な要素だろう。


「不思議な気分だわ、エルフが自ら望んで人族の街で暮らしているなんて……」


 そう言いながら彼女は街行く住民達を眺めている。しばらくしてから彼女はいつも通りに灰色のフードを頭から被ると、やがて注目していた視線が減っていく。


「アリアン殿、一旦今日の宿を取っておこう」


「なぜ? サンドワームさえ捕獲すれば、すぐにランドバルトに向かうんじゃないの?」


 アリアンは疑問を口にして首を傾げる。


「サンドワームを捕らえるのが夕刻から夜半に掛けてとなるなら、最低でも一晩はこの街に泊まる事になるであろう?」


「そう言えばそうね……。ごめんなさい、あたしの我儘で……」


 先程のカーシーの話を思い出して納得すると、不意に謝罪の言葉を口にした。


「我は雇われの身、アリアン殿の意向には出来るだけ沿うようにしておるだけよ。それに旅は道草を食うのが醍醐味でもあるしな」


「……ありがとう」


 顔を逸らして小さく感謝の言葉を述べた彼女は、やや足早に宿の並ぶ一角へと向かう。それを追うように後から歩幅を少し大きくして付いて行く。


 宿はあまり件数がなく、大きめな宿は傭兵団などが根城にしていて小さな宿しか取る事が出来なかったが、一晩明かすだけなら問題ないと二部屋を取った。

 宿屋の親父の話では、この街の傍を通る街道はあまり人通りが多くないそうで、魔獣の素材を求めてやってくる傭兵団以外はあまり訪れる者が多くないと言う事だった。


 宿を取った後、自分とアリアンはぶらぶらと街中を見て回り、太陽が中天に差し掛かった頃にまた領主の屋敷へと向かった。

 今回は衛兵の前で無言でフードを下したアリアンの顔を見て、特に何を言われる事もなくすんなりと通して貰えた。だが門を潜ったすぐ先でカーシーがこちらへと歩いて来るのが見えた。

 彼の後ろには四頭の馬に曳かれた大き目の荷馬車と、それを操る男が一人、その周りに三人の軽装備の衛兵らしき者達が付き従っている。しかしカーシー以外の全員が口元を布で覆っていて、西部劇に出てくる強盗団にも見える。

 荷台には先程のゴブリンの腐乱死体の上に枯草のような物が積まれており、酷い見た目と若干臭いも覆い隠していた。ただそれでも漏れ出る臭いに、見張りの兵や、近くにいた住民達が一斉に顔を顰めていた。


「やぁ、そろそろ出発しようか」


 一人平気そうな顔をしたカーシーは、元気良くそう言って馬車を先導するように歩き始めた。街壁の門兵に挨拶をして街から出ると、丘を下って街道にまで出る。

 そこからは街道を行き北上していく。そしてしばらく行った後は、街道を離れて荒地の中を西へと進んで行った。

 その道中、カーシーからはサンドワームに関しての生態について教わっていた。サンドワームは日中は深い地中にいるらしく、夕刻から夜半に掛けて餌を求めて活発に活動するそうだ。餌は殆どの場合は死肉を漁るらしく、今回のゴブリンの死体もその為の撒き餌だそうだ。

 弱点としては炎に弱いらしいのだが、外皮がある一定までの熱に耐えるらしく、その一定ラインを越すと、今度は身体が燃え始めるので今回の標本採取としては炎による攻撃は禁止だそうだ。


「ソイルワームなら知ってるけど、先端の頭の部分を斬り落とせばいいんじゃないの?」


「大森林でよく見かけるソイルワームは体長三メートル程だけど、サンドワームは大きいので体長二十メートル程もあって、太さも大人の一抱え程もある上に弾力性も高いからなかなか剣で頭を斬り落とすのは難しいんだよね。それにすごい力が強い上に、危なくなったらすぐに地中に逃げるからなかなか倒すのが難しいんだ」


 アリアンの質問にカーシーは困ったという表情で答える。

 それにしても二十メートルとはかなり化物だ。ただ大人の一抱え程度の太さならば、自分の持つ『聖雷の剣(カラドボルグ)』で充分に頭部を切断できる筈だ。あとは目的のサンドワームと遭遇する事が出来るかどうかだろう。


 しばらく行くと周辺の地面が随分と柔らかくなり、これ以上荷馬車では先へと進めなくなる所までやって来ると、カーシーが振り返った。


「よし、この辺でいいと思うよ。撒き餌はあの辺に置いて、荷馬車と僕達は手前の岩陰に隠れて日が沈むまで待機かな」


 そうして彼が餌の置き場所として示したのは、特に何の変哲もない赤茶けた荒地で、その手前にある大きな岩山は先の尖った大地から生えた角のような形をしている。岩陰に荷馬車や人が潜めば向こうからはそう簡単には見通せないだろう。

 カーシーの指示に従い、三人の衛兵は荷馬車に積んであった槍を握ると、撒き餌であるゴブリンを突き刺して指定の場所へと運んでいく。皆顔を顰めているのは致し方のない事だろう。


 餌を置き終えた後は、岩陰で雑談などをしながら休憩を取り日が暮れるのを待った。ポンタはと言えばアリアンの膝の上で気持ち良さげに寝息を立てて丸まっている。

 衛兵達は交代で岩陰から顔を出して周囲を見張っており、カーシーはと言えば近くに生えている植物の姿などを、羊皮紙の端切れのようなものに書き写したりしていた。


 やがて日が傾きだすと、赤茶けた大地にこびり付くようにして生えている低木の草木までその色を変えて、見渡す限り夕日の色に染まっていく。点在する岩は影を伸ばしていき、荒地に縞模様を描き出す。気温が徐々に下がり始めるのとは反対に、カーシーのテンションが上がっているように見える。先程からひっきりなしに岩陰から頭を出したり引っ込めたりを繰り返して落ち着きがなくなっている、そんなカーシーを見て付いて来た衛兵達も苦笑いをしている。


 やがて夕暮れ色の空から、目的ではない魔獣が西日を背に受けながら飛んできた。その姿には見覚えがある。両翼合わせて四メートル程もある鳥のような頭をした魔獣、サンドワイバーンは今朝群れで襲いかかられたのと同種のものだった。

 翼の羽ばたく音がここまで届くと、アリアンの膝の上で寝ていたポンタが文字通り飛び起きて彼女の首に巻き付いてしまった。ただアリアンは、頬を緩めてかなり嬉しそうにしている。


「サンドワイバーンが来ちゃったね。普段あまり死肉は漁ったりしないんだけどなぁ」


 岩陰から撒き餌した辺りに着地したサンドワイバーンを覗き込みながら、カーシーは楽しそうに独り言を呟いている。

 二匹のサンドワイバーンは放置されているゴブリンにゆっくりと近づくと、その顔同様、鳥のように死肉を(ついば)み始めた。しかし、片方が何か警戒するように頭を持ち上げて周囲を見回すと、次の瞬間には勢いよく羽ばたいて空へと飛び立った。しかしもう一匹はゴブリンを啄むのに夢中だったのか、いきなり地中から飛び出して来たモノに掴まると、悲鳴のような鳴き声を残してそのまま地中へと引き摺りこまれていった。

 そしてそれを合図のように、次々と地中からその巨体が姿を現した。苔むした緑と黄土色が混じったようなくすんだ色の外皮に、先端部には四つの花弁が開くように口が覗き、その開いた口の奥には無数の細かい歯が並び獲物を探すように蠢いている。口の後ろにはまるで魚の(えら)のような器官があり、そこから土埃を噴き出し、腹部側には百足にも似た無数の足が整然と並んでいた。

 それは地表から姿を現した部分だけでも優に五メートルはあるその大木のような身体を捩りながら、地表に置かれていた餌である腐ったゴブリンへと頭を(もた)げていく。その数は全部で五匹。


「ありゃ~、まさかこんなに沢山出てくるとは思わなかった……。さすがにこの数のサンドワームに挑むのは自殺行為だなぁ」


 その圧巻な光景を仰ぎ見ながら、少し残念そうな声を発したのはやはりカーシーだった。


「サンドワームは死肉を食すのではなかったのか? ワイバーンも餌食になったようだが」


「死肉を好むとは言ったけど、生きている物を食べないとは言ってないよ」


 カーシーはサンドワームの方へ視線を固定したまま、自分の質問に答える。となれば人間も捕食の対象ではあるようだ。

 この数でも魔法なども使えば倒せない事もないだろうが、果たしてここでそんな目立つ事をしても大丈夫なのだろうかと考えを巡らせる。


 サンドワームの方はさすがにあの巨体が五匹もいれば、あれだけのゴブリンの数では到底間に合わなかったのか、餌の争奪戦に負けた一匹が弾き出されていた。

 そしてその一匹が何かに気付いたように頭を不意にこちらへと向けた。すると頭部から勢いよく地中に潜ると、そのまま地表部分の土を盛り上げながらこちらへと迫って来た。


「うひゃぁ!!」


 その思いがけない速度と先程見た巨体に恐怖した衛兵の一人が、悲鳴を上げて岩陰から飛び出して街道のある方へと駆け出した。

 すると地中に潜っているにも拘らず潜望鏡で覗いてるかのように、その駆け出した衛兵の後を追うように迫る盛り土が進路を変えた。


「む、いかん!」


 自分も同じく岩陰から文字通り飛び出すと、無駄に高い脚力で一気にその衛兵の後ろへと駆け込んで行く。追い着いたと同時に、地中から飛び出してきたサンドワームの頭部が獲物を捕食しようとその花弁を開き、その無数の牙を突き立てようと迫る。剣を抜く暇も間合いもない、そんな状態でサンドワームの巨体と激突する。

 サンドワームの鰓を真正面から掴み、力だけでその巨体の突進を止める。すぐ目の前ではまるでエイリアンの卵のように開いた口から無数の牙が蠢いているのが見える。ギチギチと耳障りな音をさせながら、掴んでいる腕を振り解こうとその巨体を捩らせるが、そうはさせまいとさらに力を籠めて抑え込みにかかる。


「ひぃいぃ!!」


 すぐ後ろでは衛兵が腰を抜かして後ずさっていた。股の間には何やら湿った跡が見える。この魔獣は臭いを敏感に察知しているのだろうか。

 サンドワームは地中に潜ったその巨体を軸にして、こちらを投げ飛ばそうと腕の中でのた打ち回っている。さすがに二十メートル近くもある巨体となればかなりの力があるらしく、足が地面から離されそうになるのを必死で腰を落としながら、その頭部を抱き締めた恰好で押さえ込む。


「ふんぬぅっ!!」


 地中に身体が潜っている限り土俵の分はサンドワームにある。それをまずは叩く為、サンドワームをまるで大根でも抜くかのように地面から引き抜く。しかし敵もさるもの、必死で引き抜かれまいと抵抗してまるで綱引きのような状態になる。じりじりと後ろに下がりながらついにサンドワームの巨体が地面の上に横たわり、身体をぐねぐねとのた打ち回らせる。

 胸元でサンドワームが口を開閉して此方に噛み付こうと、身体を震わせて唸るようにする。それを押さえ込んだまま今度は足を使ってサンドワームの身体を絞め付け、そのままチョークスリーパーの要領で締め上げていく。


「アーク!」


 のた打ち回るサンドワームの傍まで駆け付けたアリアンが、剣を手に此方の様子を窺い隙を狙うようにしてその場で一進一退している。


「大丈夫だ、アリアン殿! 観念するがいい!」


 アリアンに無事を伝える為声を掛け、そのままサンドワームに止めを刺すべく、引き千切らんばかりに力を籠めていく。やがてサンドワームの巨体が力無く痙攣した後、そっと窺うようにチョークスリーパーの体勢を解いた。

 頭部のすぐ下部分とその下の胴体辺りには万力で絞めたような痕が二箇所くっきりと残り、その巨体がだいぶ薄暗くなった荒地の上に転がった。


「いやいやいや、まさかサンドワームを素手で締め上げる者がいたなんて……」


 そこへ呆れと驚きの声で近付いて来たのはカーシーだ。横たわる巨体を眺め回しながらも、此方へと声を掛けて来た。後ろから付いて来た残りの衛兵も、絶句したような表情を浮かべて此方を遠巻きに見るようにしていた。

 派手な魔法を使うのと、人外の膂力で魔獣を締め上げる、果たしてどちらが目立たない方法だっただろうかと、無意味な議論が脳内で開催され始めた。いや、もう既に今更かも知れないが。


 外套や鎧に付いた土埃を払いながら、割となんでもない風を装って立ち上がる。

 先程までゴブリンの撒き餌に群がっていた場所に目を向けると、もうそこにはゴブリンもサンドワームの姿も無く、ただ何事も無かったかのように荒地が広がっているだけだ。


「カーシー殿、これでサンドワームの捕獲は完了かな?」


 足元のサンドワームに視線を戻すと、カーシーは早速といった風にその巨体を触ったり、引っ張ったりしてその周囲を動き回っていた。


「充分だよ! まさかこんなに綺麗な標本を採取できるとは思ってなかったよ」


 やや興奮気味な声で顔を上げたカーシーは、身体一杯で喜びを現している。


「カーシー様、もう日が沈むまで間がありません。目的の物を回収して速やかに移動しませんと、今度はサンドワイバーンに襲われるやも知れません」


 腰を抜かしていた衛兵仲間を助け起こしていたもう一人の衛兵が、カーシーに進言しながら周囲の空を仰ぎ見た。

 太陽はすでに山脈の影に入って見えなくなり、空は藍色を濃くして空を覆いつつある。


「それもそうだね、本当は野宿を想定していたんだけど、思いの外早くに現れたからね」


 カーシーの指示の元、サンドワームの巨体を馬車の荷台へと積む。その長い巨体を蜷局(とぐろ)を巻くようにして積み込み、その場を早々に後にした。


「ここ最近はサンドワイバーンの群れが街周辺に出ているんだよ」


 ブランベイナへの帰り道、馬車と並んで歩いていたカーシーはやや不安そうに空を見回している衛兵達に視線を向けながらそんな事を告げてくる。


「我らもブランベイナまでの道程で遭遇した。何匹か撃ち落としてそのまま放置してきたが」


「本当かい!? それならスキットス君に伝えて回収させて貰うよ?」


 自分もアリアンも特に使い道がないといった結論だったので、それは構わないと首肯する。

 やがてブランベイナの街が築かれた丘が見え始め、街の灯りが近づくにつれ衛兵達の間にあった緊張がやわらいでいくのを感じた。街はすでにその街門を閉ざしていたが、見張りの兵にカーシーが取り次ぐと、ややあってから門が開けられた。


「カーシー殿、我らはこの辺でそろそろお暇させてもらう」


 街へと入った後、途中の広場で声を掛けた。振り返ったカーシーは手を打つと、荷台の隅に載せられた布の包みを手に取った。


「今日は有意義な一日だったよ。これは約束していた報酬の本だよ。里の役に立たせてくれると、僕も有難いね。願わくば里の外に興味を持ってくれる仲間が出来るといいな」


 その包みをアリアンに手渡して、右手を差し出す。彼女の方もそれを受け取って握手を返した。


「ありがとうございます。閲覧できる者の選定は絞った方がいいかも知れないわね」


 カーシーの言に口元に笑みを浮かべてアリアンがそう返すと、カーシーは笑って手を振り、荷馬車と共に領主屋敷の方へと歩き出した。


「我らも休むとするか……」


「……そうね」


 カーシーの背を見送った後、自分達も取っていた宿へと足を向けた。


誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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