表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/115

83話 英雄なき時代


 まさか、劉協が帝位に既に踏ん切りをつけているとは思わなかった。

 ただその生い立ちを考えれば、分からなくもない。そもそもあの青年は皇帝として生まれたわけではない。


 しかし不思議なことに、劉協を取り巻くすべての人間が、劉協を皇帝に押し上げようとしていた。

 そんな過酷な運命を押し付けられ生きてきたのだ。見えている世界もまた、俺とは全く違うものなのだろう。


「陛下が、禅譲を暗に仄めかしてきた」


「お受けされるのですか?」


「まさか」


 こういった話ができる人間はただ一人、不其だけだった。

 腕のない、怪しい占いをする巫女で、青州兵の精神的支柱である。彼女もまたなんとも不思議な運命にある人物だ。


「そのとき、陛下は仰った。新しい世を作れと。正直、俺がそんな器であるようには思えん」


「まぁ、先代と比べればどうしても見劣りしますよね。袁紹や劉備と比べても」


「正直だな」


「正直に言ってほしいから私をお呼びしたのでは?」


「そうだけどさぁ」


 不其は器用に足の指を使って、自らの占い道具の手入れをしていた。

 俺はただただその様子を見て頬杖をつくのみ。そしてたまに欠伸をかます。


「お前達が理想とする世は、儒教の無き世界であったな」


「そうです。正しくは、政治の中心に儒教を置くことをおやめください。曹昂様はそれをお約束くださいました」


「漢室四百年の歴史の中で、常に中核となり続けてきた儒教には限界が来ていると感じている。その代用を産むことが、俺の目指すべき道だ」


「なれば私達も、その覇業に手を貸しましょう。それで曹昂様は、帝位にもつかず、どのような新しき世を作られるおつもりで?」


「分からん。こういうのは歴史の流れで、大衆がどう考えるかで決まってくる。正解や間違いなど関係なくな。だが帝位にはつきたくない、あれは華美な生贄と同じだ」


 頑なに儒教を中心に据え続けるとどうなるか、その結果が史実における「西晋」の末路だと俺は思っている。

 儒学名士が強大な権力を握り、魏王朝を飲み込み、名士の代表格であった司馬氏が帝位についたのが「西晋」王朝だ。


 それが故にその国家制度も儒学に則ったものとなった。後漢の頃よりもさらに厳しく定められたうえで。

 別に儒学が悪だと言いたいわけではない。むしろ人々の倫理規範として重んじられるべきだとも思っている。


 しかし何事においてもそうだが、一つのものに固執するのもまた良くないという思いもある。

 時代は常に変化していく。その中で応変を怠れば、必ず滅びを迎える。そういう意味では儒学もまた応変を迎えなければならない。


「陛下が袁紹や劉備ではなく、何故、曹昂様に胸の内を開けたのか、少しは分かる気がします」


「聞かせてくれ。俺は全く分からん」


「私はたまに、曹昂様が二人いるように見えるのです」


「二人?」


「一人は、父の死にも動じず、冷酷な為政者としての責務を果たす、人間に絶望した目を向ける曹昂様。もう一人は、臣下に全幅の信頼を預け、家族を大切に思い、人間に希望を見出そうとする曹昂様。この相反した感情を持つのが、貴方なのです」


 普通、そのような分離した感情を持つ人間は、途中で気が狂ってしまったりするが、そういった様子もない。

 不其はそう呟きながら、なにやら物珍しいものを見るような眼を俺に向けてきた。


「資質の点で袁紹に劣り、器量の点で劉備に劣り、武勇の点で張繍や呂布に劣る。ですが、着実に戦に勝ち続けている。不思議でなりません」


「散々な言われようだが、まぁ、間違っちゃいない。俺だって不思議だ」


「このまま曹昂様が天下を取れば、数多の英雄が、凡夫に屈したということになります。英雄なき天下。まさしく陛下の言う『新しき世』に相応しいと思いませんか?」


 曹昂とかいう、史実では曹操を生きながらえさせる生贄に過ぎなかった人物が、天下を取る。

 袁紹や劉備や張繍や呂布など、数多の時代の英傑を押しのけながら、乱世を平定する。


 とてもじゃないが、英雄と呼ぶにふさわしくないような俺がだ。

 なるほど、確かにこれは「新しい時代」の形だろう。


「途方もない話だな。天下の平定だなんてのは」


「曹昂様がそう思っていても、時代は貴方を手放さないでしょう。御覚悟なさいませ」


「出来る限り足掻いてはみるつもりさ。どうせ一度は死んだ身だ」


「どうします? これから先の曹昂様の未来の易を立ててみましょうか?」


「もうお前には二度と易は頼まないよ。また殺されたらかなわん。こうして話し相手になってくれるだけで良い」


「ふふっ、それは残念」



・西晋

魏王朝の中で台頭してきた儒学名士「司馬懿」に連なる一族が建てた国家。

初代皇帝は司馬懿の孫である武帝「司馬炎」。武帝によって天下は統一された。

しかし武帝が崩御すると、司馬一族による泥沼の内乱「八王の乱」が発生。西晋滅亡の原因となった。


---------------------------------------------------------


面白いと思っていただけましたら、レビュー、ブクマ、評価など、よろしくお願いします。

評価は広告の下の「☆☆☆☆☆」を押せば出来るらしいです(*'ω'*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 漢→魏→晋と王朝の方針が極端から極端へ移っている印象はありましたが、儒教という観点からすればそうなりますか。 皇族に軍権を持たせて各地の王に封じたのは魏王朝の反動と考えていましたが、孝悌の心…
[一言] 儒教はまあ、国家の中枢におくようなもんじゃないしね。 と言うかなんで教団にしてしまったのか。 まあ儒教の歴史とか見てたら面白いですけどね。 同じ国家に害をなす存在でも宦官はダメで外戚はおk…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ