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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第三部 人族とエルフ族
49/200

序章

今月の25日には書籍版のⅠ巻も発売になるので、そちらの方も宜しくお願い致します。

(ローデン王国地図付きです^^)

 北大陸北西部を統べるレブラン大帝国。


 その中心地である帝都ヴィッテルヴァーレ。かつて北大陸の覇者であったレブラン帝国の時代から帝国の中心地として栄えるその巨大都市は、東西に分かれた今もなおその威容を誇っている。

 巨大な街壁が都市を取り囲み、その内側には洗練された石造りの優美な巨大建造物が建ち並ぶ。大きな通りや公園が整備され、行き交う人や和やかに歓談する人など身綺麗な恰好をした多くの人々を見れば、その繁栄ぶりが窺える。

 そんな帝都の中心には皇帝の居城でもある壮麗なディヨンボルグ大宮殿が置かれており、その敷地の大きさは小さな都市が丸々収まるほどだった。


 その大宮殿の一角、このレブラン大帝国を動かす人物達が一堂に会する場があった。豪奢な内装に彩られたその議会所の頂点の座、文字通り並ぶ者のいない高い席に着くのはこの帝国皇帝、ガウルバ・レブラン・セルジオフェブスその人だ。


 白くなった髪と顎鬚は長く、緩くうねった毛先まで丁寧に梳られている。眉間に溜めた皺は濃いが、その下に収まる眼光は猛禽のように鋭く他を威圧するように周囲を睥睨している。その頭には皇帝の象徴として金に宝石を散りばめたサークレット状の帝冠を被り、豪奢な衣装とマントで着飾った姿で頬杖を突いている。手元には権力の証たる煌びやかな意匠の施された帝笏(ていしゃく)が置かれていた。


 その不機嫌そうな皇帝のすぐ脇には端正な顔立ちをした如才なさげな若い男が控え、手前には五人の執政官が取り巻くように己の議席に座っている。そしてそれに相対すように向かい側には階段状になった議席が設けられていたが、五十名にのぼる元老院議員達が座る事など忘れて、口々に己の主張を声高に捲し立てていた。


「ウェトリアス領に数多くの魔獣が出没して周囲には多大な被害、街は孤立状態! すぐに皇軍を差し向ける事が望ましいでしょう! あそこはシアーリ川を挟んで東と睨み合っている地。このままでは東側が川を越えて来るやも」


「何を言う! ウェトリアスにはその北皇軍の一軍の内の一旅団規模が常に詰めている場所ですぞ! たかが魔獣如き、その数を以てすれば殲滅するのは容易でしょう!」


「その通り! そもそも周辺の領軍に合わせて誉れ高き北皇軍が二千以上も居て救援を乞うなど、東に知られればいい物笑いの種になりましょう! そもそも皇軍を大きく動かせば我らもそれ相応の負担金が課せられるのですぞ! その負担は北部領が受け持ってくれるのでしょうな?」


「はっ、南部領はいいですな! ウラト山脈にシアナ山脈、それら麓の森で断絶されているかの地の南皇軍など、暇を持て余して魔獣征伐が主な任務と聞きましたぞ? その腕、今こそ皆に知らしめるいい機会では御座いませんか!」


 それぞれの地域から推挙されて元老院の議席に収まる彼らは、それぞれの派閥で己の利益になる事に執心しがちで、目の前で繰り広げられているのは到底議論とは呼べない罵り合いだった。

 レブラン大帝国は大きく四つの地域に分割されており、領主貴族達は各地域の所領に属して治めている。その為か各地域に属する貴族間で度々こういった小競り合いを起こしていた。


 そんな醜悪な言い争いに目を伏せた皇帝は、傍らに(はべ)っていた男に目を向けた。その端正な顔立ちに笑みを湛えた男の名はサルウィス・ドゥ・オスト。皇帝を公私共に補佐する役目にある宮宰の地位に就く者で、その貼り付けた笑みで感情をなかなか表に見せない男だった。


 そんな宮宰に皇帝であるガウルバは、周囲の執政官には聞こえないように少し身を傾けて口を開いた。


「貴様は今回の魔獣の件、どう考える?」


 手前の議席では元老院議員達が揉めていて誰もこちらに意識が向いていない。そんな彼らに顔を向けたまま、サルウィスはちらりと目を皇帝に向けただけでゆっくり口を開いた。


「恐れながら申し上げますと、密偵からの報告により以前から懸念されていました魔獣使役の法、それを東が確立したものと……。ウェトリアスからの南進でブルゴー湾を目指す腹でしょうか」


 サルウィスの答えに皇帝ガウルバは苦りきった表情になった。


「報告では複数のオーガやジャイアントバジリスクまでウェトリアス周辺に出没していると聞く。これらが本当に意のままに操れるとあれば正に脅威と言わざるをえんな」


「しかし前面に兵を押し立てていないという事は、東の侵略行為と捉えずこちらが単に魔獣の被害でしかないと高を括る事を狙っているのでしょうか?」


 宮宰の疑問に皇帝は前を睨み据えたまま、玉座に深く座り直した。


「フン、東の小僧がそのように甘ければとっくの昔に飲み込んでおるわ。まだ兵と並べて使う程には到っていないのだろう。使えて奇襲か奇策程度か……」


「では今回のウェトリアスの襲撃に関しては北皇軍の采配に御任せ致しますか?」


「いや、ウェトリアスを(いたずら)に騒がせれば、対岸にあるジェロイナからの侵攻を誘いかねん。北部と南部に楔を打たれるのは避けたほうが良かろう」


 東の行動に対する懸念を示しながら皇帝は玉座の肘掛けに頬杖を突く。


「東がこの時期に仕掛けてきたのは、やはりローデンの件が影響しているのでしょうね」


 傍らに控えていた宮宰サルウィスの言に、皇帝の眉が動く。


「間違いなくな。ローデンの小倅(こせがれ)には早々に王国の手綱を握って貰わねばならんな」


 そう言うとガウルバ皇帝は席を立って、手元にあった帝笏を握るとその柄で勢いよく議場の床を打ち鳴らした。今の今迄互いに罵り合っていた議員達は水を打ったように口を噤み、その場で皇帝に目を向けていた。


「静まれ──」


 ガウルバ皇帝はそれら一同を睥睨した後、他を圧倒し議場の隅まで届くような朗々とした声で議員達の騒動の決着を告げた。


「ウェトリアスをこのままにすれば東の叛徒共を対岸から誘う事になる。早急に事態の解決を図る為に北皇軍は勿論、南部域北端のターボルにいる南皇軍もウェトリアスに向かわせる」


 皇帝の宣言に議員達からの呻き声のようなものが議場を満たした。その中で一人の老齢の議員が挙手して前に進み出て来た。皇帝はそれを見て顎で促すようにする。


「恐れながら、ターボルはウラト山脈とベイヨン山地に挟まれ魔獣被害の多い地。南部と北部を繋ぐ街道も通るこの地の守りである南皇軍がウェトリアスに向かうとなれば、物の流れが滞るやもしれませんが?」


 その議員の意見に周りの幾人かの議員達も同調するように首肯して皇帝に己の意を伝える。


「ハルトバルクにいる南皇軍のキーリング将軍を動かして、ターボルに向かわせる。それまでの間はターボルの領軍に期待しよう」


「それではハルトバルクが手薄になる可能性がありますが……」


「ウラト山脈とシアナ山脈の壁に加えて麓の森が東西を分断している地に、それ程の厚い守りも必要ありませんでしょう」


 老齢の議員は力無さ気に零す懸案に、他の議員がそれを嘲笑するように反論する。他の議員達からも忍び笑いが漏れた。


「意見は出たな? では反対の者は起立で己が意を示せ」


 皇帝の一言で周囲の元老院議員達は一斉に顔を見合わせると、ばらばらと己の議席に足を運んで着席していく。その中で最後まで立ったままの議員は僅かな数だけとなっていた。


 宮宰のサルウィスはそれを見渡すと、この議題の終結を告げて次の議題を宣言した。



誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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