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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第二部 刃心の一族
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厄介なモノ2

明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願い致します。

 翌朝早くにセルストの宿を出て、南門から見える正面の森へと向かう。


 本来なら森沿いに通る街道を行くところを、森に入り南西に見えるテルナッソス山脈方面に向けて進む。森の中で正確に方向を探ろうと思えば方位磁石などが必須だが、そこはさすがに森の民と言うべきか、アリアンの言に従えば迷う事はない。


 森の中には薄っすら霧が掛かってはいるが、カナダ大森林での魔法を阻害する霧程でもないのか、普通に【次元歩法(ディメンションムーヴ)】が使えた。

 ただ手前側の森は雑木林的な雰囲気が、奥に行くほど植生が濃くなるために転移魔法の真価はあまり発揮できそうにない。

 昨日も感じた事だが、カナダ大森林からリブルート川を越えた側の森は随分その様相を異にしている。カナダ大森林は巨木を中心にした太古の森といった感じだが、川を越えたこちら側はわりと何処にでもある森の風景が広がっている。


 時折見通しのいい場所に出ると、【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を使って距離を稼ぎ、森の中を探索する。

 昼頃になり適当に開けた場所を見つけ腰を下ろして、昨日セルトワで買った保存食を引っ張り出す。

 内容は干し芋と肉の塩漬け燻製、あとは胡桃と干しリンゴ、全部で銀貨三枚以上の値段だったが、干しリンゴだけで銀貨一枚以上の値段がした。ただ荷物袋の中には金貨千枚以上の入った革袋が入っていて、金に不自由はしていない。むしろ宿代と食費ぐらいしか使わないので、使い道に困っている程だ。


 なので、先程からポンタが大きな尻尾をふりふりしながら、干しリンゴを物欲しそうに眺めてウロウロする、その表情と仕草を見るためだけに高い果物を買うくらいは何でもない。

 干しリンゴをポンタの目の前でチラつかせて遊んでいると、横からアリアンに「可哀想でしょ」という至極真っ当なお叱りを受けてしまった。

 干しリンゴに夢中になっているポンタを一撫でしてから、自分の食事を摂る。

 干し芋を香ばしくしようと【火炎(ファイヤ)】で炙ろうとしたが、火力が強すぎたのか、真っ黒な灰の塊になってしまった。アリアンはその横で精霊魔法の炎を使ってか、器用に芋を炙って食べている。

 魔法の威力調節も折々を見て練習しないとなと、独りごちて干し芋をそのまま齧る。


 昼食を適当に切り上げると、また森の中をアリアンの先導に従って歩き出す。

 ポンタはいつもの定位置ではなく、今はアリアンの豊満な胸元に抱かれた状態で居眠りをしている。色んな意味で羨ましい身分だ。


 どれ程森の中を進んだだろうか、やがて先程まで聞こえていた鳥の囀りや動物の鳴き声が鳴りを潜め、辺りには風が揺らす木々の葉擦れだけがやけに大きく聞こえてくる。

 前を行くアリアンも何かに感づいたのか手に持った荷物をその場に置き、ポンタを首に巻いている。落ちないようにとの措置だろうが、目を覚ましたポンタが困惑している。


 しかし此方もそれに対して悠長に指摘を入れている暇もなさそうだった。

 肩に提げていた荷物袋を足元にやり、腰から聖雷の剣(カラドボルグ)を引き抜き、背中に担いでいたテウタテスの天盾を構える。風が鳴らす葉擦れに紛れて、こちらへと急速に迫る何者かの下草を掻き分ける音が混じる。


 四方からかなりの速度で近づいて来る。


 アリアンと何を言うでもなく背中合わせで立ち、お互いの死角を埋めるように構える。

 と、その瞬間に目の前の下草が一際大きく揺れたと思うと、目の前に白い毛皮に覆われた大きな狼の集団が躍り掛かって来た。


 体長は二メートル近くあるその狼の集団は獲物に喰らいつこうと、その大きな口を開けて牙を剥き出しにする。

 飛び掛かってきた内の二匹に向って剣を横薙ぎすると、まるで抵抗なく剣閃が走る。しかし次の瞬間、斬りつけた狼の身体はまるで霞の如く霧散し、その奥から新たな白狼が飛び掛かって来た。


「なんとっ!?」


 不意を突かれて変な声を上げ、距離が詰まって剣の振れない位置にまで迫った白狼に頭突きを喰らわせる。体勢が崩れていたためあまり力を籠める事が出来なかったが、悲鳴を上げて白狼が飛び退り、その距離を稼ぐことは出来た。


「ガルルゥゥ!!」


 体勢を立て直そうとしたが、今度は盾の方向から強い衝撃を喰らいそちらに視線を向けると、回り込んだ白狼二匹が盾に体当たりしていた。

 盾を突き出し白狼に殴りつけようとするが、先程と同じくその姿は霧散して消え、空振りに終わる。そしてそちらに気を取られた瞬間に剣を持つ手の甲に白狼が噛み付き、腕を食い千切ろうと身体を滅茶苦茶に捩る。

 ベレヌスの聖鎧で守られた腕は何ら痛痒を感じないが、さすがにこう纏わりつかれては鬱陶しい。


 噛み付いていた白狼ごと腕を振り上げると、白狼の自重と遠心力で空中に放り出され、そこに向って剣を斬り上げる。

 しかし思いのほか放り出す力が強かったのか、白狼の前脚を軽く斬りつけて血飛沫を上げさせた程度に留まった。

 周囲の幻と実体の白狼集団が一旦距離を取り、再びこちらに攻撃を仕掛けようと身構えたところを、牽制に剣先から【火炎(ファイヤ)】を盛大に放つ。

 まるで火炎放射のような炎が辺り一帯の気温を押し上げて、前方の空間を焼く。


 先程から【次元歩法(ディメンションムーヴ)】で相手の懐に飛び込もうとしているが、幻と実体の白狼が常に素早く動き回るので目標先に指定した空間になかなか空きが出来ない。意外な弱点が判明した感じだ。


 後ろに視線をやると、アリアンの方は複数の幻と実体の集団にも拘らず、危なげなく対処出来ているようだ。精霊魔法で足場を上げて、炎で面を牽制、各個に確実に傷を負わせている。

 その内の一匹は片目を潰され、脚の健を斬られてほぼ動くことが出来なくなっている。他の白狼もそれぞれ傷を負い、白い毛皮に赤い模様を描いている。


 さすがに長い間戦士としての鍛錬をしていた彼女はこういった場での戦い方は巧い。自分のように高い身体能力に物を言わせた単純な力押しでは、複数戦闘の場合にはどうしても荒が目立ち、そこに付け込まれるのだろう。

 単純に範囲攻撃をすれば問題は解決するのだろうが、範囲系のスキルや魔法はこちらに来てから殆ど試していない。そんな状態で無暗に使えば後ろにいる彼女達にも被害が及ばないとも限らない。


 何か上手い手はないだろうか──。


 そんな形勢を覆す妙案を思案して、視線を白狼の集団、さらに奥の方へと向ける。

 するとそこにはこちらの戦闘に参加せず、後ろから眺めている一回り大きい個体がいる事に気付いた。距離を圧迫するように攻め駆けて来たため、奥に注意が向かず見逃していたようだ。

 群れのボスらしきその白狼は静かにこちらの戦闘を観察しながらも、喉からは唸り声を上げていた。

 そのボスの周囲には配下の白狼はおらず、ちょうど見える位置にいた。

 勝負は一瞬だ。


「覚悟!」


 【火炎(ファイヤ)】の牽制で引いた集団の後ろにいたボスの右横、空けた空間を見据えながら【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を発動させる。

 転移して一瞬の内に姿が消えた事に、周りの白狼集団とボスが一瞬固まるのが見える。


 その時点で既にボスの右横の空間に転移し、構えていた剣を振り下ろしに掛かる。

 しかし野生の勘だろうか、すぐにボス白狼は反応して剣を躱すように奥へと飛び退る、がさらにそれを逃さず、そのボスが躱した方向の奥に向って【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を発動させる。

 既に最初の一撃を躱すために飛び退ったせいで、足が地から離れて慣性の法則に従い此方へと向かって来る。そのボスの身体に目掛けて剣を突き込む。

 ボスも転移した此方を視認して空中で身を捩ろうとしたが、さすがに無理だったのか剣は易々とボスの喉元に突き刺さり、喉から空気の漏れる音と共に地に伏した。

 地面に盛大な血飛沫を撒き散らし、周辺の土を赤く染めあげるのを一瞥して、すぐにアリアンの背後に転移で戻る。


 そして再び剣を構えてその白狼の集団に相対しようとするも、全ての群れの行動が一瞬止まった。

 それと同時に全ての白狼が脱兎の如く踵を返して、その場から走り出す。

 その余りにも唐突な戦線離脱に呆気にとられていると、後ろからアリアンの声が上がり我に返った。


「アーク! せめてもう一匹お願い!!」


「承知!」


 彼女の願いに手短に答えると、盾をその場に放り出し、左手で【岩石弾(ロックバレット)】を白狼の逃げる先の地面に手当り次第に射出する。

 着弾した岩石が森の土を抉り、盛大に土煙を上げる中、一匹の白狼の手前に着弾して足が止まった個体を見つける。


「【次元歩法(ディメンションムーヴ)】!」


 魔法を発動させて、一瞬足の止まった白狼の後方に転移すると、持っていた剣で後足を斬り飛ばした。


 白狼は盛大に悲鳴のような鳴き声を上げて地面に転がり、そこへ追い打ちとばかりに喉元に剣を突き込む。太い脊椎を断ち切ったのか、ガリッという鈍い音と感触が剣先から伝わり、激しく上下していた白狼の肺が急速に静かに沈んでいく。

 どうやら無事にアリアンの希望にあった三匹目を落せたようだ。


 それにしても今回は色々反省する点が多い戦いだった。

 もう少し自分の戦闘技術を上げるための練習をした方がいいかも知れない。豊富にある戦技スキルも焦った心ではなかなか使いこなせないうえに、攻撃が直線的になりがちだ。

 青い猫型ロボットが、非常時に役に立たない秘密道具を辺りに撒き散らす行為を自分も笑えないなと独りごちる。


 そんな事を思いながら内心で溜息を吐いていると、アリアンが剣を納めてこちらに駆け寄って来た。

 彼女の足元にも一匹の白狼が力なく横たわっている。


「ありがとう、アーク! 三匹もホーンテッドウルフを確保できるなんて思わなかったわ! これで姉さんにいい贈り物が送れそうよ」


 そう言って、今迄にない眩しい笑顔でお礼を言ってくるアリアンのその表情に、少しの間目を奪われる。

 そんな自分の反応を訝しんだのか、彼女は少し首を傾げた。


 それを誤魔化すために少し咳払いをしてから、彼女に話題逸らしのための質問をする。


「これが例のホーンテッドウルフとやらなのか? 尻尾があまり発光してるようには見えないがな……」


 自分でそう言いながらも、改めてホーンテッドウルフの特徴であろう尻尾を見るが、少し他の場所の体毛より毛がキラキラしているという程度だ。


「この森はあまり魔素(マナ)が濃くないからよ。カナダ大森林まで行けばこの尻尾も綺麗な蒼色に発光するわ」


 彼女はそう答えながら尻尾の毛の状態を確かめるように撫でている。首に巻き付いていたポンタはようやく戦闘の緊張が解けたのか、総毛立った毛をぶるぶると身体を振るわせて落ち着かせている。


「アーク、悪いけどこれの処理をするから一度ララトイアに【転移門(ゲート)】で戻ってもらってもいい?」


「ふむ、それはまぁ構わないのだが……」


 そう言って周辺を見回す。


「ここで一度【転移門(ゲート)】を使って戻ると、またセルストからホーバンまでの移動が振り出しに戻る事になる。何処か特徴的な覚えやすい場所でもあればな」


 長距離転移魔法の【転移門(ゲート)】は、自分の記憶に刻まれた景色の場所へしか飛べない魔法だ。こんな周囲一帯なんの変哲もない景色の森の中では、転移先を明確にする事が出来ない。


「それじゃ、あたしはホーンテッドウルフの血抜きをして下処理をしておくから、アークは転移で戻って来れる場所を何処か探して来てくれる?」


「そうだな、その方が今後の手間が省ける……。では少し周辺を探索してくる」


 放り出していた盾を背中に担ぎ直し、外套に付いた埃を払いながら周囲を見回す。

 それに反応したのか、ポンタがアリアンの肩から下りると、こちらに兜の上に向って飛びついてきた。どうやら一緒に連れて行けという事らしい。


 とりあえず目印になるような地形や建物があれば、それを目標に【転移門(ゲート)】で戻って来れるので、それを探す。

 ただ闇雲に森の中を彷徨うと、アリアンの場所にも帰って来れなくなる可能性があるため、まずは森の進む方向を定めてそちらへ一直線に向かう。


 時折【次元歩法(ディメンションムーヴ)】で距離を稼ぎながら、周囲に目標と出来るような景色を探す。

 しかし、目の前に広がる景色は沢山の木と草、土に岩などばかりでなかなかこれといった場所が見つからない。

 時折血の付いた下草や、地面を抉ったような足跡が残っているのは先程のホーンテッドウルフが同じ方向に走り去ったためだろうか。

 相当な速度で走り去ったので、今から後を辿っても追い付くとは思えないが一応の用心はした方がいいだろう。


 森の木々の枝葉の隙間から空を窺うと、いつの間にか灰色の雲が立ち込めて空を覆い、木漏れ日から漏れる森の色を暗色漂う空間に変えていた。


 後方を振り返ると、すでにアリアンの姿は鬱蒼とした森の景色の中に溶け込みそれを視認する事ができなくなっている。

 何度目かの目印用にと、手近な木の枝を折って地面に突き刺す。森歩きの素人が転移など挟めば忽ち方向を見失うと思い、一定間隔でこの目印を残している。


 ポンタは頭の上でくるくると森を見回しては木の実を見つけて鳴く。ポンタの誘導ではすぐに迷子になってしまう。

 ポンタを宥めつつ、しばらく歩いていると不意に誰かの声が聞こえた気がした。


 足を止めて、周辺の音に耳を澄ます。


 風に煽られる木々の音や、動物達が何かに向かって吠える、それらに混じって微かに人の喧噪のようなものが風に乗って流れてくる。

 その音の方向は、自分が進むと決めた進行方向からやや逸れている。ここで方向転換するなら戻るための目印をきちんと残しておかなければならない。


 枝を何本も折り、円を描くように突き刺して派手な目印を作る。

 これで迷う事はない筈だ。


 頭にポンタを乗せて、人の気配がする方向へと足を向ける。

 何か特徴的な人の住む建物でもあればなと、そんな事を頭の片隅に思いながら足早に森の中を進む。

 やがて風に乗って流れてくる音が徐々に大きくなってくる。


 しかし、それは人の営みが生む喧噪などではなく、争いの音だった。


 人の怒号、悲鳴、恐怖までもが歩む先の森の奥、そこから風に乗って血の臭いと何かが焼ける嫌な臭いが一緒になってこちらへと流れて来て纏わりつく。


 その嫌な雰囲気のするなかポンタを頭から下して首元に巻き、深呼吸をして息を整えると、その争いの元凶があるだろう方向へと足を進めた。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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