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91話 徐州の統治者


「それで、朝廷の動きは」


「見事に劉表への同情心と、張繍への敵愾心で満ち満ちております。特に軍部は、夏侯惇将軍があの調子なので」


「張繍に最も痛い目に遭わせられてきた人だからな。にしても今はその時じゃないって、荀彧とは意見を合わせたつもりだったんだが」


「仰る通り、兵糧を賄いきれないのは確か。しかし、孫策まで動きました。事態は急を要します」


 許昌から小沛にまで急行してきた劉曄は、淡々と事態の緊迫さを物語った。

 曹丕の容体が安定してきて、ホッと胸を撫で下ろしたらすぐにこれだ。有給休暇制度は無いんですか?


「劉表にしてやられたな」


「清流派の八俊の一人です。私情で彼に同調する儒者は多い。加えて皆の張繍への恨みは根深いのです」


「表では高潔な儒者を装いながら、平然と漢室の祭祀を自分の手で取り行ったりもする。油断ならない野心家だよ、劉表は」


「如何なさいますか」


「お前の考えは」


「あえて劉表の思惑に乗ります。張繍が大きくなりきる前に、息の根を止めておかねば」


 言いたいことは分かる。分かるけど、劉曄は少し功を焦っているような気もする。

 栄達したいとか、そういう欲がある性格じゃあないんだけどね。


 しかし自分の才能に絶対的な自信があるというのが目に見えている。

 早く好敵手を相手に、その才能を存分に披露したいという思いがあるんだろう。うーん。


 タイプとしては、荀攸に似ている戦術家。そして謀略や政略にも通じている超ハイスペ。

 だけど、才を隠そうとするような重厚さが無い。切れ味が鋭すぎて扱いづらい刃物って感じなんだよなぁ。


「ひとまず都に戻るぞ。具体策は荀彧、荀攸、董昭、夏侯惇と共に決める。劉曄、お前もそこに加われ」


「御意。それと、殿のご要望通り、既に朝臣達への根回しは済んでいます。あとは殿の一声で開戦に動けます」


「え、頼んでたっけ?」


「楊彪および孔融の派閥の保守的な発言力を抑える。私に、そう任務を与えたはずでは?」


「あぁ、それね……え、仕事早くない? 何したの?」


「少し脅しているだけです。誰しも後ろめたいことの一つや二つ、持っていますので。流石に孔融のような頑迷な儒者には通用しませんが」


 もう危なっかしいよぉ、このお兄ちゃん。

 ホントに、育ってきた世界が違いすぎるぅ……



 反抗的な豪族らを抑え込み、賊徒も鎮圧し、ようやく徐州の安定に希望が見え始めていた頃。

 徐州統治において多大な功績と影響力を持っていた名士「陳珪」が、病に倒れた。


 もともと持病を患っていたらしく、ほっと一息をつけるようになった時に、その病魔が疼きだしたのだ。

 臨時で徐州統治の全権を預かっていた劉延はその一報を聞くと、急ぎ陳珪の見舞いに駆け付ける。


「これは、将軍。病床の上でのご挨拶、不躾で申し訳御座いませぬ」


「先生、お気になされますな。ゆっくりと養生してくだされ。まだ徐州は貴方を必要としているのですから」


 いつも気丈に笑うその老人の顔は、血色が悪く、精気が感じられない。

 とはいえまだまだ死ぬには早い年齢だ。劉延は目の前の現実に、思わず唇を嚙みしめる。


「若き頃に罹った流行り病のせいで、肺が悪くて、その苦労のせいか歳以上に老けてもしもうた、ゲホッ、ゴホッ」


「あっ、む、無理をなさらないでください!」


「お待ち、くだされ。話さねばならないことが、あるのだ」


 細い腕が劉延の衣服を掴んだ。陳珪はひゅーひゅーと荒い呼吸を繰り返し、静かに息を整える。

 劉延は近くに侍る典医に視線を移すも、典医は話を聞いてあげてくださいと言うように、小さく頷いた。


「落ち着いてください。私はここにおりますので、どうぞ、ゆっくり」


「徐州は、我が美しき、この故郷は、今や、大いに荒れ果てている。されどようやく、新たな希望も、芽吹き始めた。もう戦乱は起きてほしく、ない」


「ご安心を。司空は決して、徐州を蔑ろにはいたしません。この劉延の名に懸けて、徐州に戦は持ち込ませない」


「儂は曹子修殿と、初めて見合ったとき、実は、些か不安もあった。父君と比べ、全てに劣ると。されど、今は分かる。あの御方だからこそ、徐州を委ねられる」


 陳珪が言いたいことを、劉延も何となく分かっていた。

 確かに曹操に比べ、曹昂は突出した才も気力もない。しかし、それでいいのだ。


 この戦乱で突き抜けようと奮闘する者もいる。だがその他の大勢はもう戦乱に疲れ果て、そして飽きている。

 曹昂は何となくそれが分かっているように思えた。恐らく陳珪もそれを肌で感じ取っていたのだろう。


 突き抜けるものはない。だがそれでも、あの呂布に勝った。曹操の築いた地盤を、崩すこともなかった。

 信頼は、一つ一つ積み重ねていくものだ。曹昂はそのことを決して蔑ろにはしない。


「恐らく天下は、曹司空か、袁大将軍の、どちらかのものになる。そして儂は、まだ若き司空に賭けた」


「はい」


「惜しむらくは、その太平の世を見ることが、叶わないことじゃ。天命には逆らえん」


「気弱になられますな。まだまだ先生には生きてもらわねば」


「将軍、願いがある。この徐州を、誰に委ねるべきか。胸に、留めおいてくれ」


 もうそろそろ、劉延も杜襲も帰還しなければならない時期に差し掛かっていた。

 劉延は洛陽の守護に、そして杜襲は朝廷で荀攸の補佐に戻らないといけない。


 しかしまだ、正式に徐州の統治を誰に委ねるかを、劉延は決めかねていた。

 朝廷は劉延の推挙に従うとの意向を示すのみ。本当ならこの陳珪に委ねたいと、劉延は心の底では思っていた。


「聞きましょう」


「陳登には、委ねてはならない」


「……それは何故。先生のご子息では」


「奴は才がある。しかし相応の、野心もある。若く、野心があると、乱を望む。あれはそういう息子だ。今も、劉備に盛んに、擦り寄っておる」


「これ以上の乱を望まない先生からすれば、危険であると」


「そうだ。そして臧覇、あれは強かだ。我の強い私兵をまとめる力もある。奴無くして、徐州は治まらぬ、が、司空では恐らく、あれを心からは、従えられぬ」


 それは劉延も思っていたことだ。故に、迷いがあった。臧覇は乱で成り上がった叩き上げの豪族である。

 だからこそ力量に敏感であり、曹操ならばまだしも、曹昂に心から従うような人物ではないだろう。


「そこでだ、ひとり、推挙したい」


「誰を、でしょうか」


「兵糧担当官の、あの、気弱な大男じゃ」



・三君八俊

後漢末期、政権を牛耳る宦官勢力を「濁流派」と称し、自らを「清流派」と儒学名士達は呼んだ。

その清流派の中でも特に名高かった人材達を「三君・八俊・八顧・八及・八廚」とランク付けした。

劉表は八俊だったり八顧だったり八及に名を連ねてて、よくわからん。でもたぶん八及。


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― 新着の感想 ―
[一言] 陳登はなぁ…。陶謙没後ないし末期の時点で劉備を後釜にするためのロビー活動とか、呂布が徐州横取りするや朝廷(曹操)にそれとなくパイプ作ったり、色々と凄いからなぁ。 劉備も陳登を高く評価してたし…
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