第14話 【ヒール】の効果をお互いに試し合っちゃえばよくない?
「……えっと。雨咲君に【ヒール】、試してもいいかな?」
【調教ツリー】を解放した余韻が残る中。
西園寺は拘束による羞恥心や顔の赤さを誤魔化そうとするように、話題を変えてきた。
「そりゃいいけど。……でも俺、治療してもらうようなケガとか無いぞ?」
これは、西園寺の恥ずかしがっている姿が可愛いからイジワルしてる、とかではもちろんない。
本当に無傷で。
スキルで回復して欲しいと思うほどの外傷を負ってないのだ。
「そうだよね……。でも実戦で使う前に一度試しておきたいんだけど。う~どうしよう」
俺に返答を求めてというよりも。
独り言をつぶやくように、西園寺は可愛い唸り声を出していた。
その悩みも理解できたので、何とか力になれないかと考える。
「……ケガじゃなくてもいいか? しいて言えばだけど、喉がちょっと痛いかな」
あなたの不調はどこから?――私は喉から。
さっきのゴブリン戦の時、大声出しちゃったしね。
ボッチは会話機会も少なければ、大きな声を使うことなんて年1回あるかないかレベルだ。
なので若干だが、喉全体がじんわりと痛い。
それをわかりやすく示すように。
首元を右手でつかみ、揺らしてみせる。
「あ~」
西園寺はそれだけで理解したというように、うなずいてくれる。
そして近づき、自然な仕草で、俺の首筋を心配そうにそっと撫でた。
「……そうだよね。雨咲君、凄く声、張ってくれたもん。ゴブリンのヘイトを、できるだけ私から逸らそうとしてくれたんだよね?」
繊細で大事な物に触れるように、その手つきはとても優しかった。
グローブのサラサラとした生地が合わさり、とてもくすぐったい。
「うっ、くっ……」
その細い指先が喉仏に触れ、思わず変な声が漏れ出てしまう。
「あっ! ご、ごめん、痛かった!? 男の子の触るの、初めてだから……」
西園寺は火に当たってしまったみたいに、ビクッとして手を引っ込める。
申し訳なさそうに眉を寄せる西園寺はとても可愛らしかったが、正直それどころではなかった。
――あれ? 俺、西園寺に今エロいことしてもらってるんだっけ?
西園寺も西園寺で無自覚なんだろうけど。
ワードチョイスがよくないと思うんだよ。
はぁ~。
「大丈夫、ちょっとくすぐったかっただけだから。……じゃあ【ヒール】、頼めるか?」
改めてそう伝えると、西園寺に笑顔が戻る。
「うん! えっと。初めてだから、ちょっと緊張するけど、頑張るね!」
……やっぱ西園寺のワードセンスが有罪だったな。
「――【ヒール】!」
まるで局所的な霧のように。
西園寺の両手の周りに、淡い黄緑色の魔力が宿った。
その手がそっと近づくと、首付近がじんわりと温かくなる。
心地よい熱が徐々に浸透し、イガイガとした喉の痛みが引いていった。
「ど、どうかな?」
西園寺が手を遠ざけ、恐る恐る状態を聞いてくる。
試しに何度か声を出してみるが、喉にあった不快感は綺麗さっぱりと消えていた。
「うん、バッチリ治ってる。ちゃんと効果が実感できた」
【ヒール】は今後、西園寺が冒険者活動をしていく上で、間違いなく武器になるだろう。
「そっか! よかった……」
お世辞でなく本心からの言葉だとわかり、西園寺もホッとしていた。
お試しとはいえ治療してもらったため、ちゃんと礼も言っておくことに。
治った喉でしっかり声も震わせ、一芝居入れることも忘れない。
「ありがとうございます、西園寺先生……! このご恩は、一生、一生忘れません!」
「私、雨咲君の命救ったレベルで感謝されてる!? そんなに恩着せがましくないって!!」
普段のおふざけとは立場を逆転され、西園寺は可愛らしくあたふたしてくれたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
[ステータス]
●基礎情報
名前:雨咲颯翔
年齢:17歳
性別:男性
ジョブ:ヒロインテイマーLv.2
・
・
・
●能力値
Lv.2→Lv.3 New!!
西園寺に遅ればせながら、レベルが上がっていた。
ゴブリンを倒した時にはまだLv.2だったため、【ヒール】の【調教ツリー】を解放して上がったんだろう。
ステータスのレベルアップに最も影響するのは、もちろんモンスターを倒すことだ。
だがそれが最も有名かつ一般的であるというだけで。
スキルを使ったりすることでも、経験値が得られることは知られている。
「よしよし……俺の“保有調教ポイント”も300になってるな」
元から持っていた100に、ステータスのレベルアップで得られた200ポイントがちゃんと加算されていた。
これでまた【調教】スキルか、【従者果実】の拡充ができる。
[従者果実 収穫画面]
保有調教ポイント:300
●西園寺耀 果実一覧
・
・
・
・
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・
〈ジョブ 果実2〉【セカンドジョブ 経験点小】
必要調教ポイント:200 収穫日数:1日
〈ジョブ 果実3〉【ヒロインヒール 経験点小】
必要調教ポイント:100 収穫日数:1日
〈調教 果実1〉【調教ポイント 経験点20】
必要調教ポイント:50 収穫日数:1日
― ― ― ― ―
【従者果実】の項目がまた2つ追加されていた。
西園寺が【調教ツリー】で【ヒール】、そして【調教Lv.1】を解放したことに対応しているのだろう。
「【セカンドジョブ】の果実、欲しいけど200ポイントかぁ~」
今の手持ちが300ポイントなので、計算上どうしてもどれか1つは果実を収穫できないことになる。
200ポイントとはつまり、保有調教ポイントの半分以上だ。
ちょっと使うのに躊躇するレベルである。
「……【セカンドジョブ】以外の2つにしよう」
“半分”ってことでいうと。
【ヒロインヒール】と【調教ポイント】の果実2つを合わせると150ポイント。
今保有する300ポイントのちょうど半分だ。
150ポイント消費し、この2つの果実を収穫可能な状態へ。
そして――
「あの、西園寺。【従者果実】なんだけど……」
「あ、えっと……はい」
改まった呼びかけをすると、西園寺はそれだけで察してくれたようだ。
サッと顔を赤らめ、手を後ろに組む。
そうして恥ずかしそうに目をつむった。
キス待ちっぽい顔、可愛すぎかよ。
……いや、キスしないけどさ。
【従者果実】の収穫は、今の内にしてくれということらしい。
すいません、西園寺先生……!
このご恩は、一生忘れません!!
[ステータス]
●基礎情報
名前:雨咲颯翔
年齢:17歳
性別:男性
ジョブ:ヒロインテイマーLv.2
・
・
・
●能力値
Lv.3
HP:11/11→12/12 New!
MP:11/11→12/12 New!
筋力:6→7 New!
耐久:5
魔力:6→7 New!
魔耐:5
敏捷:5
器用:5
●スキル
【調教】
■調教スキル
【テイム】
【調教ツリー】
【従者果実】
【調教才能Lv.1】
【ヒロインヒールLv.1】 New!!
【マジックショットLv.1】
真っ赤になった西園寺を思わせる、いちごミルク味の甘酸っぱい果実を口にし。
能力値のバーが再びMaxまで届き、各値が1ずつ上昇した。
【マジックショット】のスキルはようやく40%くらい貯まった感じである。
そして今日、初めて収穫した【調教ポイント 経験点20】。
これは何と、経験点の数がそのままポイントになった。
つまり毎日20ポイント、調教ポイントが得られるということである。
だから今、170ポイント保有中だ。
収穫可能にするのに50ポイント必要だったため、3日で黒字になる計算である!
西園寺先生……このご恩は以下略。
◆ ◆ ◆ ◆
[調教スキル 能力UP画面]
“調教スキル:ヒロインヒールLv.1 ※取得済み”
対象者を治癒する魔法を使えるようになる。
従者に対して使用する場合、治癒の強化と、疲労回復の追加効果が発生する。
対象の調教Lv.が高いほど、治癒と疲労回復の効果が増加する。
保有調教ポイント:170
必要調教ポイント:――
指導 負荷 …… 調教ツリー○……調教才能Lv.1○
・
・
・
【ヒロインヒールLv.1】○
― ― ― ― ―
最後、西園寺が習得した【ヒール】に対応する【ヒロインヒール】のスキル。
これは【マジックショット】の時とは異なり。
経験点が倍になる全穫状態でなくとも、1度の収穫でスキル習得をすることができた。
スキルの習得よりも、Lv.1→Lv.2へと成長させる方が必要となる経験点が多いらしい。
「……西園寺。俺もちょっと特殊な【ヒール】系のスキルを使えるようになったんだが」
すでに顔から赤さが引いていた西園寺は、その報告を我が事のように喜んでくれた。
「本当!? やったね、雨咲君!」
そこに妬みや嫉みの感情などは一切なく。
純粋に俺の成長を祝福してくれているのだと伝わってきた。
西園寺の穢れなさや真っすぐさ、そして優しさが素直に嬉しい。
それに少しでも報いてあげたくなる。
「どうやら従者に使うと疲労回復の効果もあるらしい。だからケガがない場合でも使えるスキルなんだけど……」
「お~! ……雨咲君、それ、無料体験会ってやってますか!?」
俺の意図を先読みしてくれたように、西園寺から提案してくれた。
少し茶目っ気ある感じなのも多分、西園寺なりの気遣いだと思う。
「もちろん。ちょうど無料モニターを1名募集中だったところだ。……西園寺先生。やっと、やっとあの時のご恩をお返しできる時が来ましたね!」
「あはは。ついさっきのことだけどね。……あの時助けた相手に、今度はワシが救われるのか。これほど嬉しいことはないのう。フォッフォ」
“西園寺先生”は長老的な設定だったらしい。
存在しない豊かな顎髭を、嬉しそうに撫でる仕草をしている。
サンタクロース的なモノマネをする西園寺も、それはそれで可愛かった。
「疲労回復かぁ~どこがいいかなぁ? ……やはり腰かのう? 年には敵わんのじゃ」
すぐには試したい箇所を思いつかなかったらしい。
モノマネのイメージに引っ張られたように、可愛らしく腰をトントンと叩いた。
「【調教Lv.】もあれば、より効果が上がるらしい。だから、実感はしやすいと思う」
西園寺の背中側に回りつつ、【ヒロインヒール】の効果説明をする。
西園寺も施術しやすいようにと、神官ローブ風の上着を脱いだ。
下は黒いアンダーの薄着姿で、脱ぐ前とのギャップにドキッとする。
「……えと、じゃあ、お願いします」
改まった西園寺はこれまた俺に気遣ってか、腰まで届く長い髪を少しずらしてくれた。
フワりと良い匂いが香り、綺麗な白いうなじが覗く。
ずっと見ていたい誘惑にかられるが、それをグッとこらえた。
「おう――」
両手を前に突き出し、【ヒロインヒール】を発動する。
西園寺がやったのと同じように、手の周りが淡い黄緑色の魔力で覆われた。
ここまでは、普通の【ヒール】と変わらない。
従者以外に使用する場合はこのままなんだろう。
その手を、ゆっくりと西園寺の腰に近づけていく。
すると西園寺に反応するように、魔力の色が薄桃色へと変わった。
【ヒロインヒール】の本領――つまり従者へ使用するため、このように変化したんだと思う。
そしてさらに、薄桃色だった魔力が。
効果の強化を表現するように、濃いピンクへと変色する。
明確に切り替わったので、とても分かりやすかった。
今のが多分、【調教Lv.1】による効果増幅のはずだ。
濃いピンク色をした魔力のミスト部分が、西園寺の腰に触れる。
手は直接タッチしていないが、これで【ヒロインヒール】の効果を感じられるはず――
「――ひゃっ、あんっ!」
雷に撃たれたかのように、西園寺の腰がガクッと動いた。
口からも、普段聞かないような上ずった声が漏れる。
「だ、大丈夫か!?」
思わず手を引いたが、西園寺は首を縦に振って無事を伝えてくる。
「う、うん。ちょっとビックリしちゃっただけ、だから。大丈夫、大丈夫だから……」
しきりに大丈夫だと強調する西園寺。
しかし、その声はなんだか色っぽく、いつもよりも余裕なさげに聞こえた。
「そ、そうか? なら続けるが――」
再び手を、西園寺の腰に接近させる。
「っ~~!!」
途端に西園寺から、声にならない声が出てきた。
甲高く、喉の奥から絞り出しているような音。
「んっ、あっ、あっ、ダメっ……」
そして西園寺はそれを必死に我慢しようと、両手で口元を覆っている。
だが異性を誘うような甘く魅惑的な声が、どうしても隙間から漏れ出ていた。
またダメとは言いつつ、本能的に【ヒロインヒール】の強い癒しを求めるように。
ピンクの魔力から遠ざかってはまた近づいたりと、西園寺は無意識的に腰の小さな前後運動を繰り返している。
その姿はとても淫靡的で、まるでいけないものでも見ているような強い背徳感を覚えた。
さらにそれが。
清楚で穢れない西園寺だということが、より異性の本能を強烈に刺激したのだった。
「お、終わったぞ、西園寺。……本当に大丈夫か?」
感覚的にこれ以上の【ヒロインヒール】が不要だと分かり、両手に宿る魔力を収める。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
だが終わっても、西園寺はまだ呼吸荒く。
色っぽい吐息が続いていた。
余裕もなさそうで。
俺の声が届いているのか、すぐにはわからないほどである。
「……う、うん。あり、がとう、雨咲君」
だがちゃんと聞こえていたらしく、反応が返ってきた。
「疲れは、ちゃんと、本当に、取れたから。凄く、上手なマッサージを受けたみたいで、だから、変な声が、出ちゃった、だけだから」
言葉も切れ切れで、あまり整然とはしていなかったが。
一応、西園寺の言うことは本当らしい。
……つまり要約すれば。
“必死に我慢してもエッチな声が出ちゃうほど、【ヒロインヒール】が凄く気持ち良かった”ってことでOK?
【ヒロインヒール】。
治癒の効果以外に、とんでもない追加効果を持ってやがったぜ……。
その後は予定を急遽変更。
本日の探索を切り上げ、ギルド会館へと戻ったのだった。




