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秘密の共犯  作者: 京泉


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3/6

含み

 午前零時を少し過ぎたころだった。

 理沙はベッドの上で、ぼんやりとスマホの画面を見ていた。

 通知はもう来ない。

 既読の文字も、真帆のスタンプも。


 窓の外では、都会のネオンがかすかに瞬いている。

 その光の粒を見ながら、理沙は小さく息を吐いた。

 あのメッセージ──どうしても気になって眠れない。

 「あの頃にはもう戻れない」それはただの酔いどれた言葉なのか、それとも。


 彼女の文体はいつも軽やかだった。

 語尾に絵文字をつけて、語るように笑う。

 けれど、あの一文には笑いがなかった。

 まるで、何かを言い残していったような。


 理沙は、机の上に置いたライブチケットの半券を見つめた。

 「SLEEP RAIN」と印字された文字が、なぜか滲んで見える。


──失わないと信じていた。失っていることから目を逸らし続けていた──


 歌詞の一節が、ふと脳裏に蘇る。

 真帆の横顔は確かに笑っていた。

 けれど、その奥にあったものを、理沙は何一つ見抜けなかった。

 何かを決めた人間の顔を。


 翌朝、目を覚ますとスマホには未読のままのトーク画面が開かれていた。

 朝のニュースでは交通事故がトップに流れていた。

 理沙は何気なく聞き流していた──最初は。


「⋯⋯昨夜二十三時頃⋯⋯県⋯⋯市の交差点で乗用車が、ガードレールに衝突横転⋯⋯運転していた男性と同乗の女性が病院に搬送──」


 その言葉に、理沙の指が止まる。ニュースが告げた県と市は真帆が住んでいる所だ。

 「同乗の女性」に心臓の奥が、冷たく掴まれたように痛む。

 まさか、と思う。

 ニュース映像には黒い車体が映っていた。

 車種もナンバーもはっきりとは見えない。

 けれど、胸の奥で何かが警鐘を鳴らした。


 戻れない──その言葉が理沙の頭に再び浮かぶ。


 理沙は慌ててスマホを開く。真帆のトーク欄。メッセージをもう一度開く。

 昨夜と変わらず、既読はついていない。

 電話をかけるか迷って結局、指が動かなかった。


 もしも、何かあったのだとしたら。

 もしも、あのメッセージが最後だったとしたら。

 そのとき、自分は──何を知ることになるのだろう。


 それから数日後、ニュースは続報を流した。

 事故はブレーキの不具合によるものと見られるという。

 運転していた男性は足に重傷を負い、同乗していた女性は命こそ助かったものの、全身に麻痺が残るという。


 理沙はテレビの音を消した。

 唇の内側に血の味が広がる。

 画面には、モザイクのかかった車体と、白い布がちらりと映った。


『あの人『家族を守るために働いてる』って言えば、なんでも許されると思ってるみたい』


 記憶の底で、真帆の笑い声が遠のく。

 誰も知らない夜のメッセージが、心のどこかで錆びついていく。


 やがて、真帆のSNSは更新を止めた。

 理沙のメッセージにも返事はない。


 そして、さらに十年が経った。


 理沙は時々思い出す。

 あのライブの帰り際、真帆が言った「また、会いたいな」という言葉を。


 確かな約束ではなかった。

 でも、たしかに未来を指していた。

 その声音には、願いのような、祈りのような響きがあった。

 その言葉だけが、十年という時間の中で薄れずに残っていた。

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