第8話 初めての報酬は、意味あることに使っちゃえばよくない?
「――お待たせいたしました。西園寺様」
最寄りのギルド支部会館。
受付けの女性に呼ばれ、西園寺は緊張した様子でカウンターへと向かっていく。
「こちらが換金分――2834円ですね、お受け取りください。明細書もございますので、ご確認ください」
「は、はい! あ、ありがとうございますっ!!」
西園寺はすぐに戻ってきた。
初めてダンジョンで得た金銭的な成果に、とても興奮した様子である。
「あ、雨咲君! これ、これ、お金!」
よほど嬉しいらしい。
両手に乗せた紙幣2枚と硬貨何枚かを、まるで宝物でも扱っているかのように見せてくれた。
凄い片言になってんじゃん。
某アニメ映画に出てくるカオナ○か何かかな?
「わかったわかった。よかったな~、西園寺はもう大金持ちだ」
目をキラキラさせた西園寺の気分を害すのも悪いので、適当に相槌を打って合わせておく。
「えへへ~そうだね~」
何だその蕩けたような笑顔は。
ウチの従者が可愛すぎる件について。
一仕事終えた心地よい疲労感とともに、ギルド会館を後にする。
外は既に日が落ち、夜の町は活気で賑わっていた。
飲み会・食事会に向かうサラリーマンはもちろんのこと。
ダンジョン帰りの冒険者たちもかなり見かける。
「――はっ! そうだ。え~っと、2800の2割だから……端数は良いんだよね?」
突如我に返った西園寺は、一度大事にしまった報酬を再び取り出す。
そこから500円硬貨と小銭数枚を仰々《ぎょうぎょう》しく取り分けた。
そしてイタズラな笑みを浮かべて、俺に差し出してくる。
「はは~お代官様。どうぞこれをお納めください」
要するに。
育成契約で取り決めた報酬の2割ということだろう。
西園寺なりのお茶目というか、精一杯の悪っぽい顔をイメージしてやっているんだと思う。
だがこれはこれで小悪魔っぽくて可愛い。
何しても可愛いな西園寺は。
「ぐへへ。お主も悪よのう、西園寺屋」
……どっちかというと、西園寺は帯を引っ張られてエッチないたずらされる町娘役だと思うけどね。
だがここは西園寺のノリに合わせることに。
悪代官として、ありがたく報酬をちょうだいした。
「お、お代官様ほどでは――ふっ、ふふ! 雨咲君、悪そうな顔、凄く上手だね」
途中で耐えきれなくなったらしい。
西園寺は本当に楽しそうに笑っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
税金などの諸経費と、俺への報酬2割が引かれ。
西園寺の手取り分は、2000円とちょっとになる。
二人で2時間半くらいダンジョンに潜った。
時給換算だと1000円もいかないことになる。
だがそれでも。
西園寺にとっては大切なお金、そして大切な1日となってくれたようだ。
「……ちょっとだけ待っててくれ。買い物してくるわ」
「え? うん、わかった」
西園寺を待たせ、ちょうど視界に映ったコンビニへと入った。
入口すぐ“栄養ドリンクコーナー”から2本、ビンを手に取る。
『冒険者の疲れに速攻アタック』
『ダンジョンでの閉鎖感による潜在ストレスを軽減して、快眠をサポート』
それぞれの販促文言を確かめ、レジへと向かった。
「しゃあせぇ~……2点で、396円でぇす」
やる気の欠片もない若い店員さんに、つい今しがた貰った500円硬貨を渡す。
お釣りをポケットに突っ込み、両手に栄養ドリンクをもって外へ。
「――ほい。これ飲んで、今日はもう早く寝な」
健気に言いつけを守るように、その場で待っていてくれた西園寺。
買ったばかりのドリンク瓶を渡すと、ポカンとした顔で受け取る。
「明日も学校あるだろ? ……帰るまでが遠足。帰るまでがダンジョン探索だ」
今は初尽くしのダンジョン体験で、ドバドバとアドレナリンが出ている最中だろう。
だが、体は間違いなく疲労を感じているはず。
そうした身体のケアを気にするのも、俺の務めかと思ったのだ。
そして俺が得た約500円の使い道としては、それで十分だろう。
……まあ、できるだけ良い思い出として帰ってほしいしね。
「雨咲君……――あっ。もしかして、報酬の分を使って……」
西園寺は、何かに気づいたというようにハッとしていた。
……勘のいい従者は嫌いだよ。
「……宵越しの銭は持たない主義なんでね」
しょうがなく、その場で考え付いた言い訳を口にする。
その後、少しだけ考えるような間があった。
だがすぐに、西園寺は切り替えたように笑顔を浮かべる。
「――うん、わかった。ありがとう、雨咲君。この後スーパー寄ってから帰るけど。家についたらちゃんと飲むね」
「おう、そうしろそうしろ」
その後、少しだけ歩いて。
西園寺がスーパーに入るところまで見届けて別れたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
翌日の水曜日。
今日もまた憂鬱な一日が始まるのかと思いきや。
想定外のことが起きた。
『雨咲君、おはよう。昨日は改めてありがとう。おかげで朝凄く気持ちよかったです。ところで登校前、どこかで待ち合わせすることはできますか?』
こんなメールが可愛い絵文字付きで、朝、届いたのである。
とりあえず保存した。
いや、まあ“目覚め”が気持ちよかったんだろうね。
でもしょうがない。
この文章だけで救われる命があるんだ、うん。
その後、流石に確認のため、何度かメッセージを往復させた。
しかし、何か問題が起きたとか、緊急事態というわけではなさそうである。
いつもより早めに家を出て、途中のコンビニ前で待機することにした。
「――あっ、いた!」
ペダルを漕ぐ軽快な音を響かせ、西園寺がやってきた。
昨日ぶりのその姿は特に問題なく、元気そうで一安心である。
「おはよう雨咲君。ごめんね、朝から突然変なお願いして」
西園寺は制服姿で、息を弾ませながら自転車を降りる。
白く綺麗な脚が上がり、短いスカートがふわりと揺れてドキッとした。
何だかいけないものを見ているような気分になり、思わず視線を逸らす。
「いや、大丈夫だ。……ジョブの話か? だったら急いで決める必要はないぞ」
西園寺は調教ポイントが200貯まって、【調教ツリー】で【魔法使い】か【神官】のジョブを解放できる。
しかし自分がこの先付き合っていくジョブを決めるのだから、時間をかけていいとは話してあった。
「あ、えっと、うん。ジョブは今日、放課後までには決めるね。そうじゃなくて――」
自転車の前かごに入れたカバン。
西園寺はそこから何かを取り出した。
「――あの、はい。これ、よかったらどうぞ。……お弁当、です」
照れや恥じらいを含み、尻すぼみになる声。
一瞬何を言われたか、わからなかった。
だが、すぐどういう状況かを察する。
水色の巾着袋を受け取り、何とか答えた。
「あ、ああ。ありがとう。でも、どうした?」
「えっと……はい。その、昨日とか、今までのお礼とか諸々含めて。これを渡したかっただけです。良かったらお昼に食べて。――じゃあ、また学校で」
ぎこちないやり取りを終えると、西園寺は再び自転車にまたがり。
赤さが残った笑顔のまま、そそくさと先に行ったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
そして昼休みに至る。
正直、弁当が気になって、それまでの授業内容はほぼ覚えてない。
一瞬、どこか別の場所で食べた方がいいかと考える。
だがボッチの俺がどこで食べようが、どうせ誰も気にしないだろう。
「――耀ぃ~ごはん食べよう!」
「もう私、お腹ペコペコで死んじゃいそう~」
ちょうど西園寺の周りにも、女子グループが集まりだす。
他の場所でも次々と、仲の良いクラスメイト同士の島ができていった。
良いよね~仲間との昼食。
これを見せられるのが辛いから、いつもは別の場所でボッチのグルメになるのだ。
……だが、今日は違う。
巾着袋を開けると、割り箸がまず目に入る。
その下には、ラップで包まれた俵型のおにぎりが二つ。
そして長方形のお弁当箱が鎮座していた。
「…………」
誰かに見られてないかとキョロキョロしつつ。
中身を取り出し、机へ並べる。
弁当箱の蓋を開けると、ぎっしりとおかずが詰められていた。
「――お~!! 耀、今日は何か豪華じゃん!」
「ハンバーグに、唐揚げに、卵焼きまである!!」
「そうそう! 何か気合い入ってるっていうか、お金使ってるって感じ?」
ちょうど女子グループの盛り上がる声が聞こえてくる。
「えへへ~。……その、実は。昨日初めて、ダンジョンでまとまったお金を換金できまして」
西園寺の照れたような告白に、周囲の女子たちは歓声を上げた。
「お~マジでっ!?」
「やったじゃん、耀っ!!」
西園寺が次々に褒められ、祝福の言葉を受けている。
西園寺本人の人徳がなすことなのか。
彼女の周りに集まるのもまた、普通に性格の良い女の子ばかりなのである。
……なんだか自分のことのように嬉しい。
それをおかずにして、弁当のおかずへと割りばしを伸ばす。
――うわっ、唐揚げジューシーで美味いっ!!
ミニサイズに成形されたハンバーグも柔らかく、冷めていても肉汁の旨味がちゃんと感じられた。
卵焼きも出汁が効いていて、とても美味しい。
一番に食べきってしまったほどだ。
……ちなみに。
西園寺に、ダンジョンでのこと自体は口止めしていない。
俺のこと全般は極力話さないで欲しいと伝えてある。
しかし下手に隠し事をし過ぎるのも、かえって周囲に怪しまれるだろう。
だから俺のことを抜きにして、西園寺が自身の成長やダンジョンであったことを話すのは自由だ。
西園寺ならそこのところの匙加減は上手くやるだろう。
「だから今日はそのお祝いに、お昼を豪勢にしてみました。……宵越しの銭は持たない主義なんで。えへへ」
西園寺の今日一番、茶目っ気を効かせたような言葉。
……あら、どこかで聞いたことあるようなセリフですね。
……つまりこのお弁当はお返し的に、昨日のお金で材料を買って作ったのか。
西園寺の弁当は、その余りだろう。
「…………」
ラップの包みを開き、おにぎりにパクりとかぶりつく。
塩加減も絶妙だし、のりも水分でふやけておらずパリッとしていた。
西園寺が握ったおにぎり、美味しいなぁ……。
西園寺が素手で握ったおにぎり、美味しいなぁ……。
西園寺が手汗をかきながら握ったかもしれないおにぎり、美味しいなぁ……。
この3つの文章。
どれも大きな意味は同じはずなのに、後ろに行くほど変態的な他意の含有量が多くなっていくのである。
言葉って不思議だね!
「……食べる?」
「いいの!? 貰う貰う、交換っこしよう!――へっへ~ん、男子、良いでしょう!」
「ん~!! 美味しいっ!! 耀の手料理、最高っ!」
ねぇ~西園寺の手作り最高だよね~!
心で女子たちに賛意を示しまくりつつ、残りの弁当も平らげていく。
あ~美味い。
美味すぎる。
「大野っち、そんな欲しそうな顔したってダメ~。耀も、耀のお弁当もあげないよ~?」
西園寺がいる女子グループと同格の、1軍男子たち。
その中でも特にイケメンで、クラスの中心でもある大野君が、からかいの標的にされていた。
大野君も欲しかったの?
……でもごめん、俺は全部食べちゃった。
「べ、別に、西園寺を見てたわけじゃないって。それに、俺は自分の分の飯が沢山あるから」
そっか、ならよかった!!
そうだよね。
確か、西園寺とは中学からの同級生ってよく耳にするけど。
大野君は、今じゃ冒険者でも若手の有望株だもん。
お金だって稼いでるだろうし、食べたい物があればなんでも買って食べればいいんだよ。
お金じゃ買えない価値がある、西園寺のお弁当はプライスレス。
だけど……まあ大野君は西園寺を見てたわけじゃないって言ってるし、関係ないか!
放課後までにはジョブについて決めておくと言っていたし。
それに、調教ミッションも更新されていた。
西園寺。
改めて今日からまた、俺たちも頑張っていこうぜ!




