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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第三部 人族とエルフ族
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荒野の街ブランベイナ

 やがて街道の脇、視界の先になだらかな丘が姿を現し、その頂上部に街が形成されているのが見えてきた。周囲を石造りの街壁が取り囲み、幾つかの背の高い箱型の建造物が街壁を越えて頭を覗かせているのがここからでも見える。今迄の街などに比べて装飾された外観が殆ど無く、素っ気なさと言うよりは堅実な印象を抱かせる様相だ。

 街、と言うよりはやや砦や要塞のようにも見える。

 周囲の赤茶けた大地の中でこの丘の周辺だけ緑が濃い。街の周囲を段々に整備された耕作地が連なり、そこには疎らながらも畑の世話する人間達が動いていた。ただ畑の広さに比して人の影はかなり少ない。


「少しあそこで道を尋ねた方が良さそうだな」


「そうね、いつの間にか道も北上し始めているしね……」


 どうやら気付かない内に道が大幅に向きを変えていたようだ。方位磁石も無しに蛇行した道を辿っていると、思ったよりも方向を見失い易いようだ。

 そんな内心の焦りを露程も見せずに、力強い足取りで街道を逸れて、その足を街へと向ける。

 広大な風景の中で見た街はそれ程大きくは見えなかったが、丘を登るにつれて迫る街は意外と大きく感じる。街壁の高さは五メートル程だが、綺麗な石組みで築かれており、上部には幾人かの歩哨の姿も見てとれる。

 正面の大きな門は開け放たれており、門の脇には見張りの衛兵が一人立っていた。向こうもこちらに気付いたらしく、抜けていた肩の力が戻り視線が向かって来る。

 それに軽く手を挙げて応えながら、近づいてその衛兵に声を掛けた。


「すまぬが、少し道を尋ねたい。ランドバルトと言う街へ行きたいのだが、この街道で道は合っているのだろうか?」


 此方の質問に衛兵は首を傾げながら、視線が上から下へと移動し、次いで後ろにいるアリアンへと向けられる。アリアンは正体を気取られない為に、外套のフードを深く被って顔を隠している。

 衛兵の視線が再び此方へと戻されると、ようやく質問の答えが返って来た。


「いえ、ランドバルトなんて名前はこの辺じゃ聞かないですね。自分はこの街から出た事が無いので近場の村しか知りませんし……」


 衛兵の男は少し困った風な表情をして頭を掻いた。

 現代のように気軽に隣街や外国へ行く事が出来ないような時代だ、離れた街への道を尋ねて早々に答えが返ってくるとは期待していない。


「ふむ、では少し街中で道を尋ねる事にするとしよう。して、入街税は幾らになる?」


 腰元に括り付けていた財布用の革袋に手を伸ばしながら衛兵の男に尋ねるが、男は頭を振って道の脇に避けるように移動して、そのまま通るように手で促した。


「この街に入るのに税は必要ありません。こんな辺鄙な街道を通る者から税なんて徴収すれば、誰もこの街を訪れなくなりますよ。まぁ、出る時は少しばかり頂戴致しますがね」


 そう言って軽く笑った後に、衛兵は敬礼をして歓迎の挨拶を述べた。


「ブランベイナへ、ようこそ」


 衛兵の男に軽く礼を言ってから街へと足を踏み入れる。

 街壁の中、街には外と違い朝も早いこの時間だというのに人通りが多かった。建物はみな箱型のような形をしていて、所狭しと建ち並んでいる。建物同士の間隔も狭く、入り組んだ路地とも相俟って迷路のような様相を呈している。建物同士の間には日除けの為か一枚布が渡され、それが幾重にも通りの屋根を形成しており、奥が容易に見通せなくなっている。

 そんな雑然とした街の中、そこかしこに武装した人間が眠そうな顔をして歩いている。傭兵らしきその男達はそれぞれ宿と思われる建物に吸い込まれていくと、交代するように他の民家から農具を担いだ人達が出て来て門へと向かう。


 その人の流れに逆らい少し開けた広場までやって来ると、そこには朝市と思しき露店が軒を連ねていた。街の主婦と思われる女性が多く行き交うその中をアリアンと進んでいると、頭の上にいたポンタが何やらいい匂いに釣られたのか、「きゅん!」と鳴いて尻尾を振り始めた。

 ポンタの視線の先にある露店では豆が量り売りされており、傍ではその豆を炒って香ばしい匂いをさせていた。一粒がそれ程大きくなく、豆の形から見るにレンズマメのようにも見えるが、炒って食べるのは初めて見る方法だ。

 王都からここまで何も食べていないので、さすがにお腹が減ったのだろう。ポンタが忙しなく頭の上で催促するように鳴くので、朝市の喧噪の中であるにも拘らず店の親父が此方に気付いて愛想よく笑い掛けてきた。


「へい、旦那。いかがです?」


「では炒ったのを二杯、頂こうか」


 そう言うと店主である親父は「毎度!」と威勢良く声を上げて炒ったばかりの豆を手元にあった木杯で掬うと、此方が差し出した革袋に慣れた手つきで移し替える。

 物の序でだと思い、ランドバルトへの道を尋ねようと口を開こうとしたが、先に店主の方が此方に別の話題を振ってきた。


「旦那もここへはサンドワイバーンを狩りに来たんですかい?」


 店主の言葉に今朝方襲い掛かってきたワイバーンの群れを思い出す。


「いや。そのサンドワイバーンとやらはこの辺りでは良く出没するのか?」


「ええ、まぁ。時々荒野の方から迷い込んでくるのがいるんですけどね、ここ最近はまとまった数の群れが流れてきて家畜にも被害が出てるんですよ」


 どうやら今朝のワイバーンの事のようだ。数は既に半数になっているが……。しかし、それにしては街の様子には特に危機感を募らせたような雰囲気なども無く、どちらかと言えば人々の顔は明るい表情が目立つ。


「それほど深刻な事態、と言う訳でもなさそうだな……」


 そんな周囲の買い物客の表情を見回して言うと、店主の親父も笑って答えた。


「奴らは日差しの強い日中は、あまり飛び回ったりしないんだそうですよ。夕方から朝方に掛けて街に居れば滅多な事では襲われませんよ。それにサンドワイバーンの皮を狙って傭兵団なんかも来てますしね……」


「ほぉ、店主殿は随分と魔獣の生態に詳しいのだな」


 素直に感心して相槌を打つと、親父は手を振って笑いながら、炒った豆二杯分の入った革袋を手渡してきた。


「違いますよ、この街には魔獣の研究をしてるっていう学者先生が住んでるんですよ。あの先生の御蔭でここらの魔獣被害も随分抑えられましたよ。あ、三スクです」


「そんな御仁がこの街にはおるのか、む、銀貨しかないな」


 店主の親父に銀貨を一枚支払う。親父は銀貨を受け取るとお釣りである七枚の銅貨を手に持って此方に身体を寄せると、少し声を落とした。


「しかもその先生、今じゃ滅多に見ないエルフ族なんですよ」


 その親父の言葉に一番反応したのは、後ろで話を聞いていたアリアンだった。


「この人族の街にエルフ族が暮らしているの!?」


 彼女は驚愕と共に自分の声が予想外に大きく出た事に、ハッと口元を押さえるとフードの端を摘まんで目を伏せるようにした。


「え、ええ。領主様に特別に屋敷まで用意されて、十年近くこの街で暮らしてますよ?」


 店主の親父は今迄静かに後ろで控えていた人物が急に前に出て来て反応した事に多少驚きを露わにしていたが、頷きながら彼女の問いに答えた。


「して、そのエルフ族の学者先生なる御仁の屋敷とは何処にあるのだ?」


 恐らくアリアンが今最も聞きたいであろう事を、代わりに店主に尋ねる。


「いやぁ、領主様のお屋敷のすぐ傍ですが、衛兵が何人も居て滅多な事では会えませんよ?」


「なに、少し興味本位で聞いてみただけだ。それより店主殿、ランドバルトへの道を知りたいのだが、知っておらんか?」


 少し訝しんでいた店主の親父に、誤魔化すように本来聞く予定であったランドバルトへの道を尋ねると、親父は少し首を捻った後に隣に居たもう一人の露天商の老爺に声を掛けた。


「爺さん、あんたたしか若い頃行商してたって言ってたよな? 知らんか?」


 隣に居た無精髭の生えた老爺は、パイプを吹かしながらこちらに目を向けた。


「ここからランドバルトに行くには、ヒボット荒野を南下してからそこから西ですかな。荒野の西に見えるリービング山脈の向こう側だのう」


 老爺はゆっくりとパイプの煙を宙に吹かしながら、のんびりした口調で返す。この話を信じるなら随分と道を間違っている事になる。恐らく二手に別れた街道の南西方面の道が正解だったのだ。

 店主と老爺に礼を言って露店から離れる。炒った豆を手の平に乗せると、頭からするするとポンタが降りて来て豆を美味しそうに頬張り出した。


「どうするかな、アリアン殿?」


 後ろに居たアリアンの目を覗き込むように尋ねると、逡巡した素振りを見せたのは一瞬だけだった。すぐに彼女は顔を上げて返事をする──、その答えは聞くまでもなかった。


「あたしはそのエルフ族だと言う学者に会ってみたい」


 半ば予想していた答えを聞いて頷く。

 人族の社会では奴隷狩りに狙われる事の多いエルフ族が、その社会を形成している権力者の庇護の下に生活していると言うのだ。少々信じられないと思えるような話なのだろう。

 店主の話しぶりからすると囚われてこの街に居る、という訳でもなさそうだ。


 領主の屋敷のすぐ傍だと聞いたので、道すがら本当にエルフ族の学者が住んでいるのか、それとなく聞きながら道を尋ねて回ってみたが、大体の街の人がその存在を知っていた。

 時折街中で食べ歩きしている様子などの話を聞くに、彼の護衛だと思われる兵も幾人か連れているようだった。恐らく不届きな連中から彼を守る為の措置なのだろう。

 ただその学者と言われるエルフ族の彼自身も割と手練れらしく、酔って暴れていた傭兵を軽くいなしていたと言う話まであった。


 街の中央部には幾つもの箱型の塔と壁によって形成された城壁があり、その中にある一際高い四角い建物が街中の路地の隙間から垣間見える。

 領主屋敷であるこの城壁内にその学者が住まう屋敷もあると言う話だった。正面の落とし格子式の門には常に四人程の衛兵が立って見張りをしている。

 真正面から行ってすんなり訪問できるとは思えないが、だからと言ってこっそり忍び込んで会いに行くのも憚られる。今回は今迄の状況とは少し違うのだ。

 とりあえずは駄目で元々と、正面から訪ねてみる事にした。


 四人の見張りは、真っ直ぐに向かって来るこちらを見て随分と警戒の色を滲ませている。手に持った槍を油断なく振るえるようにと衛兵同士がやや距離を開けてこちらを半円で囲むように立ち塞がる。頭に緑のキツネを乗せた黒の外套を纏ったニメートルを超す鎧騎士と、その後ろに顔すら全く覆い隠した灰色の外套の女、怪しむなと言われても無理な話だろう。


「すまぬが、ここに住まうと聞くエルフ族の学者殿とお会いしたいのだが……」


 此方の言葉を聞いた衛兵にやや緊張が走ったのが分かる。


「約束も無くカーシー殿に面会は叶わぬ。早々に立ち去るがいい」


 衛兵達からのにべもない返答だったが、事情を考えれば当然の対応だとも言える。どうするかと後ろにいたアリアンに肩越しに目を向ける。

 彼女の方も押し問答をした所で時間の無駄だと考えたのだろう、自分の外套のフードに手を掛けると、それを下して衛兵達の前に進み出た。


「あたしはカナダ大森林から来た使者である、カーシー殿に御目通りを願う!」


 下されたフードからは雪のように白い髪が靡き、水晶のように滑らかな薄紫色の肌と尖った耳が晒されていた。切れ長の睫毛に縁どられた金に輝く双眸に射竦められ、四人の衛兵は口を僅かに開け閉めするばかりで固まっていた。

 そこへ奥から他の衛兵達より少し身形のいい恰好した一人の年配の男が姿を現して、固まったままの衛兵に活を入れるように声を上げた。


「お前ら! カーシー殿と領主様にとっとと報告にいかんか!」


 その声にようやく頭を再起動させた衛兵達だったが、やがて転がるように二人が伝令として城壁内へ走り込んで行った。


「今伝令を向かわせておりますので、少しこちらでお待ちください」


 衛兵の隊長らしき年配の男の指示に従って、城壁内に入ったすぐ脇にある兵の詰所のような場所へと通されると、そこにあった長椅子を勧められた。

 アリアンと二人、その長椅子に腰掛けて待っている間、ポンタには先程買ったレンズマメのような炒った豆を手に載せて与えると、嬉しそうに齧り付いていた。

 やがて先程伝令に走った衛兵の一人が足早に入って来て、傍らに立つ隊長に敬礼をする。


「カーシー殿がお会いするそうです!」


 隊長がそれに頷いて応えると、衛兵はすぐに部屋を出て行った。

 どうやら噂の学者エルフとの面会が叶ったようだ。しかしよくよく考えてみれば、このままでは領主にも面会する羽目になりそうだと、少しだけ憂鬱な気分になってしまう。


「ではご案内致します」


 隊長のその言葉に気持ちを切り替え、彼の先導する後ろをアリアンと二人で付いていった。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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