表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第一部 初めての異世界
24/200

間章 ラキの行商記

おまけが一万を超えてしまいました……。

本編とは特に関係はありません。

 すっかり日が暮れて、暗くなったディエントの夜道を一頭の馬に曳かれて荷馬車が通りを進んでいる。


 御者台には茶髪の癖っ毛の男が気分良く鼻歌を歌いながら手綱をとっている。二十代そこそこの男の姿は、身形は小奇麗にはしているものの、それ程裕福そうには見えない。

 人の好さげなその男が進ませている荷馬車に積まれている様々な荷物を見れば、誰もが若手の行商人である事が判る。


 その行商人の男はこの街、ディエントに来るといつも泊まる宿を目指していた。

 やがて荷馬車の行く先に目的の宿が見え始めると、宿の前の通りで人を待つかのように立っていた男が荷馬車の男に手を振ってきた。


「よぉ、遅かったなラキ。売り物は手に入ったか?」


 行商人の男にラキと呼びかけた男は、腰に武骨な剣を提げ、革鎧で身を固めて背中には小さいながらも盾を背負っていた。

 短く切られた髪は金髪で、鍛えられた身体はかなりの体格だった。人好きのする笑みを浮かべて、気安い感じで行商人であるラキの荷馬車に近寄って来た。


「ベル、ただいま。予想以上の収穫があったよ」


 ラキの方も気心の知れた仲なのか、気安く相手の名を呼んで、その問い掛けに満面の笑みで答えた。


「マジか?! さすがにこんな時間はすでに閉まってるって、レアとも話してたんだけどな……」


 ベルと呼ばれた大柄な戦士風の男は、意外な答えを聞いたと言う風に顔を驚きの表情に変える。


「そう言えばレアは?」


「ああ、アイツならもう先に部屋で寛いでるよ」


 そんな会話をしながら、ラキは宿屋の一階にある馬車停めに荷馬車を入れて、馬を繋いでいた馬具を取り外す。やって来た宿の厩番に馬を預けた後、荷台に入れていた袋を引っ張り出す。


 この宿屋は一階に馬車を預かる場所があり、夜になると扉が施錠されて馬車を盗まれる危険性が減る。しかし荷台の金目になる物は、用心の為にも部屋に上げるのが普通だ。

 ラキは重そうに袋を抱え上げようとするが、横からベルがそれを引っ手繰り、袋を抱え上げた。


「結構な重さだな。武器を仕入れたってのは本当か」


「ベルの言うように武具店は既に閉まってたんだけどね。ちょうど武具店に武器を売りに来た、旅の傭兵って人に会ってね。それを買い取ったんだよ」


 宿の一階カウンターを横切り、二階にある部屋へと向かう。ラキはこの宿に泊まる時はだいたい、いつもこの部屋だった。


「レア入るよ?」


 部屋の扉をノックして声を掛けると、中から女性の声で返事があった。

 その女性からの了承を得たラキは、扉を開いて後ろにいるベルと一緒に部屋に入る。


 部屋の中には三つのベッドが詰め込まれたあまり大きくない角部屋で、一番奥のベッドに一人の女性が腰かけていた。

 いつもは後ろで括っているセミロングの栗毛の髪を下し、旅装を解いている。慎ましやかな胸に男物っぽい服装をしているがれっきとした女性である。

 レアと呼ばれたその女性は、ラキの後ろから入って来た重そうな袋を抱えたベルを見て、興味深そうな顔をする。


「あれ? 武器、手に入ったんだ?」


「うん、ちょっとね……」


 そう言って先程ベルにもした話を、レアにも聞かせる。


「へ~、旅の傭兵ねぇ。どんな武器買い取ったの?」


「あ、俺も興味あったんだよな!」


 ベルは早速抱えていた袋を下して、中身を引っ張り出して武器を眺める。そして取り出した武器の剣身を見て思わず唸った。


「どれもいい武器だなぁ。金貨二十五枚ってところか? この数を買い取る金がよくあったな……」


「見て見て! これなんか凄い綺麗だよ? 他のと格が違う雰囲気放ってるよ?!」


 ベルとレアは、ラキの買い取って来た武器を検分して思わず声が漏れる。


「どれもだいたい金貨三十枚くらいだよ。レアの持ってるのは六十枚、下手したら百枚いくかもね……」


 ラキが声を意図的に低くして自分の見積もりを伝えると、二人とも驚愕の表情になる。


「お前よくこんだけ買い取れたな?」


 ベルは改めて押し殺したような声でラキの顔を覗き込む。その表情を見てラキは苦笑いをして頭を掻く。


「実は……」


 ラキは出来るだけ小さい声で喋る様に、二人に顔を近づけて事の顛末を話した。


「ええぇ~~!!?? むぐぅ!!」


 二人に今回の買い取った時の話をすると、二人は驚きのあまり大声を上げてしまい、慌ててラキが二人の口を塞いだ。


「マジか? これ全部で金貨百五十枚で買い取ったのかよっ?!」


「すごいねラキ! これ全部売れたら二倍以上の儲けじゃない? あまり武器の値打ちに詳しくない人だったのかしらね?」


 レアの疑問にはラキは頭を振る。


「いや、本人は旅の傭兵って言ってたけど、何処かのお貴族様かそれ付きの騎士って感じの人だったよ。お金に困ってる雰囲気はなくて、どちらかと言うと邪魔な荷物を処分しにきたって感じだったかな……?」


「は~、すげ~な。これだけの品を邪魔な物扱い出来るなんて……」


 ベルは世の中の格差を身に染みて感じたのか、自分の腰に提げていた剣を見て溜息を吐く。

 その様子を見ていたラキは、思わずといった感じで噴き出してしまう。


「ははは。あ、そうだベル。この中から好きな武器を選びなよ! 一本タダで進呈するよ」


「おいおい、いいのかよ? そんな事言って……」


 ベルは思わずと言った感じで声を出すが、目は嬉しそうに置かれた剣を物色していた。


「いいよ。いつもベルには護衛に付いて貰っているからね。それにベルの武器が良くなれば、僕も道中の安全を買えるわけだしね」


 その言葉にベルは一本の剣に手を伸ばす。見た目には今ベルが腰に差している剣と殆ど変らない剣だ。


「それでいいの?」


「おう! やっぱ一番使い慣れた形が一番手に馴染むからな」


 ベルは嬉しそうにしながら、自分の腰に早速といった感じで差しては具合を確かめている。

 その様子を見てラキとレアは顔を見合わせて笑ってしまう。


「そろそろ今日はもう寝ようか? いつもごめんね、レア。僕達と同じ部屋で……」


 ラキは心底すまなそうな顔をするが、当のレアは特に気にした風も無く、手をひらひらさせて奥のベッドの上に転がった。


「別に今更気にする事ないわよ。小さい頃からずっと一緒だったんだから。ベッドが三つあるだけここは随分マシよ」


「ベッドが二つでもお前は一人で使うだろがっ! 俺とラキが同じベッドに入るんだから、ベッドが三つだろうがお前には関係ないだろ?!」


 先程まで剣を提げて具合を確かめていたベルが、横から茶々を入れてくる。


「私はこれでも立派なレディなのよ?! 当然じゃないの!」


「ほ~、そのレディってのは何処にいるんだ~?」


 ベルはレアの前でキョロキョロと辺りを見渡す振りをしてレアをからかう。そしていつもの様に二人がお互いを挑発しあうという流れに入る。


「はいはい! もう今日は遅いから、ここを片付けてさっさと寝るよ!」


 二人の仲裁役をいつもやっているラキは慣れた様な調子で二人を諌めて、武器を片付け、部屋のランプ型魔道具の火を落としベッドに潜り込む。


「明日はルビエルテ方面に向かうから、そのつもりでね二人とも」


「了解ボ~ス」


「は~い、おやすみ、ラキ」


 二人の聞き分けのいい返事を耳にして少し笑った後、ラキはベッドの中で目を閉じた。やがて何処からともなく部屋の中には寝息を立てる音が支配していき、街も次第に夜の静寂に沈んでいくのだった。



 ディエントの街を出て北西方面へと伸びる街道を、ラキの操る荷馬車の一行がルビエルテに向かって進んでいた。

 街道には散発的にではあるが獣や魔獣が姿を見せるが、新しくした剣がよっぽど嬉しかったのか、ベルが早速とばかりに叩き伏せていた。

 後衛で魔法の援護をする筈のレアはそんなベルに文句を言っているが、これはいつもの光景なので特にラキは気にしていない。


 ラキ一行の後ろは他の行商人やら旅人も何人か付いて来ている。ベルとレアは星四の傭兵でかなりの腕利きというのに加えて、魔法を使える傭兵は少ない為に、その恩恵に与ろうと後ろから付かず離れずなのはいつもの事だ。


 ディエントを出て四日目、ようやくルビエルテの街が見えて来る。

 シプルト川から水を引いた堀が街の外周を取り囲み、高さ五メートルの石造りの街壁が築かれている。ディエントの街を小規模にしたような街で、ラキもこの街に来るのは久しぶりの事であった。


「何事も無く、昼前に着けたな」


 ベルが街の周囲に広がる畑を見ながら呟くのを聞き流しながら、ラキは門番に商人組合加盟の鉄製の行商人札を提示して東門から荷馬車を入れる。

 後ろに積んでいるのは鉄クズ製品とディエントの街で手に入れた武器に、少しの生活雑貨くらいなので検閲もごく簡単に通れた。


 まずは手に入れた武器の砥ぎを頼まないといけないと、ラキは荷馬車を鍛冶屋に向け進ませた。ディエントで武器購入に手持ちの資金を粗方吐き出してしまったので、ディエントで研ぎに出さず、ルビエルテで研ぎを依頼して同時に売り手を探した方が効率がいいと判断したのだ。


 目的の鍛冶屋に着くと、奥の煙突から煙が上がり奥からは金属を叩く鎚の音が響いている。

 レアに荷馬車の番をお願いして、仕入れた剣の入った袋をベルに持ってもらい、ラキは鍛冶屋の工房の入口を潜った。

 工房の奥では二人の男が、鎚が打ち鳴らす音に負けじと大声を上げなら言葉を交わしているのが見えた。

 一方の男はごつい腕を組み白髪頭の老爺でここの鍛冶場の頭領だろう、もう一方は壮年の男でがっちりした体格はベルにひけを取らず、騎士が普段着る軍装を身に纏っていた。


「武器の追加注文って言うがね、旦那! 材料が不足気味な上に、武器ばかり作ってては庶民の生活に必要な物が作れませんぜ!」


「何を言う! 武器を持って魔獣を討たねば、領民の生活もままならんではないかっ!! つい先日もジャイアントバジリスクが出たのを忘れたわけではあるまい!」


 二人は鍛冶場の熱に負けない程に熱く議論を交わしていたが、内容は卵が先か鶏が先かと言う様な議論で、いつまで経っても平行線のままだった。

 ベルは二人の議論で出てきたジャイアントバジリスクの名前に大層驚いた表情をしていたが、ラキもこれには同意せざるを得なかった。

 何しろ下手をすれば村の一つや二つを簡単に滅ぼせてしまうような魔獣だ。先日旅の傭兵と名乗る男から聞いた大物が出たという話だったが、まさかこれ程の大物とは思わなかったのだ。


 やがて議論していた二人の男の一人、鍛冶場の頭領と思しき老爺がこちらで呆けた様に眺めていたラキ達を視界に入れて声を掛けて来た。


「何じゃお前さんらは? 客か?」


 その声にラキは慌てて頷くと、二人と同じく鎚の打つ音に負けじと声を上げた。


「はい! 売り物の武器の砥ぎをお願いに参りました!!」


 ラキの返答に逸早く反応したのは鍛冶場の老爺ではなく、少し不機嫌な顔になっていた騎士の男の方であった。


「なにっ!? 小僧、貴様は武器を売りに来た商人なのか!?」


 勢いに乗ってこちらに大股で寄って来た騎士に気圧されて、ラキは首肯する事でなんとか肯定の意を表した。


「悪いがその武器とやらを見せてくれぬか?!」


 その言葉にラキも特に断る理由もなかったので、ベルを目線で促して鍛冶場にあった作業台に持って来ていた剣を十四本並べた。

 十五本あった剣を一本ベルに譲ったのだが、ベルの元から持っていた剣は今荷馬車の荷台にクズ鉄と一緒に積まれている。その処遇にベルは少し涙目だったが、星四の傭兵が持つ武器にしてはあまりにも粗末な物だったのでしょうがない。

 元から金貨10枚もしないような剣だったのでそれも致し方ない話だ。むしろよくそんなナマクラで星四まで上がれたという、驚きの方が強い。


 作業台に並べられた剣を一本一本確かめている騎士の男の横で、鍛冶場の頭領も品物の状態を確かめるべく剣を鞘から抜いて眺め始めた。


「どれもなかなかいい鋼を使った剣ではないか! 25ソクくらいか?」


 騎士の男が鍛冶場の頭領に視線を向けて問い掛けたが、頭領である老爺は年齢を感じさせない鋭い眼光を手に持った剣に注いでいた。


「お主……、この剣を何処で手に入れたのだ?! こいつはミスリル製の剣ではないか……500ソクはする代物じゃ……」


 鍛冶場の頭領が驚きの声を上げたが、ラキ自身はさらに驚愕の表情になっていた。それは隣にいたベルも同様だった。いい剣だと思ってはいたが、まさかミスリル製の剣だとは思っていなかったのだ。

 相場が相場なだけに一介の行商人が取り扱う様な品ではない、ましてや十五本150ソク、一本10ソクで仕入れた品がそれ程の額の物だと思っていなかった。


 ミスリルは魔を滅する金属と言われ、薄く延ばして盾に貼れば魔法を弾き、剣にすれば頑強な身体を持つ魔獣を易々と切り伏せられると、かなり重宝される金属だ。

 しかしミスリル鉱石自体が希少で、さらには製錬も非常に困難な為にミスリル製品と言うのは他の武器の比ではない額が付く。

 元々ミスリルの製錬技術も一部のエルフ族かドワーフにしか出来なかった為に、それが基でエルフ狩りやドワーフ狩りが行われ、その製錬技術を人族が手にしたという経緯がある。

 その為、ドワーフは大陸から姿を消し、エルフ族は今の迷いの森に逃げ込んでしまったのだ。そこまでして手に入れた製錬技術だったが、肝心の品質がドワーフ達が作り出した品質に遠く及ばない出来だったと言うのだから、二の句が継げないとは正にこの事だろう──。


 ラキも商人の端くれとして色々な品物をそれなりに目利きは出来るが、自分が取り扱う事を想定していない品物に関してはその限りではなかった。


「いや……、それは旅人だって言うお方から買い付けたので、随分お安く仕入れさせて頂いたのですが……」


 そんな事を言いながら、ラキの背中は冷や汗が流れていた。旅の傭兵を名乗る男はこれらの武器を盗賊からの戦利品だと言ったが、盗賊がミスリルの武器を所持しているとは到底思えない。ミスリルの武器を盗賊が盗んだりすればかなりの大事になって、直ちに討伐命令が出て回収されてしまう筈だ。そう思うとこの武器の出所が何処かなど、恐ろしくて聞きたくもない。

 しかし旅の傭兵と名乗った男からは不思議とそれ程悪い雰囲気はしなかった。ラキはこのなんとなくの感覚には優れていたので、かえって出所に見当がつかなかった。


 そうやって頭の中でラキがぐるぐると思考していると、騎士の男が声を張って割り込んできた。


「小僧! ここにある武器を我らが領主、ルビエルテ子爵様に売る気はないか?! ミスリルの剣を500ソク、他の剣を一本25ソクでどうだ?!」


 その言葉に我に返ったラキは頭の中で素早く計算するが、仕入れた時の金額の五倍の値段になっていた。ラキは少し後ろめたい気がして少し減額する事にした。


「ミスリルの剣は400ソクで構いませんよ。あとは騎士様の仰る値でこれらをお譲りいたします」


「ほぉ!? ミスリルの剣を100ソクもまけるとは、何が魂胆だ?」


 騎士の男は訝しげな表情をしながらラキの顔を覗き込む。相手の意図を推し量ろうと言うのだろう。しかし、10ソクで仕入れたので後ろめたくて……とは到底言えない。

 ラキは意を決したように、今思い付いた一番それらしい魂胆を騎士の男に伝えた。


「これを機会に、ルビエルテ子爵様の覚えめでたくなればと思いまして──」


 その言葉に騎士の男は一瞬驚きの表情をしたが、大声で笑うとラキの肩をバシバシと叩きだした。


「わはははは! さすがは商人と言う事か! 抜け目のない事よ! 私はこのルビエルテ領の騎士団長をしているホルコスと言う」


「申し遅れました。行商人をしております、ラキと申します、ホルコス騎士団長様」


「うむうむ、早速だが領主であるバコル様に話を通して来なければならない。しばしここで待ってもらう事になる。すぐに武器の代金は持って戻って来るぞ!」


 それだけ言うと、ホルコス騎士団長は表に飛び出して繋いであった馬に飛び乗ると、颯爽と城の方へと駆け出して行った。

 それを茫然と見ていると、鍛冶場の頭領がやって来てラキに声を掛けた。


「あの旦那はいつもあんな感じだ。ホルコス騎士団長殿が戻って来るまで、そこらで寛いでな」


 その言葉に礼を言ったラキは荷馬車に積んでいたクズ鉄の話もして、ここの鍛冶場で買い取って貰う事が出来た。なんでも最近は、原料になる鉄鋼石などが南から運ばれて来る筈が、ディエントの街までで止まっていたそうだ。

 相場より高く買って貰えるかと思ったのだが、頭領には随分と儲けたんだからと、結構な安値で買い叩かれてしまった。サービスだと言ってベルの剣をタダで研いで貰ったので、ラキとしては特に文句もなかったが。


 その後、戻ってきた騎士団長とその部下数名が武器を引き取りに来た。代金の金貨725枚もきっちり払ってもらい団長と握手してその場で別れた。

 金貨は荷馬車の床板を外した隠し箱の中に入れ、音が鳴らないように上から土も被せて詰めた。


「それにしても、まさかあの剣がミスリル製だったとはねぇ……」


 ベルは感慨深いと言った感じで感嘆の声を漏らす。レアにも今回の顛末を話したら、かなり驚いていたが、同時に祝福もされた。


「やったじゃない! これで念願の自分の店を持つって願いも大分現実に近付いたんじゃない?!」


「そうだね……、まさかこんな事になるとは思わなかったけどね」


 ラキも少しふわふわとした気持ちで応えながら、この街の商人組合所に向けて荷馬車を歩かせていた。


 商人組合には様々な情報が集められている。その年の小麦の収穫量から魔獣の出没情報、その領地毎に違う関税品の名目まで実に様々だ。特に関税関連の情報は各領地毎に品物も税率も違うので、目的地までの経路で関税品を所持していると街に立ち寄った時点で税金が課せられて売値に響いてしまう。

 それらの情報を聞き、自分の中で商売の種を見つけるのが行商人の商いだ。先程の剣の売り上げでかなりの資金が出来た。ルビエルテを出発する前に何か売れそうな物を仕入れて行くのが肝要だろう。

 生憎資金は潤沢にあるが、肝心の荷物を運ぶ荷馬車がそれ程詰めないのが難点ではある。しかも馬車を曳く馬も一頭なので、あまり重い物を積むと足が遅くなる。

 行先もここから南に下りて王都方面に行くのか、シプルト川を西に下ってブルゴー湾に出るのか、色々と今後の予定を考えていると商人組合所の前まで来ていた。


 馬車停めに荷馬車を入れ、ベルとレアに留守番を頼んで、ラキは一人奥の買取所に足を運んだ。商人組合所の買取所と言うのは正確には売買取引所、つまりは問屋の事だ。

 特定の買い手がいない売り手でも、品物をその時の相場を考慮した値段で買い取って貰えるが、直接買い手に売るわけではないので買取価格は当然安くなる。

 それでも安定して買い取って貰える事が多いので、傭兵が狩った魔獣や、珍しい薬草類など、掘り出し物を持ち込んだりするのだ。


「まずはここの倉庫にどんな商品があるかで目的地を決めて、それから経路上の領地の関税品目の確認かな……」


 ラキは頭の中にある計画を確認しつつ独り言を零す。取引所には物を売りに来た者から買いに来た者など様々な人がいる。さすがに商売人が多く、あちこちで値段交渉している姿が散見される。それが綯交ぜになって一種独特の喧噪を生んでいる。


 そんな中で、買取所の隅の方、組合員だろう男と一人の少女が買い取り価格で揉めている会話が、傍を通りかかったラキの耳に入った。


「おかしいわ! 以前お父さんと売りに来た時は、これより少ない量で金貨十枚以上の値段で買い取って貰ってたわ! なんでこの量で金貨十枚なのよ!」


「だからガキは困るんだよ……。値段ってのは需要があって始めて上がるものなんだよ、需要のない物は必然と値段が下がるんだ。こっちもそれ以上の値段では買えないね」


 小さい少女は身長百五十センチ程、髪は明るい茶色でサラサラとした髪を後ろで三つ編みにして肩下まで垂らしている。大きな青い瞳に日に焼けて健康的な肌、服装は何処かの村娘といった印象だ。


「もう! 頭にきたわ! 別のところで売るわよ!!」


 その少女は台に置かれた荷袋を引っ掴むと、鼻息荒く踵を返して出口へと向かって行く。傍を擦れ違ったラキの鼻孔に、なんとも言えない芳しい香りが届く。


「おい! 嬢ちゃん一人で買い手なんか見つけられっこねぇぞ! 大人しく言われた値で売れよ!! チッ」


 組合員の男は少女の態度に悪態をつくが、少女はそれを無視して取引所を出て行った。

ラキはそれを横目で見ながら、ついさっき出て行った少女の跡を追い掛けた。

 先程の少女は取引所を出てすぐに見つける事が出来た、少し項垂れているように見えるのは勘違いではないだろうと、ラキがその少女に声を掛けた。


「ちょっとそこの君。少しいいかな?」


「? 誰? お兄さん……」


 声を掛けられた少女はあからさまに不審な目でラキを見ると、持っていた大きな荷袋を背中に隠した。


「あぁ、ごめんね。僕はラキ。行商人をしているんだ。えっと……君は」


「マルカよ。行商人のラキさんが私に何か用ですか?」


 少しぶっきらぼうな口調の少女、マルカに対してラキは和やかに彼女に挨拶を返した。


「ちょっと君の持っている品物が気になってね。……もしかしてコブミかい?」


「!? 知ってるの?」


 マルカは少し意外な表情をしてラキの方を見る。


「独特の匂いがしたからね。少し袋の中の品を見せて欲しいんだ……。物が良ければ僕にそれを買い取らせて貰えないかな?」


 ラキのその言葉にしばらく逡巡していたが、やがて意を決して荷袋をそっと差し出して来た。ラキは小さくお礼を言って、その大きな荷袋を受け取って中を見る。

 袋の口を開けた途端、独特の芳香が鼻を通り抜け辺りにも充満する。中には花がそのままの形で半干し状態でぎっしりと詰まっていた。

 一つを手に取って確認してもかなり状態のいいコブミの花だった。それに満足する様にラキは頷くと、荷袋を再度持ち上げて重さを確かめる。


「うん、この状態の物でこれだけの量があるなら金貨三十枚でどうかな?」


「?! 金貨さんじゅ、むぐっ!!」


 その提示された額に驚愕の表情となって、思わず声を上げそうになったところを、ラキが慌てて彼女の口を塞いだ。

 彼女が驚くのも無理はなかった。村民である彼女の一家が一月に使う生活費など金貨三枚あれば事足りるのだ。

 ラキは自身の口に人差し指を当てて静かにする様にとの仕草をすると、彼女も自分の口を押えて上下に力強く首肯する。


「そんなに高値で買い取って大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。王都に行けば結構高値で売れるんだよ?」


 声を落とし、訝しむ様に問い掛けるマルカだったが、ラキはなんでもない事の様にしてそれに答えた。


「あなた商人ならこのコブミが何の病気に効くか知ってるの? 村の人に聞いたらみんな誤魔化すのよね。村では必要ないって言うし……」


「あぁ……、病気って言うか、一種の予防薬かな? たしかに村ではあまり必要ない代物かもね……」


 ラキは何と答えたらいいか、少し躊躇いながら彼女の質問に返事を返すと、その返答にマルカは少し拗ねた様な顔をして顔を逸らし、右手をラキに差し出してきた。


「大人ってそうやっていつもはぐらかすんだからっ! もういいから、あなたのいい値で売るわ! 気が変わらない内に早くしてよね!」


 ラキは少し苦笑して、彼女に先程提示した金額、金貨三十枚を袋に入れて渡した。マルカはその中身を確認すると、機嫌が良くなったのか少し笑ってそれを服の内側に滑り込ませた。


「お兄さん、今日はありがと! それじゃ、商売頑張ってね!」


 マルカは笑顔で手を振りそれだけ言うと、駆け出してあっと言う間に姿が見えなくなった。ラキは買い取ったコブミの入った荷袋を抱えて、一旦荷馬車に戻る事にした。


 荷馬車へ戻ると、ベルとレアが暇そうに荷台で寛いでいた。レアはラキを見つけると、嬉しそうにこちらに寄って来て声を掛けて来る。


「おかえり! 早かったね? あれ? なんかいい匂いがするね?」


「ああこれだよ。コブミの花さ。薬の材料だよ」


 ラキはさっきマルカと言う少女から買い取った荷袋を掲げて見せて、先程の話を掻い摘んで話した。


「酷い組合員もいたもんだな……。それにしても、そんな値で買い取ったそれ、一体何の薬になるんだ?」


 傍にいたベルも話を聞いて相槌を打ちながら、ラキの持って帰って来た荷袋の中身を見て、首を傾げている。


「コブミの花は避妊薬の材料になるんだよ。あとは堕胎薬の材料にもなるね……」


「ええ!? これ避妊薬の材料なの?! 初めて聞いたなぁ……たしかに村では必要ない薬かもね」


「ハハ、確かに! 村じゃ子供なんか、産めよ増やせよって感じだしな!」


 薬の正体を知り驚くも全員が同じ村出身の為か、村の実態を思い出してレアとベルが感慨深そうにする。


「それにしても避妊薬ってすげー高く売れるんだな……」


「そうだね、街では娼館で使うし、お貴族様もよく購入するって聞いたよ。帝国に持って行けばもっと高く売れるんだけどね」


「帝国? 帝国ではこのコブミの花が咲かないの?」


 レアは不思議そうな顔をして小首を傾げる。それにラキは頭を振る。


「いや、確かにあまり北の方には生えてないって話だけど、高く売れる理由は他にあるんだよ。ヒルク教って知ってる?」


「全く聞いた事もないな!」


 ベルは胸を張って力強く答える。そんなベルをレアは半眼で見つめるが、特に何を言うでもなく自分の中にあったヒルク教のうろ覚えの情報を引き出す。


「たしかこの北大陸のあちこちに布教してるやつよね? ローデンはそれぞれ火の神とか水の女神とか各神殿があるから見た事ないけど……教会だっけ?」


「うん。ヒルク教はボルドー湾を越えた先、ノーザン王国のさらに先に位置するヒルク教国が教え広めている宗教でね、全知全能のただ一人の神が、世界の全てと人を創ったって教えを説く宗教だよ」


「なんだ、友達がいねーのかよ……その神様」


 ベルは心底その神様に同情する様な表情になって聞いている。ヒルク教徒に聞かれればお説教されそうな発言だ。


「そのヒルク教の教えでは、堕胎する事を禁止しているんだよ。帝国は全土にヒルク教が根をはってるからね……、堕胎薬の材料となるコブミは表向きはご禁制の品になるんだよ。でも需要は高いから裏でかなりの金額で取引されるって話」


 ラキの話を二人は感心したように聞いている。しかしベルはしきりに相槌を打ってはいるが、その顔には理解した表情はなく、いつもの様に右から左へ抜けているようだった。


「んじゃ、今度はそれを持って帝国に売りに行くのか?」


「馬鹿ね! ご禁制だって話を今してたでしょ?! 見つかったらラキが打ち首にされるわよ!!」


 ラキはいつもの事だと思って力無く笑い、肩を落とす。


「とりあえずはコブミを高く売るには王都かな? ちょっと王都までの情報を仕入れてくるから、また荷馬車の番をお願いするよ」


 二人にそう言ってコブミの入った荷袋をレアに預けると、ラキはその頭の中で王都に向う経路を選定しながら、また商人組合所に向って戻って行くのだった。


これにて第一部終了です。

ここまでお付き合い下さり、誠にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ