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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第二部 刃心の一族
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ホーバン騒動2

 明け方、まだ日も昇らぬ暗い夜の空を仰ぎ見る。


 ホーバンの街は静まり返り、緊張の糸を引き伸ばしたかのように空気が張り詰め、街全体を覆っているようだった。

 そんななか聞こえる音と言えば、石橋へと向かう自分とアリアン、それにシルの足音だけだ。


 石橋の橋桁の下、下水溝の入口前に着くと、そこには二人の男が見張りとして立っており周囲に睨みを利かせていた。

 シルはその二人に会釈しながら外された鉄柵の間を抜け、下水溝の中へと入って行く。

 その後を自分とポンタを抱えたアリアンが続いて入り、前を行くシルを追い掛ける。


 アリアンなら一度通った道なら迷わず進めるのだろうが、若干方向感覚に難のある自分は、素直に案内役の後ろを付いて行かないと地下迷宮で迷子になりうる。

 【転移門(ゲート)】で脱出(リレミト)出来るのであまり深刻にならずにいるが。


 やがて前回通った抜け道の壁は既に開かれており、その周辺には多くの戦士風の装いをした厳つい男達が大小様々なグループに分かれて(たむろ)していた。

 抜け道の幅は人一人分程なので、彼らは決行時の城内突入の待機中なのだろう。


 暗くじめじめした抜け道を通り長い階段を昇ると、小さな部屋には心許ないランプの明かりが灯され、その明かりの下、むさ苦しい程に男達が立ち並ぶ姿が照らし出されていた。

 皆それぞれ革鎧や軽鎧を身に纏い、武器を携え緊張した面持ちをしている。

 一番奥にある城内に通じる階段には、昨日会ったラブアットが鎧を着込んだ姿で座って待っていた。


「よぉ、来たか。元部下の衛兵達も今回の蜂起には参加する。右腕に白い布帯を巻いている奴は味方だから気を付けてくれよ」


「ほぉ、元衛兵だったのか……」


「これでも大隊長やってたんだぜ? 領主に反抗して今じゃこの有様だがな」


 ラブアットは愉快そうに口髭を歪めて笑う。


「城内突入後の手筈は?」


 アリアンが薄暗い部屋の中に溶け込むような灰色の外套の奥から、金の双眸を覗かせて問い掛ける。


「突入後はまず二手に別れる。この抜け道の先は城門と城内門の間にある内庭に建てられた資材庫だ。まず城門組は跳ね橋の確保と城外の味方を引き込む、城外の衛兵は他の連中が詰所を襲う手筈だから気にするな。城内門へはこいつを持っている奴を中心にして、門を破壊するのが最優先だ」


 そう言って彼が懐から取り出したのは拳大程の丸い球体だった。

 その黒い球体は素焼きのような半円の器を合わせた形で、それを紐で上下を縛るように巻かれている。ちょうど焙烙玉のような形をしていた。


魔晶爆玉(バーストボール)ね」


 それを見たアリアンは少し驚きで目を見開いた。


「姉ちゃんは物知りだな。そう、こいつを門の蝶番(ちょうつがい)に上手く投げつけて使えば城内門も簡単に吹き飛ぶさ」


魔晶爆玉(バーストボール)は魔晶石を起爆剤に使った爆破魔道具、かなり高価だと聞いたけど……?」


「王都の協力者からの土産物さ。これ一つで金貨数十枚が吹き飛ぶ代物だ」


 どうやら魔晶爆玉(バーストボール)は魔法を使った手榴弾のような物らしい。そんな金の掛かる代物を寄越すとは、王都の協力者と言うのは相当資金に余裕のある者か、高位貴族なのかも知れない。


「それじゃそろそろ始めるとするか……」


 ラブアットの静かなその一言が、部屋の中に待機していた男達の間に静寂と緊張を生み、自然と彼らの視線が此方に向く。


 その視線に促され、部屋の奥にある階段を昇り、天井部分の蓋に手を掛けた。


 部屋の中の空気が一気に緊張度を高め、固唾を呑んで手元に視線が集中する。

 少し力を籠めて天井蓋を押し上げると、重く擦れる音がして蓋が持ち上がり城内への入口が天井に開いた。

 部屋の中に充満していた緊張が驚きと(どよめ)きに変わるなか、ラブアットは可笑しそうに笑いながら部下の男達に指示を飛ばし始めた。


「感心してねぇでさっさと役割をこなせ。二人は天井を支える仕掛けに歯止めをして固定しろ。四人は資材庫周りに見張りがいたら黙らせろ。あとシルは穴蔵で待機している連中を呼び込んで来い」


「わかった!」


 案内役を務めていたシルは威勢よく返事をすると、部屋を出て外で待機している男達の元に駆けて行った。

 ラブアットの指示を受け、部屋にいた他の男達は静かに階段を上がり城内へと次々と侵入していく。


 ここの抜け道の部屋の天井を押さえせていた物は釣り天井のような仕組みらしく、近くに天井を上げる為の滑車装置があり、二人の男はクランクで鎖を巻き上げると、持っていた頑丈そうな棒をクランクに噛ませて紐で縛り固定した。

 手をゆっくり放すと天井は宙に釣られた格好で固定され、抜け道の奥からぞくぞくと男達が上がって来る。


 今いるこの部屋はどうやら資材庫の中の隠し部屋らしく、正面の壁のような扉が開くと資材庫に出れるようになっていた。

 隠し扉の先、資材庫の奥では正面扉から隙間を開けて外の様子を覗っている四人の男達が見え、その後ろには続々と襲撃班が手持ちの装備などを確認して準備を始めていた。

 

 正面扉に取り付いていた四人組が何やら手信号を送って来ると、ラブアットはそれに頷き集まっていた襲撃班に静かに合図を出した。


 資材庫の正面扉からするすると男達が出て二手に別れていく。

 城門と跳ね橋の確保に向った集団は城壁沿いに中腰で移動しながら進むなか、弓を持った者達が城壁の上で歩哨している衛兵に向って矢を放つ。

 矢は衛兵の喉や頭部を捉え、城壁の上で崩れ落ちる。

 さらに第二矢が番えられて放たれ、衛兵の数を減らしていくが、その内の一人が矢を受けて城壁から転げ落ちて大きな音が辺りに響いた。


 その音に城壁の外殻塔にいた一人が気付き、欠伸混じりに覗きに来た見張りに城壁沿いに進む集団が見つかってしまう。

 程なくして城内一帯に甲高い金属音を叩きつけるような安っぽい鐘の音が響き渡った。


 カーンカーンカーンカーン。


 その警鐘に(にわ)かに城内が騒然としだすのが判る。

 明け方の薄明かりの空の下、気勢を上げて剣が打ち合わされる音が鳴り、その音が徐々に大きくなる。


 城内門に向っていた集団も見回りの衛兵達と交戦状態に入り次々と怒号が木霊する。

 衛兵に押されている男の後ろから、別の衛兵が駆けつけて参戦するのかと思いきや、右肩に白い布帯をしたその衛兵は同僚の衛兵を背中から刺し貫く場面なども見られる。


 自分とアリアンは騒然とする内庭をゆっくり歩きながら、目的のエルフ族が囚われていそうな建物を遠目に探す。

 黒い外套で悠然と歩いていると目立つのか、時折衛兵が気勢を上げて突っ込んで来るが、それを軽く頭をノックしてやるとその場で白目を剥いて倒れていく。


『─爆ぜよ。敵を討ち果たせ─』


 城内門に向っていた集団の中から数人の男達が同じ呪文を叫びながら抜け出し、門に向って手に持っていた黒い球体を投げつける。


 城内には爆音が轟き爆炎と爆風が門の付近で炸裂すると、周辺にいた衛兵達がその熱風と一緒に吹き飛んでいく。

 しかし門の下の蝶番は吹き飛んだが上の蝶番は被害を免れたのか、煙が晴れて姿を現した門は爆発によってあちこち抉れてガタついてはいたが未だ健在だった。


「クソッ! 威力は申し分ないが、タイミングが難しいぞ!」


 城内の門を忌々しげに見上げ、ラブアットが悪態を吐く。

 たしかに手榴弾のような爆発物で上部の標的を爆破するにはかなり技術がいるだろう。


「押せぇぇ!! 門はガタがきてる! 押し込めぇ!!」


 ラブアットが大声で吠えると、周囲で衛兵を片付けた男達が次々と門に取り付き門を破壊しようと集まってくる。


「門を死守しろぉ!! 守備隊は城壁から矢を射掛けろぉ!!」


 門の傍にいた衛兵隊の隊長らしき男が門の内側に向って号令を発し、それに呼応して門の内側から押し返すような掛け声が響く。

 さらに門に取り付いた反乱者を排除しようと城壁の上に次々と弓兵が現れ矢を射掛けようと構える、しかし反乱者達の後方に待機していた者達が下から矢を放ち、それを落としていく。


 城内の門を挟んでの膠着状態が作り出された。


 こんな所でいつまでも押し競饅頭(おしくらまんじゅう)をして時間を無駄にしたくはない。


「どけぇぇぇぇぇぇい!!!」


 大音声を上げながら門に群がっている者達の中心へ走り込んで行くと、周囲の人垣が左右に割れて門までの道が出来る。

 その道を全速力で駆け抜け、正面の門に向かって殺刃戦士も真っ青のショルダーアタックを叩き込むと、門を支えていた上部の蝶番も内部で支えていた衛兵達もまるで枯葉のように門と共に吹き飛び、正面には大きな入口が姿を現した。


 辺りは一瞬音が止み、静寂が訪れ遠くの城門を巡る戦いの音だけが風に乗ってこの場に聞こえて来る。


「門が開いたぞぉぉ!! 突っ込めぇぇぇぇ!!」


 一瞬の静寂の後、ラブアットがあらん限りの声を振り絞り門へと走る。

 それに思考が再起動された者達が気勢を上げて彼に続き、門が吹き飛んだ姿を茫然と見守っていた衛兵達に斬りかかった。


 一気にその場が混乱の坩堝になるなか、後方で鈍い衝突音が聞こえ歓声が沸く。

 恐らく正面の門の跳ね橋が下りたのだろう。


 やがて城門側から地響きと鬨の声を響かせながら近づいて来る勢力を感じ取り、城館に突入した者達の士気が見る間に上がっていく。

 対して衛兵達は我先にと壊走をはじめ、散り散りになっていく。

 ほぼ戦いの趨勢は決まったと見ていいだろう、RPGの最終ボスのように何か隠し玉でもあれば別だが、それも期待はできないだろう。


 時々敵の魔法士と思しき者が手品のような魔法を放ってきたりするが、籠手で無造作に弾き飛ばして顔面をノックすると何も言わなくなってしまう。


 後は城館を探索して目的のモノを探し出すだけだ。


「アリアン殿、今の内に館内を(あらた)めよう」


「ええ」


 すぐ後ろからついて来ていたアリアンに話し掛け、二人で足早に領主の城館に向う。

 正面の両扉はすでに破られ、中では反乱者達による略奪が始まっていた。


「この者達は圧政に抗して蜂起したんじゃなかったの?」


 アリアンはそんな様子を眉根を寄せて見ていた。

 まぁ全員が高潔な精神の元、蜂起したわけではないし、人類の歴史の中では割とよく見掛ける光景でもあると言える。

 かく言う自分もディエントでは同じような事をしたのだ、彼らに対して自分から何も言う事は出来ない。


 使用人の女性を剣を持って追いかけていた男を、擦れ違い様に殴り飛ばし廊下を進んで行く。


 まずは定番の地下牢を探る。

 下り階段はすぐに見つかり、その階段を下りて行くと薄暗い地下牢があった。

 既に見張りは逃げ出したのか誰もおらず、鉄格子の檻が並んではいるが、中に入っていたのは年老いた男や伸びた髭で年齢不詳になった男などばかりで、肝心のエルフ族の姿を見つける事はできなかった。


 とりあえず城館の中の部屋を虱潰しに探していると、三階の一角、奥まったその部屋で目的の探し物を見つけた。


 割と洒落た内装の部屋の中央、そこには部屋の内装には似つかわしくない武骨な鉄格子が設けられており、その中には一人のエルフ族の女性が静かに椅子に腰掛け睨んでいた。

 翠がかった金髪は丁寧に結い上げられ、エルフ族特有の長い耳、首元には黒い金属首輪に薄い絹織りのドレスを身に纏った女性、その翡翠色の瞳が見据えているのは自分達ではなかった。


「兄貴、これモノホンのエルフだぜ!? 初めて見たよ、オレ!」


「バカヤロォ、さっさと檻の鍵を探せ! 誰かに持っていかれるだろ!!」


 部屋の中にいた先客二人の男達はそのエルフ族を戦利品として持ち帰ろうとしているのか、彼女を捕らえている檻の鍵を探していた。


「其処な御仁は我らの探し人、悪いが御退室願おうか」


 そんな二人組に向って後ろから声を掛ける。


「な!? アンタ、あ、後から来て戦利品掻っ攫うなんて、卑怯だぞ!!」


 片方の男に兄貴と呼ばれていた体格のいい男は引き攣った表情で大声で抗議をし、彼女が自分達の戦利品である事を主張する。

 ただ男の表情を見るに、自分が門を吹き飛ばした場面を見ていたのだろう、明らかに態度に怯えが見える。


 男に向って無造作に足を進めると、男は反射的に剣を抜き身構える。

 どうやら肉体言語的話し合いを求めているらしい、男に向って一足で間合いを詰めると裏拳気味に蟀谷(こめかみ)にノックを入れる。

 男の意識はあっさり飛び、部屋の隅へ転がっていく。


「テメェ! 仲間じゃなかったのかよ! 何しやがる!!」


 弟分らしき男は先程の男と違い怯えた様子はない、敵愾心を剥き出しに武器を持って襲い掛かってきたが、顔面に拳を叩き込むと欠けた歯を撒き散らしながら部屋の壁に激突してそのまま静かになった。


「協力はしたが、仲間になった憶えはない」


 手加減はしたので死んではいないだろう。

 男二人と戯れている間にアリアンは檻の女性に近づき、目深に被っていた自分の外套のフードを下し正体を晒していた。


「助けに来たわ」


 ダークエルフであるアリアンを見た女性は驚きの表情で椅子から立ち上がった。


「まさか助けが来るとは思ってなかったわ……。外が騒がしいけど何かあったの?」


「領主への反乱よ。今の内にここから脱出するわ。鍵の場所はわかる?」


「鍵は私を買った領主の男がいつも持っていたわ」


 アリアンの質問に淀みなく答えたその女性は悔しそうな顔をする。


「アリアン殿」


 鍵を探しに今回の反乱対象を探しに行く時間が勿体ない、それに常にその男が鍵を所持しているとも限らない。

 此方の意思に気付いてか、アリアンが檻前から退き場所を開ける。


「今少し、離れていてもらおう」


 それだけを言って、檻の鉄柵に手を掛けて力を籠める。

 金属が軋む音がして鉄柵が徐々に歪み始める。


「ふんぬ!」


 気合を込めて鉄柵の幅を拡げようとしたが、派手な破砕音が響くと鉄柵は物の見事に途中で折れ、両手に二本の鉄柵の成れの果てが収まっていた。

 どうやら鉄柵が変形の圧力に耐えられなかったようだ。製鉄の技術が低いのか、安物の檻だったのかは判らないが結果オーライだろう。


 檻の中にいたエルフ族の女性は目を剥いて驚いていたが、さらにもう二本を余分に鉄柵を破壊して見せると何も言わなくなってしまった。


 檻は無残な姿になり、囚われていた女性はすんなりと外に出る事が出来た。

 彼女の首に嵌められた喰魔の首輪(マナバイトカラー)を外していると、部屋の外から誰かの大声が響いた。


「フーリシュ・ドゥ・ホーバン伯爵、討ち取ったぞぉ!!!」


 どうやら向こうでも決着が付いたようだ。

 もうここに長居する理由はない、アリアンと互いに頷き合うとララトイアまでの【転移門(ゲート)】を開き、ホーバンを後にした。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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