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秘密の共犯  作者: 京泉


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1/6

変わらない日々

 朝、目覚ましの電子音が鳴る。

 同じ音。昨日と同じ時刻。いつもの布団の匂い。

 山崎理沙の一日は、いつもと同じ色で始まる。


 冷蔵庫から紙パックの牛乳を取り出し、パンを焼く。

 テレビのニュースキャスターが誰かの不正を読み上げる声を聞き流しながら、理沙はトーストにバターを塗る。その手つきにも、もう何の感情も宿っていなかった。


 窓の外では通勤の車が流れていく。

 平凡で、静かで、変化のない日々。

 けれど、理沙は時々──ふとした瞬間に胸の奥を冷たい風が抜けていくのを感じていた。


 置き去りにされたような感覚。

 何かを忘れてしまったような、あるいは、思い出さないようにしているような。


 会社では事務職として淡々と働いている。

 電話を取り、伝票を処理し、時々同僚とランチへ行く。

 何の問題もなく、誰にも嫌われず、誰の特別にもなれない。

 その「無風」こそが理沙にとっての平和だった。


 昼休みにスマホを取り出すと、タイムラインに「SLEEP RAIN再結成ライブ決定!」という文字が流れてきた。

 かつて短大時代に夢中になって追いかけたバンド。

 最後にライブに行ったのは──ちょうど十年前だった。


 その瞬間、頭の中にひとりの名前が浮かんだ。

 片桐真帆。

 短大時代、いつも隣にいた友人。

 卒業後に地元へ帰り結婚して子どもが生まれたという。

 十年間、年賀状や季節の挨拶だけのやり取りが続いていた。

 そこには毎回決まってこう書かれていた。


──またライブ行きたいね。


 理沙は、無意識に笑っていた。

 その一文を読むたび、遠い記憶の中で鳴るベースの音が蘇る。

 あの頃、二人で必死になってチケットを取った。

 会場で肩を組んで飛び跳ねた。

 青春の欠片が、そこにあった。


「⋯⋯十年か」


 呟いた声は、どこか乾いている。

 あの頃と同じ曲を、いま聴いたとして──自分は、同じように泣けるのだろうか。

 それとも、もう何も感じないのだろうか。


 バンドの再結成のニュースから数日、スマホにメッセージが届いた。送信者には見慣れた名前──片桐真帆。


「あのバンド、また動き出したね。理沙、まだ聴いてる?」

「もしチケット取れたら、行かない?」


 理沙の心臓が、ひとつ大きく跳ねた。

 指先が、かすかに震える。

 返信しようとして、文面を何度も打っては消した。


──久しぶりに、会いたいな。


 画面の文字を見つめながら、理沙は自分の心がわずかにざわついているのを感じた。

 十年という年月が、ほんの少し怖い。


 けれど、それ以上に──会いたいと思った。

 もう一度、あの頃の音の中に戻ってみたいと。


 その夜、理沙はベッドに横になりながら天井を見つめた。

 静寂の中で昔の真帆の笑い声がよみがえる。


『ねえ、理沙。人生って、思ったより単純なんだよ。欲しいものは、ちゃんと自分で掴みに行かなきゃ』


 その言葉が、やけに鮮明に蘇った。

 十年前の声が、まるで今も隣にいるように。


 理沙は目を閉じた。

 けれど、その胸の奥底には、ほんのかすかな違和感が残った。

 「あの頃の真帆」と「今の真帆」の間に、何か──小さな影のようなものがある気がしてならなかった。

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