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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第三部 人族とエルフ族
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西へ1

 夜もまだ明けぬ薄暗い街道を二人して東を背に歩いていた。空はやや青みの色を明るくしてその夜明けを知らせる為の準備に入っている。

 北に聳えるカルカト山群の山間(やまあい)からは冷えた空気が靄となって流れ落ち、その裾野に広がる山林と平原の視界を霞ませて、道行く旅人の行先を惑わせようとするかのようだ。


 その靄の中、隣を歩く長身の女性は灰色の外套を靡かせて颯爽と歩いている。靡く外套の隙間からは動き易い長袖長裾の地味な衣服が覗き、その上を革のコルセット型防具が覆っている。しかしそんな露出の少ない出で立ちからでも、大きく張り出した胸や括れた腰に丸みのある臀部と、彼女が肉感的な肢体をしている事が見て取れる。


 ただその彼女の顔を見ると、普通の人間でない事が一目瞭然で分かる。

 薄紫色の水晶の様に滑らかな肌に、雪の如く白く長い髪、前を見詰める双眸は金の瞳をしており、長くはないが尖った耳など人とは明らかに異なる特徴を持っていた。

 彼女はこの世界でダークエルフと呼ばれる種族の一人で、今の自分の旅の伴であり、雇われの身の上である自分の現在の依頼主でもある。


 彼女の名はアリアン・グレニス・メープル。エルフ族の多くが暮らすカナダ大森林、その中心都市である森都メープルに所属する戦士の一人だ。

 腰には獅子を象った柄の長剣が下げられていて、その剣を抜いて振るわれる剣技は熟達した傭兵すら簡単にあしらう程である。また古今東西、エルフ族が描かれる際の例に漏れず魔法への造詣が深く、人族が行使しえない精霊魔法も得意としている。


 その彼女の横に並んで歩く自分の姿はと言えば、この異世界へと飛ばされる前にプレイしていたゲームキャラクターの姿そのままであった。

 風に靡く黒の外套の下から覗くのは、細部にまで装飾が施され、白と蒼を基調に彩られた白銀の全身鎧で、まるで神話の騎士が身に着けていそうな豪奢な鎧。

 鎧に備え付けたようなマントは夜の闇を思わせる漆黒で、内側にはまるで夜空を切り抜いたような煌めきがマントの中に見え星空のよう。

 背中には精緻なデザインで装飾された大きな丸い盾と、旅をするのに必要な物を入れておく大きな麻袋を担ぎ、背中の腰元には神々しい程の存在感を放つ大きな剣を提げている。


 そしてそんな中で一番の問題は、その鎧の中身が全身骸骨姿の身体だった事だ。

 眼窩に蒼い人魂のような灯火が揺れているその髑髏顔は、この豪奢な鎧の兜の下に収まっている為になんとか今まで大きく騒がれずに済んでいる。

 隣で歩くアリアンは、そんな自分の姿を見ても剣を向ける事無く受け入れてくれた最初の人物でもある。この本当の姿を人前で晒したのは片手で数えて足りる程の人数なので、これからもあまり人前で無暗に兜を脱ぐ事は出来ない。

 ただ、そんな少ない人数ながらも受け入れてくれる人物に巡り合えたというのは、まさに僥倖であり喜ぶべき事柄なのだろう。

 昔からクジ運は悪かったが、人との巡り合わせだけは良かったのがこの異世界でも幸いしているなと、内心で独りごちる。


 そんな感慨に耽っていると、不意に横にいたアリアンから声を掛けられた。


「アーク、先日のチヨメちゃんの魔法、どう思った?」


 アークとは、この現在の自分の身体であるゲームキャラであった時の名前で、今はゲームをプレイしていた時と同様にロールプレイでキャラを演じていた。否、もう随分とこのキャラでいる事に慣れてしまったのか、自分でも自然となってきていて全く違和感を感じない。


 少し考えるような目をしていたアリアンは、すこし前方から視線を外して此方を覗き込むようにして見ている。

 彼女が言ったチヨメと言うのは、先日ローデン王国の王都で奴隷商に捕まった同胞を助ける為に協力を要請してきた一人の少女の名前だ。こちらの世界では山野の民と呼ばれる種族のその少女は、頭に獣耳と腰に尻尾を生やした、所謂(いわゆる)獣人と呼ばれる種族だった。

 彼女の祖先は六百年程前にこの世界に現れた自分と同じような存在に導かれて新たな一族を結成し、現在は忍者の末裔のような集団を成して刃心(ジンシン)の一族を名乗り、大陸に散った同胞達を助けて回っている。


 山野の民やエルフ族などはこの北大陸では人族からの迫害の対象となっており、奴隷狩りなどの脅威に多く晒されている。それは向こうの世界で黒い肌と白い肌での長い闘争の歴史を見れば明らかなように、この異世界でも他者を迫害する歴史を踏襲している。

 黄色人種である自分的には黒い肌も白い肌もどちらも魅力的で羨ましいなと思っていたが、これは現代の感覚だから言える事なのだろうか。そう言えば自分の肌は割と日焼けしやすい性質(たち)だったが、日焼けと黒い肌はやはり違うなと言う感想をよく抱いていた──。

 はて、何か大事な事を忘れている気がするが、思い出せない。

 横道に逸れていた思考を一旦振り払い、アリアンへと視線を移す。

 兎にも角にも、今もこうしてアリアンと歩いているのも攫われたエルフ族の行方を探す為であり、その目的地へと向けて旅をしているからに他ならない。


 この国の王都では、自分とアリアンもチヨメの協力要請という取引から彼女達、刃心(ジンシン)一族に手を貸して奴隷商襲撃に関わった。

 アリアンはその際に使ったチヨメの忍術の事を言っているのだろう。この魔法の存在する世界では確かに忍術と言うより魔法で通りそうではある。


「ふむ、たしか忍術であったな? 何かあれに思う所でもあったのか、アリアン殿」


「そう、彼女がニンジュツと言っていたあれは精霊魔法だったわ……」


 その彼女の言葉に流石に自分も驚きの声が漏れた。


「ほう? 精霊魔法と言うのはエルフ族のみが扱える物だと思っておったのだが、違うのか?」


 此方の問いにアリアンは静かに頭を振る。


「いいえ、本来なら精霊魔法を扱うのには種族的制約は無いわ。精霊と交信して契約を実行できさえすれば人族でも可能よ。……ただ人族では精霊と交信する事が致命的に難しいと言うだけよ」


 しかしそれでは理論上の話であって、実際にはほぼ不可能と言うのと同義だと思うが。そう思いながらも山野の民の特性を少し思い出して、手を打つ。


「そう言えば、前に山野の民は精霊獣とも心を通わせる種族の一つだと聞いたのだが?」


 精霊獣とは体内に精霊の力を宿した生物の総称で、非常に警戒心の強い動物らしく人族には滅多に懐く事はないらしい。山野の民やエルフ族などは比較的それら精霊獣を手懐ける事の出来る数少ない種族であるらしかった。


「そうよ、ただ山野の民は魔法適性が低い者が多いので精霊と交信出来ても、契約まで至らないのが殆どなのよ。それでも少ないながらも精霊魔法を使う山野の民はいるわ。ただ──」


 そう言ってアリアンは目を伏せて、先日の王都での件を思い出すようにしている。


「あれは精霊獣そのものの様だったわ……」


 開かれた彼女の金の双眸が自分の頭の頂上付近で固定される。そこにはいつもの定位置として精霊獣のポンタが貼り付いている場所だった。

 ポンタは体長六十センチ程のキツネに似た動物だ。尻尾が身体の半分も占めており、その尻尾はまるでタンポポの綿毛のようで、顔はキツネそのままだ。ただ、前脚と後脚には被膜の様な物が付いており、そこだけはムササビみたいな印象を受ける。柔らかそうな毛皮は、薄い草色の翠の毛が背中全体を覆い、腹の毛は白い。

 通称は綿毛狐と呼ばれる種類の精霊獣だが、盗賊連中に捕まっているところを助けて以来、何故か懐いて旅に付いて来ているのだ。

 ポンタも精霊の力を使い、自ら魔法を起こして風を生み、それに乗って自由に空を飛ぶというまさにファンタジーな動物だ。


 アリアンに見つめられ、ポンタは頭の上で小首を傾げている。


「きゅん?」


 この精霊獣であるポンタと先のチヨメが同じ生物の枠に収まるという事だろうか。


「それは一体どういう意味であるかな?」


 思った事を素直に疑問にして彼女にぶつける。

 アリアンは再び目線を前方に戻した後、自分でもその意見を確かめるようにゆっくりと口を開いた。


「あたし達エルフ族が使う精霊魔法と精霊獣が使う精霊魔法は似ているようで違うわ。あたし達は体内にある魔素(マナ)を精霊に渡して、精霊は契約に基づいてそれらを魔法に変換してくれるわ。精霊獣は精霊と契約している訳では無いわ、彼らは精霊と一体化しているのよ。体内にある魔素(マナ)を変換して直接魔法を行使する事が出来るのよ」


「ほう? という事はチヨメ殿は精霊と契約して魔法行使している訳で無く、精霊と一体化している状態で魔法を行使していると言う事か?」


「そうなるわね」


 兜の上で寝そべっていたポンタが大きく欠伸をした。

 そこで新たな疑問が出たのを小さく挙手をして、アリアンに問い掛ける。


「アリアン殿達のようなエルフ族は、そういった事が視えるのか?」


「ええ。エルフ族は人に知覚できない魔素(マナ)を視る事が出来るわ。これによって精霊も見る事が出来て、交信と契約を容易にしているとも言えるわ。あたし達がカナダ大森林に入った時の事は覚えてる?」


 彼女が振り返って問い掛けて来たのは、つい先日彼女達がエルフ族の暮らす里の一つであるララトイアを訪れた際の事だろう。巨木の聳える森の中を思い出して頷く。


「あたし達は魔素(マナ)の比較的薄い場所を選んで進めるから、大森林の中でも強力な魔獣と遭遇する確率を減らせるのよ。ただダークエルフ族よりエルフ族の方がこの視る力が優れていて、ダークエルフはどちらかと言うと身体能力に優れている者が多いのよ」


 どうりでと、納得して相槌を打つ。大森林に入った時、彼女達は真っ直ぐ進まず、蛇行して森の中を進んでいたのは部外者の自分に道中の道を覚え難くする為かと思っていたのだが。


「成程、あれは我に森の中での道を悟らせぬ為ではなかったのか……」


 自分の独り言に、アリアンが少し呆れたような表情をして肩を竦めて見せた。


「アークは転移魔法を持ってるんだから、道中なんて関係ないでしょ?」


 そう言えばそうだった。自分の扱える魔法の中に短距離と長距離を瞬時に移動出来る転移魔法がある。あれは目的地さえ認識していれば瞬時に移動できるので、途中の道など覚える必要がない便利な魔法だ。方向感覚に若干の難がある自分にとっては、手放せない魔法の一つでもある。

 ただ、長距離転移魔法の【転移門(ゲート)】は一度行った場所で、尚且つ頭の中でしっかりと目的地が思い浮かべられる場所でないと移動できないし、短距離転移魔法の【次元歩法(ディメンションムーヴ)】は視認できる場所までしか飛べないので、今のように視界が限られた状態では大した移動が出来ないのが難点でもある。


「ふむ、ではエルフ族はその能力のおかげで強力な魔獣が跋扈する森の中でも、比較的安全に移動する事ができるのだな……」


「個人差はあるわ。初代族長のエヴァンジェリン様は魔素(マナ)を視る力はほとんど無かったと言う話だったしね」


 彼女の言うエルフ族の初代族長とは森都メープルを作った立役者で、話を聞く限りでは自分と同じ境遇でこちらの世界に渡って来たと思われる人物だ。容姿はエルフ族だったのかも知れないが、種族固有の能力までは持ち合わせていなかったという事だろうか?

 しかし、「殆ど」と言う事は「全く」とは違う、多少は魔素(マナ)視る能力もあったのだろうか……。すでに故人となっている今では確かめる術はない。


 そんな物思いに耽りながら歩いていると、徐々に背中の方角から空が白み始めていた。山間から降りて来ていた靄も周囲が明るくなるにつれて徐々に薄くなり、吹く風に乗って平原をまるで滑るように押し流されていく。

 風に撫でられた草木が朝の訪れを歓迎するかのように、静かにさざめいている。視界が少しばかり開けてくると街道沿いにある畑や、遠くに村などの集落が見えてきた。


 さすがに王都から歩きではさほど距離が離れていなかったのか、振り返ればうっすらと蜃気楼のように霞みがかった王都が未だに見える。


「少し視界が開けてきた。他の目がないうちに少し距離を稼ぐとしよう」



 それだけ言うと、アリアンも既に慣れたもので軽く頷くと、彼女の手が自分の肩に掴まるようにして置かれた。


「【次元歩法(ディメンションムーヴ)】」


 それを合図に短距離転移の魔法を発動させると、一気に景色が飛んで視認していた街道の先へと移動した。

 そうやって自分とアリアンは次の目的地であるランドバルトに向けて、朝靄の流れる平原の中を転移を繰り返しながら街道を進んで行った。


誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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