94話 違和感
「うん、中々いい出来栄えだ。どうだ、董昭、似合ってるか?」
「……また朝臣達から目を付けられますよ。そういうのを悪目立ちというのです」
「良いじゃないか、目立ちたいんだから」
黒を基調とした戦袍に、綺麗にあしらわれた赤色の刺繡。
本当は黄色が良かったんだけど「五行変遷」の関係で、色々と五月蠅く言われそうなので断念した。
およそ戦場を駆けまわるのには不向きな、ひらひらと靡く西洋チックな軍服っぽい戦袍。
だがそれでいい。機能性よりデザインに重きを置いた仕上がりにしたかったからね。
まぁ、儒者達からは色々言われそうだな。風紀が乱れるとか何とかで。
とはいえ見た目が人に与える影響は大きい。やれることには全て手を出していこう。
「今、許チョに訓練させている士官候補生にもいずれこれを送る。あ、朱頼の分もあるぞ」
「な、なんと、一介の護衛兵たる私が殿と同じ衣など、あまりに恐れ多い!」
「良いから着てくれ。立派な体躯のお前がこれを着て、俺の隣に立つんだ。悪鬼も恐れて俺に近づかなくなる。勿論、お前のは動きやすい戦袍になってるから心配するな」
「ありがたき幸せに御座います。我が父も、泣いて喜んでくれるでしょう」
「あ、董昭のぶんも作ったんだけど」
「私は朝臣に睨まれたくありませんので、どうかご勘弁を」
「むぅ……」
金にがめついせいで既に睨まれてるくせに、変なところで取り繕う癖があるな、コイツは。
側近集団には出来るだけ同じ格好をしてほしいんだが、まぁ、いっか。劉曄は着てくれるかなぁ?
「それで出兵の詳細はもう決まったか?」
「はい。ですが、よろしいのですか、此度の戦に荀攸殿を連れなくとも」
「こればっかりは仕方ない。袁紹が公孫瓚を討ち、徐々に司隷や兗州の境に兵を配置している。いつ動いてもおかしくはない中で、留守を務めるべき軍師は必要だ」
「すぐに、戦に発展する恐れがあると」
「こればかりは曹丕と楊脩の交渉に命運を託すしかない」
ここで袁紹が問答無用で南下を開始することを、最も恐れないといけなかった。
故に都には戦術眼に長けた者を残さないとならず、軍師筆頭格である荀攸を残すことにした。
「だから董昭、お前が賈詡と戦うんだ。智謀の限りを尽くしてくれ。陳宮を手玉に取ったその頭脳に期待している」
「命を削って微才を尽くします」
「それで荀彧が提示してきた兵力だが、やっぱりこれ以上にはならないか」
「どう計算しても、兵力は一万余りが限度かと」
「少なすぎるな」
「精兵は呂布との戦いで多く失い、更には兵糧も不足しているために、迅速に数を揃えられないのです」
劉備や徐州の動向を見るためにも、青州兵と于禁は兗州に留めておかないといけない。
そのため、今回の出征で動かせるのは許昌の兵士と、降伏してきた元呂布軍がほとんどだ。
虎豹騎も虎士も再編中で、実戦での運用はまだ厳しいという話もある。
この編成で、今、脂がのりにのっている張繍軍と戦うってんだから、頭を抱えちまうぜオイ。
「え、勝てる?」
「うーん……」
「お前が悩んだらもう終わりだろこれ」
◆
血の臭いの濃い幕舎だった。上座に腰を下ろす張繍は、苛立ちからかどうも落ち着きがない。
戦線は優勢なものの、樊城と襄陽の守りは異様に固く、城攻めに慣れていない張繍軍は詰めの一手を打てずにいた。
「軍師(賈詡)殿、先の伝令で曹昂が動き始めたとの一報が入った。これ以上手間取ってはいられないぞ」
「申し訳御座いません。劉表の謀才を侮っていたせいか、城内の内通者探しに些か手間取っております。されど既に糸口は見つけております」
「よし。俺はどうすればいい」
「曹昂軍は内側が不安定かつ、各地に予備兵を割かないとならず、此度の兵力は僅かでしょう。そこで殿は、李厳将軍と共に宛城をお守りください。その間に、私は胡車児将軍、甘寧将軍と共に樊城および襄陽を落とします」
賈詡はいつものように落ち着き払って、的確な兵力や兵糧、軍備の配分までも説明していく。
だが、いつもであれば二つ返事で頷くはずの張繍が、目線を逸らし、甘寧の方へと向けた。
「甘寧、お前の意見はどうだ」
「わ、私ですか」
「そうだ」
「私は益州の出であり、西の政情を些か知っております。益州はかつて袁紹、曹操、劉表と通じておりました。願わくば、私は私兵と共に、夷陵の守りに付きたいと」
「将軍、物事には優先順位というものが御座る。今は劉璋如きに戦力を割くべきではない」
「軍師殿、今は、私が将軍に聞いたのだ。斯様に否定されては困る」
「……殿?」
軍営の空気に、皆が違和感を抱いていた。張繍は今まで良くも悪くも、賈詡の意見だけを聞いてきたような将軍だった。
それが自発的に広く意見を取り入れようとし、あの賈詡に釘を刺したのだ。小さくとも、深い、違和感である。
「李厳、お前はどうだ」
「恐れながら。軍師殿の策を疑うつもりはありませんが、あくまで戦の順序で申せば、樊城攻めに殿が居ないというのは兵の士気に関わるかと」
「……軍師殿、胡車児と李厳を宛城に向かわせるのでは、駄目か? 大将である俺が、一度始めた戦を手放すのは少し違う気がするのだ」
「殿が、そこまで仰られるのであれば」
賈詡はその場で深々と張繍に頭を下げると、張繍は少しばつが悪そうな表情を浮かべた。
そして違和感を断ち切るかのように、張繍はすっと立ち上がり、声を張る。
「胡車児! 宛城で曹昂を迎え撃て! 二度と歯向かって来ないよう、容赦なく殺せ!!」
「オウ!!」
「李厳、お前は胡車児を補佐しろ。宛城の軍務の一切を委ねる」
「御意」
・五行変遷
万物は火・水・木・金・土の五種類の元素からなるという自然哲学。五行思想。
古代中国で特に重視され、王朝の変移にもこの思想があてはめられた。
漢王朝は火徳(赤)を持つため、漢に代わる者として魏王朝は土徳(黄)を掲げた、みたいな。
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