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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第三部 人族とエルフ族
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魔獣の研究者2

 城壁内にある回廊をカーシーを先頭にして、アリアンと自分はその後ろに付いて行く。領主の屋敷の使用人や衛兵達が擦れ違う際にカーシーにそれぞれ会釈して去って行く。後ろにいるダークエルフであるアリアンが物珍しいのか、時折ちらちらと視線が投げ掛けられるが不躾な視線はそれ程多くはない。


 中央の屋敷は城壁内で一番大きく、ここが領主の屋敷なのだろう。正面階段を上がり大扉の両脇に控えた見張りにカーシーが挨拶をすると、見張りの衛兵が静かに大扉を開ける。

 カーシーは礼を言って慣れた風にその正面玄関である大扉を潜り、それに付いて行こうとして後を追おうとすると見張りの一人が前を遮った。


「申し訳ありません、こちらで武器をお預かりさせて頂きます」


 自分の腰には大きな両手剣である『聖雷の剣(カラドボルグ)』とアリアンの腰には『獅子王の剣』が提げられている。さすがに領主の屋敷に入るのに武器を携行する事は出来ないようだ。

 手元から武器を離すのは些か不安だが、ここで固持しても仕方がない。黙って頷き見張りの衛兵に鞘ごと剣を渡す。アリアンも同じように腰に提げた剣を差し出した。

 衛兵はこちらの剣に一瞬見惚れるような顔をしたが、顔を引き締めて剣を受け取ろうと手を伸ばした。その手に剣を載せて離すと、衛兵は途端にバランスを崩してよろめいた。


「ぐ! お、重い……」


 衛兵は渡された剣を取り落とさないように必死で踏ん張ると、何とか持ち堪えたようだ。


「大丈夫かな?」


「も、申し訳ありません」


 自分では剣を振った際に特に重すぎるといった感覚はないが、一般人では振る事さえ難しいのかも知れない。そう思えば多少は剣から目を離すのも気が楽になる。強力な武具であっても使いこなせないならば、それ程の脅威にはなり得ないからだ。

 衛兵の許可が下りたので、先に入ったカーシーを追って扉を潜った。その先、正面ホールでは一人の使用人の女性がカーシーに声を掛けている所だった。


「カーシー様? 今日はどのようなご用件でしょうか?」


「あぁ、スキットス君はいつもの部屋かな? 案内は別にいいよ」


 そう言いながらスタスタと二階へと続く正面階段を上がって行く。自分とアリアンもそれに置いて行かれないように足早に続くと、使用人の女性が目を丸くして驚く。


「え!? カーシー様、お客様をお通しする場合は前もって言って頂かないと!」


 二階へと上がって行くカーシーを慌てて追い掛けようと階段を駆け上がろうとしたが、慌てていて足元が疎かになっていたのか、女性は足を滑らして前へとつんのめる。

 そこへ逸早く動いたのはアリアンだった。音も立てぬ身のこなしで女性に近づくと、倒れ込んでいた身体をしっかりと支えた。


「大丈夫?」


「も、申し訳ありません、お客様」


 アリアンが金色の瞳でその使用人の女性の顔を覗き込むと、その女性は頬をやや朱に染めて、慌てて身体を離して勢いよく頭を下げた。


「カーシー様! 待って下さいってば!!」


 その自分の焦りを誤魔化す為だろうか、女性は先に行ったカーシーに大きな声で呼び掛けながら二階へと駆け上がって行った。


「固い事言わないでよ、ブリタ君」


「私が怒られるんですからね!?」


「スキットス君はそんな事で怒った事があったかな?」


「侍女長に怒られるんです!」


 階段を上がった先では、ブリタと呼ばれた女性使用人がカーシーに追い縋りながら苦情の申し立てを行っていた。それを笑って誤魔化しながらカーシーは目的の部屋へと歩いてる。

 どうやら恒常的に繰り返されている光景らしく、擦れ違う衛兵や使用人達が苦笑いで何を言うでもなく、擦れ違って行く。

 そんな様子を見ていたアリアンは少し可笑しそうに、その二人のやり取りを後ろから付いて行きながら眺めていた。


「やぁ、来たよ。スキットス君」


 そして奥にあった一際綺麗な紋様の施された扉を、ノックも無しにカーシーは開いた。その後に慌てて続いたのは使用人であるブリタで、頭を抱えたまま「失礼致します」と一言だけ言って中にへと入って行く。

 後ろにいた自分とアリアンは二人で顔を見合わせてから、一拍の間を置いて入室した。


「お前さんか、確かエルフの客人が来てるって話だったが、何しに来た? この仕事が終わったらこちらから顔を出すつもりだったが……」


 その部屋は少しばかり縦に長い長方形の部屋で、両脇には背の低めな書棚が並べられ、その上には品のある調度品が並べられている。奥の壁には両脇に大きな明り取りのガラス窓があり、その手前の中央には丁寧な模様細工の施された黒檀色の執務机が置かれていた。

 その執務机の席に着いている壮年の男は、入って来たカーシーとブリタを見ると手にしていた書類を机に置いて顔を上げた。


 カーシーに「スキットス君」と呼ばれた壮年の男。年の頃は四十程だろうか、短く刈り上げた濃い茶の髪に、上等な服に袖を通してはいるがその上からでも分かる鍛え抜かれた上半身が机の上から覗く。やや無精髭を生やした顎を撫で摩りながら気安い口調で語る様は貴族と言うよりは傭兵団の団長を思わせる。

 領主であるスキットスは後から入って来た自分とアリアンの姿を見とめると、やや目を驚かせたが、すぐに視線をカーシーに戻した。


「実は前から話していたサンドワームの標本採取をしようと思ってね」


 カーシーは気軽な様子でスキットスに話し掛けると、今度は明確な驚きの表情を持って彼に向き直った。


「まだあれを諦めてなかったのか? 前にも言ったが、うちからあまり兵を出してやれんぞ? お前さんのおかげで農地が広がったはいいが、今度は耕す人が不足してると来た。ただでさえ人数が少ねぇんだから付けて三、四人が限度だぞ」


 眉間に皺を寄せながら溜息を吐いたスキットスに対し、カーシーは実に嬉しそうに振り返りながらこちらを手招きして自分とアリアンを呼んだ。


「大丈夫! 今回はこの二人が協力してくれる事になったからね。こちらが里からの使者として来たアリアン君、そしてこっちの鎧を着ているのが──」


「あたしの護衛である、アークです」


 アリアンが此方をちらりと見やりながら、カーシーの紹介に割って入るようにする。それに合わせて自分も少し会釈するように頭を下げて対応する。

 もしかしたら兜被ったままの自分をフォローしての対応だったのだろうか、確かにエルフ族の使者の護衛と言われればあまり細かい事を言われなさそうではある。この時代に外交特権などという考え方があるかは知らないが、挑発する気が無ければ無暗に指摘は出来なくなる。

 ただ目の前の人物はそれ程細かい事を気にするようには見えないが。


「使者殿までこき使う気か、お前さんは?」


 多分に呆れの含んだ声で、天井を仰ぐように椅子にもたれ掛かったスキットスは盛大に溜息を吐いてから、やや同情するような視線をこちらに向けられた。


「こき使うなんてヤダなぁ、ちゃんと交渉してお願いしたよ?」


 それに愉快そうに答えたカーシーの後ろでは、ブリタが深々と頭を下げて謝罪を示していた。


「あとはスキットス君の方で、撒き餌を運ぶ為に四人程貸して貰えるとありがたいかな?」


「溜めていたあのゴブリンか……、貸してやるからさっさと処分してくれ。五日も腐らせて置いてあるから臭いの苦情が出始めとるんだからな」


 しっしっとカーシーを追い払うような仕草をしてから、アリアンに向き直り立ち上がった。


「初めまして、アリアン殿。俺はここで領主をしているスキットス・ドゥ・ブランベイナって言う者だが、適当にスキットスと呼んでくれ。こんな辺鄙な所だから来客があるとは思わなかったのでな、不作法は勘弁してくれ」


「アリアン・グレニス・メープル、別に構わないわ」


 カーシーが右手を差し出すと、アリアンも黙って右手を出して握手を交わす。スキットスはアリアンの肌に物珍しさを感じているのか、握手の時にちらりと視線を動かしたが周りに悟らせぬようにすぐに戻した。


「それで……、今宵は歓迎の席でも設けようと思っているのだが……」


「いえ、あたし達はあまりゆっくりとしていられる時間も無いので、彼の手伝いが終わったら早々にここを発つわ……」


 宴席の用意を口にした領主のスキットスの言葉を、アリアンは被せるように断わり返事を返す。自分はいずれにしても人前で兜を脱ぐのには抵抗があるので、宴席が催されてもアリアンの護衛として後ろに立ったまま貼り付くだけだ。


「そうかい? 遠慮だったら必要ないが……まぁ使者殿は何かとお忙しかろう。カーシー殿を宜しく頼みますよ」


 そう言ってスキットスは嫌な顔ひとつせず、笑ってからカーシーの方へ顔を向けようとして変な顔になった。


「あれ? あいつは何処行った?」


 スキットスのその言葉に改めて室内を見回すと、既にカーシーの姿はそこにはなかった。


「先程上機嫌で出て行かれましたよ」


「またか……」


 ブリタが何処か諦観した面持ちで告げると、スキットスは申し訳なさそうな表情をしてアリアンに顔を向けた。

 そんな領主の男を、アリアンはじっと見詰めた後に徐に口を開いた。


「領主であるあなたが何故エルフ族である彼を受け入れたのだ?」


 その言葉に一瞬何を聞かれたのか分からないといった表情をしたスキットスだったが、すぐに口元に笑みを浮かべた。


「彼は実に有能な研究者だ。十年程前、ここは度重なる魔獣の被害に悩まされ人口が頭打ちになっていた土地だった。彼が来てからは様々な魔獣の対策や生態を領軍に指導し、街を造り替えと、随分と住み易くなったんだよ。領民や俺なんかは感謝してるよ……、本当にな」


 カーシーとのやり取りを見る限りには、よく迷惑を掛けられているといった様子だったが、二人の中にはお互いある程度の信頼関係が築かれているのだろう。

 それをアリアンも感じとっているのか、特に何を言うでもなく黙って相槌を打って聞いていた。


 部屋を出る際にスキットスにアリアンが別れを告げると、「いつでも顔を出してくれて構わない」と言って笑って返した。街全体もそれ程大きくはないので、領主といっても気のいい町長のような気安さだ。


 屋敷の入口でそれぞれ預かってもらっていた武器を受け取り、カーシーの行先を尋ねると城壁内にある倉庫の一つに案内された。

 面白みも何も無い四角い箱型に僅かにつけられた小さな窓以外、特にこれといった特徴もないその建造物。その正面にある両開きの扉の片側が開かれ、その中から異臭が漏れ出してきていた。

 中を覗いて見るとより一層異臭が濃くなり、隣にいたアリアンも思わずといった感じで盛大に顔を顰める。頭の上にいるポンタは特に気にならないのか、普段と変わらず尻尾を振っている。そのがらんとした倉庫内には一台の荷馬車が置かれてあり、その荷台を覗き込んでいる人物がこちらに気付いた。

 荷台には緑色の肌をした気味の悪い小人が十体程積み込まれていたが、どれも腐り始めているのか酷い悪臭を放っている。


「最近ワイバーンに追い立てられて街近くまで来ていたゴブリンだよ。いい具合に発酵し始めてるこれを餌にサンドワームを誘き出すんだよ」


「カーシー殿、いつサンドワームの捕獲に?」


 隣で鼻を摘まんで若干涙目になっているアリアンの横で、彼女が聞きたいであろう事を代わりに尋ねる。


「サンドワームは夕方から夜間に掛けて活動が活発になるからね、昼食を摂ったら出掛けるとしようか。そうだ、君達お昼は何か食べるかい? オークの美味しい店があるけど」


 その申し出を聞いてちらりとアリアンを見ると、彼女は鼻を摘まんだまま無言で首を横に振り遠慮していた。自分は元より人前で食事をする気はない、というよりこれを見てからオークを食したいとはさすがに思えないのが正直な気持ちだ。

 カーシーはと言えば少し残念そうな顔をしてから、此方に視線を向けてくる。


「いや、我も今回は遠慮しておこう」


「そうかい? 残念だね、本当に美味しいんだけどね」


 荷台の腐ったゴブリンを見ながら眉尻を落としていたカーシーだったが、気を取り直したのか顔を上げると今後の予定を口にした。


「それじゃぁ、昼を過ぎた頃にまたここへ来てくれるかな? それまでは城内や街を見て回って来るといいよ」


 そこでカーシーとは一旦別れ、街へと戻る事にした。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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