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第17話 試験に受かっちゃえばよくない?


 先頭で歩き始めて5分とせず。

 早速、先がカーブした道に差し掛かる。



「止まってください」



 言葉だけでなくボディーランゲージでも、同行者たちへストップするよう伝える。

   


「…………」



 野田さんは無言ながらも。

 俺の言葉通り、その場でピタリと足を止めてくれた。



「少し待ってください――」



 野田さんたちの動きを見てから、懐に入れていた小さな手鏡を取り出す。


 100均で買った。

 見ればわかる、安いやつである。    

 

 それでも、この先を確認するのには十分だ。

 


 潜入捜査でもしているように、ソロリソロリと壁伝いに移動。

 試験官である野田さんが認識しやすいよう、あえてわざとらしく動作も大きくする。

 そして手鏡の角度を調節し、肉眼だけでは得られなかった死角の情報を入手。

 

 モンスターの姿は……ない。



「――大丈夫です。進みます」 


「わかりました」 



 野田さんは満足そうに頷きながら、ボードにサラサラとペンを走らせていた。

 よしよし。



 典型的な採点ポイントとなる、先の見通せない曲がり角。

 そこをクリアし、続いてY字の分かれ道へとやってくる。



「さてと――」



 再び止まってもらい、自分のすべき行動を頭の中で確認する。


 試験における“分かれ道”は、正解の道が存在しているわけではない。  

 右を選ぼうが、左を選ぼうが、どちらでも点数は変わらず同じ。


 試験官が見ているのはそこではなく、選択するまでの行動だ。

 

 

「――左の道にしますね」



 そう宣言するが、まだ進みはしない。


 Fランクくらいのダンジョンであれば。

 道順は正直、暗記でも対応できる。


 だがこれは。

 記憶力を問うための試験では、もちろんないのだ。

 


「“左”っと――」



 常備している紙のメモ帳を取り出し、ボールペンで選んだ道を書き込む。

 大雑把だが、簡易のマッピングだ。

 


「よいしょっ――」



 次に、中古の剣を鞘から抜き出す。


 選ぶ左の道。

 その壁面に、剣先で大きく(マル)を書く。

 

 反対の道にも近寄る。

 進まない右の壁へは×(バツ)と記した。

 

 本来はどっちかだけで減点は避けられるのだが。

 両方やっておくことで、試験官の心証が少しでもよくなれば儲けものである。


  

「では行きましょう」


「わかりました」

 


 野田さんがボードへ書き込む動きもスムーズだ。

“いいねぇ~。わかってるな、この受験者は”という雰囲気を、ヒシヒシと感じる。

 それが西園寺にも伝わるからか、とても感心したような眼差しで俺を見ていた。 

 

 ふふっ。

 感心通り越して、尊敬しちゃってもいいんですよお嬢さん?


  

◆ ◆ ◆ ◆



 そこからも順調に洞窟の先へ進む。

 5分ほどすると、モンスターと遭遇することができた。 



「KOBOOO!!」   

 

 

 青黒い体毛をしたコボルトである。



「モンスターと接敵しましたね。では雨咲さん。戦闘するかどうか、判断してください」



 野田さんから指示が出る。


 確実に合格したいと思うなら、倒して加点を狙うのが王道だろう。

 実際【マジックショット】のスキルだってあるし。

 コボルト相手なら、戦闘したとしても負ける気はしない。

  

 だが――



「――勝てないので、撤退します」



 迷うことなく、野田さんにそう返答した。

 


「ほう。……わかりました」



 一瞬だけ、野田さんの瞳が驚いたように動いた。

 だがすぐにその波は抑えられる。


 

「えっ……」



 西園寺にいたっては、明らかに疑問に思ったような顔だった。

 そりゃ一緒に倒したことがある相手だもんね。


 だが口は挟まず、出される指示に従ってくれている。

 


殿しんがりするので、その隙に後退してください」



 相棒の木盾を構えて、コボルトに相対した。


“俺のことは置いて先に逃げろ!!”の丁寧バージョンである。

 あるいはその亜種・異訳として“ごめん、同窓会には行けません。今、ダンジョンにいます”でも可。


 俺の作る隙も、きっといつか西園寺の試験に役立つから……。



「気を付けてね、雨咲君!」

  


 西園寺、試験補佐官の女性はともに、俺とコボルトから距離を取る。


 次に野田さんが後退する動作を見せた。

 だがそこまで俺とコボルトから離れていない位置で立ち止まる。

 ……まあ試験官だから当然か。

        


「KOBOR,KOBOBO!!」 



 ナイフで突いてくるコボルトの攻撃を、何度も盾でいなす。


 単調で、腕力でも上回っており、対応するのにほとんど苦労しなかった。

 思わぬところで“筋力値”の成長を実感する。



「後退が完了しました。雨咲さんも撤退してください」



 野田さんからOKサインが出たので、ありがたく撤退させてもらうことにする。


 ただし、未だ攻撃の意思がえていないコボルトを何とかしなければならない。

 なのでコボルトにあえて命中しない、足元辺りを狙ってスキルを発動する。


 

「――【マジックショット】!!」

  

 

 地面に衝突した魔力の塊が、良い感じに土煙を発生させる。

 コボルトの視界を一時的に奪い、なおかつ牽制にもなった。 

 それを確認し、俺もさっさと撤退させてもらう。

 

“いや【マジックショット】あるなら倒せたじゃん”という幻聴が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。

 難聴系主人公スキル。



「お疲れ様でした」


 

 野田さんが優しい笑顔で出迎えてくれた。

 どこかその笑みに“いや全然勝てたでしょ、君”という含みがあるような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 鈍感系主人公スキル。

 

 

「――では最後。西園寺さん、ですね。モンスターと接敵するまで、先導をお願いできますか?」

 


 そして3番目、西園寺の順番がやってきた。



◆ ◆ ◆ ◆



「“モンスターと接敵するまで”……――あっ、はい!」

     


 野田さんの言葉に何か引っかかったように。

 西園寺はそのワードを繰り返した後、チラッとこちらを見た。


 だがもちろん、俺は何も知らぬ存ぜぬを貫き通す。

 

 ……すまない、西園寺。

 ちょうど今、2時間くらい前までの記憶が消し飛んじゃったんだ、俺。


 ――よし、坂本君。一緒に試験、頑張ろうな! 


 えっ?


『2時間前は“坂本君の名前”はわかってないはず』?

『“016番君”って呼んでただろ』って?  


 ……うっ、頭が、割れそうだ!?



「あの……モンスター、見つけました」



 西園寺は、遠慮がちな声と表情で告げる。

 

 西園寺にバトンタッチしてから、殆ど時間を置かずして。

 俺たちは、1体のコボルトを視界に収めた。


 ……そう。

 さっき俺が相手していたコボルトと同個体である。



 このFランク試験は、個々の冒険者としての実力を測るためのものだ。

 それぞれの受験者の試験は独立していて、他の受験者に有利・不利を与えるものではない。



 ――ただし、それは試験の点数についての話である。


 

 仮に俺の受験番号が一番若かった場合。

 坂本君が俺の行動を見てマネしたとしても、それは何ら不正扱いにはならない。

 ……もちろんその仮定の場合は、坂本君にマネされるのは嫌だから何か一計を案じていただろうが。

  


 それと同様に。

 俺が戦闘しないことを選び、その後の人がすぐにモンスターと遭遇することができても。

 それはその受験者の“幸運”ということで処理される。

 

 不確実さが支配するダンジョンという場では。

 運も実力の内ということだ。


 ……つまり坂本君の数字が一番若かったのも、不運ということですなぁ。

 あれは悲しい出来事じゃった。

 遠い目。

 

 そしてFランク試験は基本、減点方式である。

 幸運にもモンスターと早期に出会えた受験生は、減点される機会が他より相対的に少ないため、合格しやすいというわけだ。

 羨ましいなぁ~。


  

「……そうですね。では、西園寺さん。戦闘するかどうか、判断してください」


 

 野田さんの指示に、坂本君や俺の時にはない間があった。    

 含みを持たせる大人の表現方法、渋いぜ野田さん!

 

 俺も野田さんみたいに意味深な間を作れる大人になりたい。

 そして俺の目指す不労所得生活にも深い深い意味があるのだと、実力者ムーブとして勝手に誤解されたい。

  


「えっと。はい、戦います」

  


 西園寺も何か言いたそうではあったが、判断自体は早かった。

 戦闘を宣言すると、すぐに切り変えて片手剣を構える。

 

 

「わかりました。ではどうぞ」 

 

  

 一歩下がった野田さんや補佐官の女性。

 それに倣い、俺も西園寺から距離を取る。


 西園寺はそれを確かめた後、スキルを使った。

 しかも俺とは違い、ちゃんと倒すことを目的とした攻撃である。



「――【ホーリーショット】!!」



 突き出した剣先。

 その前に、眩い光球が出現した。

 

 周囲を明るく照らす光は、コボルト目掛けて直進する。



「KOBOBO!?――」



 光球は逃げようとして背中を向けたコボルトを。

 貫くように、そのまま通過する。


 頭と胴体を瞬時に失ったコボルトは、そのまま粒子となって消滅した。

    

 

「――試験はこれにて終了です。お二人とも、お疲れさまでした」


 

 優しい笑顔の野田さんにそう促され、俺たちはダンジョンを後にするのだった。

 


◆ ◆ ◆ ◆

 

【冒険者 Fランク試験 合格者発表】


0923001  0923011 

0923002  0923012    

0923003     

0923004  0923014  

0923005  0923015 

         

0923007  0923017

0923008  0923018

0923009  ・

0923010  ・


― ― ― ― ―



 ギルド会館に戻ってきて。

 アナウンスされた時間に、電光掲示板で合格発表があった。



「やった、雨咲君! 私たち合格だよ、合格!」

 

 

 西園寺は先に番号を見つけたらしく、俺の合格をも伝えてくれた。

 飛び跳ねんばかりに喜ぶ西園寺を見ると、俺も嬉しくなってくる。

 


「まあ、途中で強制終了にならなかったら、普通は受かってるからな」 



 えっ?

“016番”?

 

 ……何のことかわかりませんね。

 暗号か何かですか?

 

 坂林……坂森君、だったっけ?

 大丈夫、君のことは忘れてないよ。 



『――1時間後、Fランク資格証の交付手続きを行います。Fランク試験に合格した方は手数料を持参の上、窓口までお越しください』



 再びアナウンスがあった。

 新しい資格証の交付まで、小休止を取れそうだ。



「ちょっと遅いけど、お昼食べよっか。私もうお腹ペコペコで。えへへ」



 照れ笑いしながらおへそ辺りをなぞる仕草で、西園寺は空腹を訴える。

 欲求に素直な西園寺もこれまた可愛い。

 グヘヘ、体は正直だからな!



 西園寺の提案に賛成し、近くにあるコンビニへ。

 お昼時を過ぎてしまっているからか、お弁当やおにぎり類の棚は空っぽだった。


 

「あっ、雨咲君、パンあるよパン! 私、菓子パンにしよ~っと!」


        

 西園寺は嬉しそうに、クリームパンとあんぱんを手に取る。  

 それを横目で見ながら、俺も残っていた総菜パンを3つカゴに入れた。  

 

 それぞれ飲み物も選び、会計を済ませる。

 会館へと戻り、フリースペースへ。 

 そこで並んで座り、買ってきたものを取り出した。 


 

「――それじゃ、改めて。試験お疲れ様、雨咲君」    



 西園寺は、午後に相応しい紅茶を手に持つ。

 そして何か俺のアクションを待つように、ストローの刺さった紙パックを小さく揺らした。



 あ~これは……。



「……へいへい。お疲れさん」



 カフェオレの入ったペットボトルを持ちあげる。

 そして西園寺の持つ紙パックに打ち合わせるように、殆ど力を入れずゆっくりと触れた。



「いえ~い!」



 気の抜けたような、でも西園寺らしい乾杯の声だった。

 そんな可愛い合図で、遅めの昼食を食べ始める。      


 

「はむっ、あむっ、もぎゅ……」


 

 しばらく、お互い無言で食事を進めた。


 コロッケパンを食べ終わり、焼きそばパンの袋を開ける。 


 若干喉のつまりを覚え、カフェオレでゴクゴクと流し込む。

 咀嚼そしゃくしきらなかった食べ物が胃に流されていくと同時に、新鮮な空気の通りを感じた。


 ふぅと一息吐き出す。

 するとタイミングを見計らっていたのか、西園寺から声がかかった。



「――えと、雨咲君。ありがとうね」 

 


 西園寺は、食べかけのクリームパンをそっと口元から離す。

 改まったような雰囲気と言い方で、流石に何のことかを察した。



「な!? やっ、やらんぞ! この焼きそばパンは! 俺は、どんな脅しにも屈しない!」

       

 

 まるで我が子を抱き守るように、西園寺から焼きそばパンの距離を取る。



「いらないよ!? 私“おうおう、雨咲君、売店で焼きそばパン買ってこい!”って言うヤンキーさんじゃないからね!?」



 ヤンキーモノマネの西園寺、背伸びチョイ悪な感じで超可愛い。

 ダボっとした学ラン着て背中に“夜露よろ死苦しく”って刺繍ししゅうつけてて欲しい。



「そうじゃなくって! ……試験のこと。モンスター、倒せたのに。私のためにあえて倒さなかったんだよね?」    



 疑問を尋ねるような言い方。


 だがすでに本人の中では答えが出ているかのような。 

 そんな、確信を持った声音だった。

  

 ……あ~。

 まあ、流石にあれはわかるか。

  


 そして。

 やはり、言葉での回答を求めていなかったというように、西園寺はクスりと笑う。

 


「ふふっ。今の雨咲君の反応でわかりました。――改めてありがとう雨咲君。おかげで試験、凄く助かりました」



 パンを手に持ったままペコリと頭を下げる西園寺。



「うぃ~」



 それに対し。

 別に感謝を求めてやったわけではないと、いつも通りに軽く応じたのだった。



  

 

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