表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/115

93話 王の道筋


 思えば屋敷に戻ったのは久しぶりのことであった。

 義母である卞夫人べんふじんや、弟の曹植と曹彰に、曹丕が無事であることを伝えると、皆がほっとした顔を浮かべていた。


 本来であれば故郷に戻って曹丕の世話をしたかったらしいが、未だ徐州の周辺は不安定なためどうしても許可できなかった。

 ただ曹丕はこの後すぐ、袁紹の下へ俺の代理として冀州に足を運ぶことになっている。


 そのことを伝えないといけなかったが、どうしても、自分からは言い出せなかった。

 ほぼ間違いなく曹丕は、冀州に赴けば賓客という名の人質に取られてしまうだろう。


 ようやく息子に会えると涙を流す卞夫人に、それを伝えるのは心が痛む。身勝手な自分に腹が立つほどに。

 その後は大叔父上や、環夫人と曹沖らにも会い、母上とゆっくりと食事を交わして、床につく。


「すまない。瑛さんが大変な時に、側に居ることが出来なくて」


「いえ、確かに心細かったですが、お陰で少し、整理がついた気もします」


 久しぶりに顔を合わせた袁瑛さんの顔には、僅かながら笑顔が戻っているように見えた。

 今までの生涯で、自分が信じてきた全てに裏切られたのだ。そのショックも大きかっただろう。


 薄い布団の中、袁瑛さんがもぞもぞと顔を寄せてくる。

 俺は手を伸ばして、彼女の顔を自分の胸に抱き寄せてみた。


「お義母様は、面白いお人ですね」


「なにかあったの? ちょっとあの人は、強情で怖いところもあるからなぁ」


「いつまでも暗い顔をしている私をしかりつけ、炊事や掃除など、色々と働かされました。でもそれが、少し嬉しかった。曹家に居場所が出来たようで」


「そうか、それは良かった。家のことはいつも母上に頼りきりだ。早く天下を安定させ、親孝行をしないと」


「そうですね。そういえばお義母様はいつも仰っていましたよ、孫はまだかと」


 跳ねあがった心臓の鼓動は、たぶん、袁瑛さんにも聞こえたのだろう。

 少し驚いた顔をして、すぐにニヤリと微笑んで、俺の顔を見つめてくる。


「どうせまたすぐ、どこかに行かれるのでしょう? 私を置いて」


「いや、まぁ、申し訳ないとは思ってるけど」


「それじゃあ、誠意を見せてくださいな。親孝行、私もしたいのです」


 また明日、朝早いんですけど。

 もしかして俺は屋敷でもおちおち休めない感じですかい?



 劉表からの書状を受け取ったは良いものの、劉備は未だにうんうんと悩み続けていた。

 確かに名目上は、孫策へ攻勢を仕掛けるのは問題ない。別に朝廷や曹昂に睨まれることは無いだろう。


 地盤が脆弱な今、敵はあまり作らない方が良い。今はまだ、曹昂との盟友関係は保持しておきたかった。

 それじゃあ何が問題なのか。単純な話、兵と食料が圧倒的に足りないのだ。それほど寿春の地盤は荒れていた。


「袁術の野郎め、何を考えてここを統治してやがった……」


「されど兄者、劉表は兵糧の供出と報酬を約束し、僅かながら物資もこの地に届きつつあります。直下軍のみであれば動かせるかと」


「そもそもだな、雲長。お前が早く袁術残党を劉勲からかっさらってきてくれてればさぁ」


「孫策が、あれほど早く動くとは思わなかったのです」


 逃げた袁術軍の残党も全て、孫策が先に手を付け、盧江郡の劉勲から奪い去ってしまった。

 こちらも迅速に関羽を動かしていたのだが、孫策の素早さはあまりに圧倒的であったのだ。


「それで、ウチの軍師様はどこに消えやがった!? 肝心な時に居ないんじゃ、犬の糞ほどの役にも立たないじゃねぇか!!」


「所詮、口先だけの啖呵自慢だったのでしょう。それに戦は我々の手でやるもの、部外者の助けはいりますまい」


「それじゃあ、駄目なんだよ。これからはさぁ」


「されど居ない人間を頼ってもしょうがないでしょう」


「……分かったよ。じゃあ、攻めてみるか。頼みの綱は徐州の陳登軍だが、動いてくれるかねぇ」


 そう言って劉備が重い体を起こした時だった。

 幕舎にウキウキの顔で飛び込んできたのは、新しく劉備軍の軍師となった「魯粛」であった。


 その性格は奔放で気まま。しかし間違いなくその頭脳には、天下の全容が刻み込まれている。

 癖の強い男だった。だが、それが故に劉備とはこの上なく波長が合うのだろう。


「ただいま戻りました、殿! いやぁ、大変だった!」


「連絡も寄越さずに何をしてた、この大うつけ」


「孫策を攻めるんだろ? そんな殿のために、厄介な人間を一人、消してきた」


「は?」


「名前は張紘。江東の二張の一人、孫策の腹心だ。朝廷に向かっていると聞き、道中で消した。孫策と曹昂の間を取り持つ役目を負った、俺の昔からの友人さ」


 魯粛が胸から取り出したのは、血に濡れた印綬であった。恐らく、張紘のものなのだろう。

 もう後には引けなくなったぜ、大将。そう言って口角を上げる魯粛に、関羽ですら畏怖を覚えていた。


「この男がいたら、孫策への攻勢は朝廷から邪魔される。だからそれを摘み取った。これで後顧の憂いはもうない」


「友であったのではないのか」


「殿を天下人にするために、俺は周瑜から離れた。もう覚悟は出来てるさ」


 魯粛と周瑜は固い絆で結ばれた友人という間柄であったが、魯粛はそれを断ってここに居る。

 常人が理解できるような話ではない。だが、だからこそ、魯粛は非凡な才を持つことを許されたのだ。


「ならば俺も覚悟を決める。教えてくれ軍師殿、どう攻めればいい」


「はっきり言うが、孫策と周瑜は戦の天才だ。あれに勝てる奴は今の天下に居ない。だから、直接の戦は避けるべきかな」


「……どういうことだ?」


「まぁ、見ててくれ。直に機が訪れる。その時に劉玄徳は、民の声に応じ、正義を掲げるんだ。王道を進み天下を取る。この戦はその第一歩になる」



・張紘

「江東の二張」として、張昭と共に孫策の腹心となった名士。

曹操と孫策の関係を取り持つべく、一時的に朝廷に身を置いて、孫策のために弁舌を振るった。

孫策の死後、孫権が曹操と関係を取り持てたのも、この張紘のおかげ。


---------------------------------------------------------


面白いと思っていただけましたら、レビュー、ブクマ、評価など、よろしくお願いします。

評価は広告の下の「☆☆☆☆☆」を押せば出来るらしいです(*'ω'*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ