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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第三部 人族とエルフ族
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魔獣の研究者1

 城壁内には回廊が取り囲んだ四角い中庭を中心として、周囲にそれぞれ建物が配置されていた。全ての建物は回廊で繋がっており、詰所から出るとその回廊を渡って一つの建物の前にまで通された。目の前の建物は石造りの二階建てで、他と同じく箱型をしている。周囲の他の建物が大きく背が高い為に小さく見えるが、街中で見た一軒家よりは多少大きく見える。

 綺麗な紋様の彫り込まれた木製扉には割とシンプルなドアノッカーが取り付けられており、隊長はそれを打ち鳴らすと中から男の声で返事があった。


「開いてますよ~」


 此方やアリアンのやや緊張した雰囲気に反してのんびりとした応対だったが、隊長は気にせず扉に手を掛けて開いた。


「失礼します!」


 隊長が断りの返事をしてから開いた扉の脇に避けると、アリアンが先にその建物へと通される。その後に続いて自分も中に入って二人で中を見渡す。

 木製の太い柱が並び、梁が渡された一階の手前の部屋はがらんとしていて、中央に食卓のような長いテーブルが置かれている。その両脇には長椅子が配されて、上座と下座には一脚ずつ肘掛け付きの椅子が置かれている。あまり普段は使われていないのか、剥き出しの石床も相俟って少し寒々しい空間になっている。


 一番最後に入ってきた隊長は自分達を追い越すように前に出ると、そのまま食堂を横切って奥の部屋へと案内してくれた。

 食堂に隣接するようにあった部屋の中は雑然としていた。

 部屋の中央には応接用のテーブルが置かれていたが、その上には沢山の本と羊皮紙などの巻物などが無造作に積み上げられている。壁面近くには幾つもの本棚が配されているが、その棚にもぎっしりと本が詰め込まれていて既に収納するスペースが無い。床には綺麗な紋様が織り込まれた絨毯が敷かれているが、その上には岩の塊やら何かの動物の爪や牙などが転がっていて足の踏み場を無くしてしまっている。

 奥には大きなガラス窓があり、その手前には物を書き付ける為の少し斜角のついた文机のような物が置かれ、その手前の椅子に一人の男が腰掛けていた。


「カナダよりの使者様をお連れ致しました」


「やぁ、ありがとう」


 隊長は部屋の入口付近で奥の男に敬礼すると、回れ右をして部屋から出て行った。


「まさかカナダから私に使者が来るとはねぇ~、歓迎するよ」


 椅子に腰掛けていた男が立ち上がって歓迎の言葉を口にした。

 翠がかった金髪を適当に切ったようなぼさぼさ頭に、エルフ族の特徴でもある長い耳と翠の瞳、その瞳は丸い眼鏡を通してこちらを覗き込んでいる。

 服装はエルフ族特有の民族衣装などではなく、街で見かける庶民のそれと大差無いが、よれよれとしたその恰好は庶民より悪く見える。


「アリアン・グレニス・メープルよ。初めまして……、カーシーさん?」


「メープルの戦士かい? すごいね、僕はカーシー・ヘルド、カーシーでいいよアリアン君。で、そっちの鎧騎士君と……おお!! ベントゥヴォルピーズじゃないか!!」


 カーシーはアリアンの名前を聞いて少し目を丸くして驚きの声を上げて、今度は此方に向き直って名前を尋ねてきた。しかし頭の上に貼り付いていたポンタに視線が向くと、驚愕の顔をして積まれた荷物を慌てて掻き分けて近くまでやって来て、興奮したような声を上げた。


「我が名はアーク、アリアン殿の旅の伴のようなものだ。こっちは綿毛狐のポンタだ」


「きゅ~ん……」


 カーシーの迫力に押されて、ポンタが頭の上で後ずさりしたのが分かった。


「旅の伴? そんな鎧を着るエルフ族は見た事ないから、もしかして人族なのかな?」


 少し首を傾げたカーシーの問いに頷いて肯定する。するとカーシーはまたも驚きの表情で此方を上から下まで仔細に観察するように目線を動かした。


「僕が言うのもなんだけど、珍しい取り合わせだね。いやぁ、それにしても精霊獣が人族に懐いている姿なんてなかなか見ないよ」


 カーシーはにこにこと笑みながらもポンタに手を伸ばそうとしたが、ポンタは完全に首の後ろまで回り込んでしまい、その手から逃れようとする。それを見てカーシーは、眉尻を下げて残念そうな表情で項垂れて力無く笑った。


「昔から精霊獣に懐かれた事が無くてね……。あぁ、座って座って」


 溜息を吐いたカーシーは、こちらが立ったままだった事に気付き、手近にあった荷物に埋もれた椅子を発掘して座るように促してきた。ただ椅子が一脚しかなかったので、アリアンに座るように促して自分はそのまま彼女の後ろに控えるように立った。


「それにしても里から僕に使者って言うのは本当なのかな?」


 自分の椅子に着いたカーシーは、目元にずり下がった眼鏡を中指で押し上げながら疑問を呈してきた。口調からしてある程度状況を把握しているような雰囲気だ。


「いえ、あたし達は人族に連れ去られた同胞を追っている任務の最中よ。ここへはランドバルトという街に向う途中でたまたま訪れたのだけど……」


「成程ねぇ、この街でエルフ族の変わり者がいると聞いて、真偽を確かめに来た訳だね。それにしてもランドバルトとは随分と見当外れな場所へ来たね、二人とも」


 カーシーが納得顔で頷きながら笑うと、椅子に座っていたアリアンが此方へと視線を向けた。何を言うでもなかったが、言いたい事は何となくだが察しはつく。


「それにしてもカーシー殿、よく人族の街で今迄無事で過ごせたものだな」


 彼女の視線を誤魔化すように、目の前にいる眼鏡のエルフ族に話題を振る。カーシーは改めてといった感じで部屋を見渡し、しみじみとした口調になった。


「ここに居着いたのは十年程前だったかな? 里を出てから四十年程は、それこそ正体を知られないようにしながら各地を転々としていたよ。他国の事を思えばこの国はまだマシな方だと思うよ」


「ほぉ、十年とは随分と長くここに住まわれておるのだな」


「僕達の寿命を考えれば、人族の感覚で言えば一、二年の感覚だと思うけどね。確かに短いと言う程でもないね……。ここは西はヒボット荒野、東はカルカト山群に挟まれていて、多種類の魔獣が見られるから、生態調査や研究には便利な場所なんだよ」


 そこへ前置きを入れてから「あまり住むには適していないんだけどね」と言って眼鏡をずり上げながら笑った。


「何故あなたはこんな人族の街で?」


 アリアンは一番聞きたかったであろう質問をカーシーに尋ねる。

 任務の内容が内容だけに、彼女にとって人族はあまり信用ならない種族に位置づけされている筈だ。そこへエルフ族が堂々と人族の街で人族の庇護を受けて暮らして居るという事に、かなり驚きを禁じ得ない思いなのだろう。


「ここへ来た当初は私も正体を隠していたよ。ただ今の領主が魔獣研究しているという市井で暮らす僕の事に興味を持ってね……。屋敷に招かれた後、エルフ族だと知られてからは、特別にと言ってここを借り受ける事なったんだよね。今はここで魔獣の生態なんかを調査しつつ、それらを記述して編纂した本などを出版してるよ。まぁ里でも同じよう事をやってたけどね」


 改めて部屋を見回すと、乱雑に置かれた羊皮紙などには魔獣と思しき姿が丁寧な筆致で描かれ、多くの覚え書きなどが書き殴られた物がそこかしこに散見される。

 本棚にある本も多くが魔獣に関する文献やらで埋まっている所を見るに、根っからの魔獣研究者なのだろう。

 ただ、アリアンは少し複雑そうな表情を浮かべている。


「今はヒボット荒野に住むサンドワームの調査をしているんだけどね、殆ど地中に居て生態はおろか姿を見る機会さえ少なくてね。しかも確保しようにも結構な強敵だから、それも難しくて……」


 と言ってカーシーは顔を顰めていたが、不意に此方とアリアンの顔を交互に見比べて、やおら手を打つと声を上げた。


「そうだ! 今度サンドワームの捕獲をどうにかして行おうと思ってたんだけど、君達も手伝ってくれないかな? メープルの戦士に、それのお伴となれば結構な手練れだと思うんだけど……」


「いえ、あたし達は他の任務中なので……」


 勢い込んで魔獣捕獲の援助を求めて来たカーシーだったが、アリアンは若干言葉を濁しながらも断りの返事を返した。同じエルフ族の同胞の頼みなので少しは話を聞く物と思っていたが、自分としては意外な反応に少々驚いてアリアンの方を窺う。


「……里の戦士は剣や魔法の鍛錬と同時に、魔獣の生態を知る為に本も読んで勉強をする。あなたが魔獣の生態を調査して本にすれば、人族がそれだけ魔獣に対抗しうる知識を得る事になるわ」


 真っ直ぐ見詰める金の双眸がカーシーに向けられる。

 彼女が言いたいことは何となくだが判った気がする。要は何故エルフ族である彼が人族の味方のような事をするのか、という事だろう。


 カーシーは少し苦笑して椅子に深く掛け直す。


「君が勉強したという魔獣の生態を記した本は、恐らく僕が里に居た時に作ったやつだよ」


「! だったら、猶更……!」


「魔獣の生態調査なんて、遅いか早いかの違いで、いつか誰かがやる事だよ。その誰かが、エルフ族である僕である事に意義があると思っているよ」


 アリアンが言い募ろうとするのを遮るように言葉を挟むと、カーシーはアリアンの瞳を見返す。

 彼の言いたい事も何となくだが分かる。この街の人のように、エルフ族である彼の研究のおかげで魔獣の被害が減ったと感謝する者が現われれば、それはエルフ族にとってもいい事だ。人族から見るエルフ族の見方が変われば、それはエルフ族を守る事にも成り得る。

 ただ現状は領主の持つ城壁と多数の衛兵で守られた状態にある事を思えば、まだまだ前途多難だと言えるが。


「さっきも言ったけど、この国は他国に比べれば随分とマシな方だ。現にここの領主は僕をこうして遇してくれている。カナダとローデンは隣同士だ。この先の将来、互いに反目しあうのか、それとも手を取り合うのかを選択する事になるなら、僕は手を取り合う方を選ぶよ」


 そう言ってカーシーは眼鏡をずり上げながら、口元を緩める。


「それに君の後ろに居る彼も人族なんでしょ?」


 アリアンが肩越しに此方を見詰め、複雑そうな顔をする。

 確かに人族かと言われれば、自分でも疑問を呈する事は否めない。一応呪いを受けた身である事は判明しているが、現状の見た目は単なる不死者(アンデッド)にしか見えない。

 そう言えば何か大事な事を忘れているような気がしないでもないが──。


 しかしそんな思考をしていると、不意に視線を感じて顔をそちらへと向ける。アリアンが此方の方にその綺麗な金の瞳を向けており、何かを尋ねるように揺れていた。


「これも精霊の導きと言うものかも知れんな。我はアリアン殿の判断に従おう」


 ここへ来たのは自分の方向感覚の欠如に寄る所が大きいが、あの分かれ道で再度棒倒しする際にアリアンが呟いた「精霊の導き」のような見えざる手に招かれたのかも知れない──と、心の中で自分の方向音痴を棚に上げた。


「手伝ってくれるなら報酬も支払うよ。お金はあまり持ってないけど、この魔獣生態調査書なんてどうかな? 里を出てから各地で調査したものを本にしたやつで、上下巻の二冊。里も里外の事をもっと知ってもいいと思うんだよねぇ」


 カーシーはそう言って、脇にあった厚みのある蔵書を二冊取り出して目の前に並べる。革の装丁が施されており、表紙には何処かドラゴンを思わせるような魔獣のイラストが焼印で描かれ、脇には「カーシー・ヘルド著」と刻印されている。

 断って少し中身を開くと、魔獣の姿が丁寧なイラストで描かれており、脇にはその魔獣の生態や特性、住む場所の特徴など多岐に渡って書き記されていた。こういう図鑑のような本は子供の頃から大好きだったので、見ていると少しワクワクしてしまう。


「あとこれは人族に向けて発表する気はないやつだけど、今迄に見掛けた精霊獣を纏めた本だよ。と言っても魔獣程詳しくは書いてないけどね。何せ僕は精霊獣に近づく事も難しいから、詳しい生態調査が難しいんだよ……」


 頭を掻きながら苦笑いを浮かべたカーシーが、もう一冊の本を取りこちらへと差し出す。先程の魔獣生態の書と違い厚みもそれ程無く、装丁もかなり大雑把な仕上がりだ。

 どうやら彼も精霊獣に関しては、人族にその調査の成果を発表する気はないようだ。ポンタのような者が増える事も考えられるからだろう。

 ただこれも彼が言っていたように、遅いか早いかの違いでしかないだろう。


「わかったわ、あまり時間は取れないかも知れないけど……」


 アリアンはカーシーに目を向けて、しっかりとした口調で答えた。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。


オーバーラップ様のサイトなどでアークさんの兜姿verが見られる口絵が公開されました。お暇な時にでもチェックして頂ければ幸いです^^

http://blog.over-lap.co.jp/?p=9451


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