序章
南央海を越えた先に広がる南の大陸。
大陸の殆ど全ては未だ人族が足を踏み入れた事のない広大な未知の大地だが、その大陸の西部にある岬には六百年前からレブラン帝国が入植し支配する地があった。
帝国が東西に分裂した後も西の大国、レブラン大帝国の南の大陸に於ける植民地の橋頭堡として街や村、畑が整備され、そこから齎される珍しい香辛料などは帝国本土の貴族達に珍重されていた。
その南の大陸に置かれた人族最大規模の街、タジエントと呼ばれる港町の中央には立派な建物が聳え立っていた。
巨大な二対の尖塔とそこに繋がる大聖堂、併設された大きな宿舎など、街の中心部でかなりの面積を占めているその建物は南の大陸に於けるヒルク教の中央教会である。
本土の教会の様に白く荘厳な建築様式ではなく、煉瓦の赤とそれを縁取るような白の石材のコントラストが織りなす独特な建築物で、その高さと広さを除けば街の景観によく溶け込んでいると言えた。
このタジエントの街を統治しているのは皇帝によって任命された代官であるが、その代官が居住する屋敷よりも立派な屋敷が教会の敷地内の奥に建てられている。
教会と同じ建築様式を採用された左右対称の三階建てのその屋敷の奥の部屋の一室では、一人の偉そうな男が大きな腹を揺すって不快そうな顔をして椅子に腰かけていた。
元より大柄な体格である為か肥満で膨らんだ身体は常人の域を超えており、座っている椅子は頑丈な造りをしているにも拘わらず男が身動ぎする度に軋みを上げている。
頭部には一切の毛髪が無く、やや離れた目と下膨れした頬のせいでカエルのような顔をした男は、目の前で跪いて話す二人の人物に目を向けて眉を顰めていた。
「──以上の事から教皇様よりこちらでの任務の遂行を着実なものとする為、私や後ろの者などが新たにチャロス様の下に配属される事となりました。以後はチャロス様の命に従う形で教皇様の意に沿った任務を遂行して参ります」
ヒルク教の司祭服に身を包んだ男は柔和な笑みを浮かべて、目の前に座る巨漢の男をチャロスと呼んで恭しく頭を下げた。
それに倣って後ろに控えていたもう一人の黒づくめの人物も頭を下げる。
巨漢のカエル男──彼はヒルク教国の七枢機卿の一人で名はチャロス・アケーディア・インダストリア枢機卿。
南の大陸におけるヒルク教の中心地であるこの教会の最高責任者でもあった。
「もう分かった、分かったから! 任務に関してはお前の采配で動いて構わないから、さっさとその後ろの獣を連れてボクちんの家から出て行ってくれ! せっかくのボクちんの城が獣臭くなっちゃうじゃないかっ!」
そのチャロスが司祭風の男の後ろに控えた黒づくめの男を睨め付けるようにしながら、手で追い払うような仕草をとって二人に退出を迫った。
その彼の言葉に後ろに控えていた頭から黒いフードを被った人物が僅かに反応を示し、その者の腰から生えた長く黒い尻尾が揺れてその存在を隠す様に後ろへと引っ込んだ。
そんな様子を眺めていたチャロスは不快そうに鼻を鳴らして、視線をじろりと司祭風の男へと向けた。
しかし相対していた司祭風の男の方は、そんな枢機卿の態度に気を悪くするでもなく笑み浮かべたまま深々と礼をとってから、後ろに控えていた黒づくめの男を伴って静かに部屋を退出していった。
そんな彼らを見送り、チャロスは鼻息を荒くしてから溜め息を吐いた。
「あぁ、せっかく煩い本土から離れてのんびり惰眠を貪れる環境だったのに、タジエントを崩壊なんかさせたら美味しい物も食べられなくなっちゃうじゃないか……。ずっとこっちに居るから教皇様が何考えてるかさっぱり分かんないや」
そう独りごちて今一度盛大な溜め息を吐くと、チャロスは自らの大きく突き出た脂肪の塊のような腹を一揺すりして口を噤んだ。
そうしてふと何かを思いついたように腹を一度打って顔を上げた。
「そうだ! こっちでは地下に仕舞ってる兵士も一万くらいしかいないし、貴重だから奴らに部下百名だけつけてそれで何とかしろと言っておくか! それならタジエントも暫く安泰だろうし、教皇様の命に背く事にもならないよね? ボクちんって頭いい!」
そんな盛大な独り言を呟いてフヒフヒと鼻息を荒くしたような変な笑い声を上げたチャロスは、早速とばかりにその脂肪の塊のような身体に似合わない軽快な動きで椅子から飛び降りた。
「とりあえずタジエントを崩壊させた原因が教会にあるって気取られたらダメなんだからぁ、大人しく少数で何とかして貰うしかないよねぇ」
と見た目には何処も可愛くないカエル男が怖気のするような猫撫で声で一人呟くと、屋敷の使用人に言伝を頼む為にウキウキとした足取りで奥の部屋へと引っ込んで行った。
遅くなりまして申し訳ありません。
不定期更新ですがぼちぼち第五部を開始致します。
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