82話 大うつけ
民は、大手を振って迎え入れてくれた。主君である袁術が死んだというのに、まるでお祭りのような騒ぎでもあった。
袁術は飢饉に対する政策がことごとく裏目に出ていたというし、そんな中で税を取り立てるのだから、やはり袁術は民に恨まれていたのだろう。
寿春に残っていたのは、あらゆる家財が強奪された後の袁術の豪勢な宮殿のみ。
つい一月前までは恐らく煌びやかなものだったのだろうが、今となっては蝉の抜け殻のようにしか見えない。
「それで、関羽、これからどうしようか」
「民は既に我らの軍に平伏し、劉玄徳を殿様と呼んでおります。民に担がれた以上、居座るほかありますまい」
「寿春にある金目のものと食い物は、みんな袁術の残党軍が抱えて逃げ去っちまった。残ったのはこのでけぇだけの屋敷と、荒れ果てた土地のみ」
「いつもどおりではありませんか」
「だから嫌だって言ってんの! おい陳到! 残党はどこに逃げ込んだ!!」
「ハッ、斥候によれば盧江の劉勲のもとかと」
「関羽。この間、俺の下に来てくれた川賊の雷緒、陳蘭、梅乾と共に残党を追ってくれ。劉勲が歯向かうようなら、蹴散らせ」
「確か奴らは盧江の出身でしたな、良きご判断です。では直ちに向かいます」
あとは残った兵でこの屋敷を取り壊し、金になりそうなものは全て売り払い、米を買うしかないだろう。
これだけ土地が疲弊してるとなると税もあまり取り立てられない。急に嫌な疲れがどっと湧いてくるようであった。
これからの展望の話をしても、関羽や麋竺は、再び徐州に手を伸ばすべきと言うばかり。
確かに徐州の民は劉備の名を今なお慕っているし、徐州南部を握る陳登なんかは、水面下でしきりに誘いをかけてくるほどだ。
しかし劉備はどうにも気が乗らなかった。理由は分からないが、漠然とした不安が残る。
せっかく朝廷の監視下から独立できたのに、もっとこう、考えないといけないことがあるんじゃないかと。
「劉兄、急に呼び出してどうしたんだ。いや、まぁ丁度良かった。兄者に紹介したい人が──」
「なぁ張飛、どうして袁術はこんなものを建てたんだろうな」
「え、は? そんなこと言われても、生まれながらの貴族様の頭の中なんて知ったことかよ。それと同じように、袁術も民草の頭の中が分からなかったんだろう」
「お前は目の付け所が恐ろしく正直だな。馬鹿だが、その発想は関羽や麋竺には無いものだ。胸を張れ」
褒められているのか馬鹿にされているのかよく分からず、張飛はただただ難しい顔で首を傾げる。
劉備は頭の中のごちゃごちゃしたものを抱えながら、首を傾げる大男の肩を、その長い腕で抱き寄せた。
「教えてくれ張飛。これから俺はどうすりゃいい。関羽や麋竺は徐州に行けという。だが本当にそれでいいのか?」
「なんで俺にそんなこと聞くんだよ」
「お前の言葉は馬鹿にも分かりやすいからだ。徐州に行けば俺は、天下の主になれるのか? ん?」
こういう時の劉備は恐ろしいほどに素直だ。だからこそ危うかった。どんな提案でも二つ返事で受け入れてしまうからだ。
張飛は顔を赤く染めながら、必死に頭をあれやこれやと働かせるが、当然、明快な答えが出せるはずもない。
「んなこと言われても分からねぇよ。でも」
「でも?」
「また徐州に行って、次は何が手に入るんだ? 同じことの繰り返しな気がしないでもない」
「……お前は馬鹿だが、天下で最たる賢者ですらも敵わない頭脳の持ち主だな。流石は張飛だ、うん、恐れ入った」
兵士達もいる前で、まるで子供のように天才だ天才だと褒められてしまい、張飛は顔を真っ赤にして劉備の手を振り払う。
すると張飛はどすどすと足音を立ててどこかに走り去ったと思うと、何やら一人の男を連れて戻ってきた。
「劉兄に紹介したい男がいる! 賊徒だと思ったが、相当な手練れの私兵を持っていた奴だ。頭も良いらしい! 役に立つと思って連れてきた」
関羽に似た豪胆さをひしひしと肌で感じ、この自分が気圧されているのかと、劉備はその目を見開いた。
寿春には何もないと言ったが、劉備は胸の内でそれを撤回する。新しき地にはやはり、新しい発見があるものなのだ。
「名は何という!?」
「魯粛、字は子敬。ここらでは大法螺吹きだの、大うつけだのと呼ばれております」
「俺に仕える気はないか?」
「まずはかの有名な劉皇淑(劉備)が天下人の器量たるかを見極めさせていただきたい。この魯粛、天下人以外に仕える気はありませぬ」
魯粛、聞いたことのある名だった。たしか、元は徐州に居た富豪で、あの麋竺とも肩を並べるほどの家のものであったはず。
曹操による戦火で南方に逃れてからは、袁術、そして孫策に仕えたとされていたその男が、どうしてここに。
ただ、実に劉備好みの「異端児」の気風が魯粛にはあった。
絶対に逃すものかと、大きく腕を広げて、劉備は魯粛の肩を両手でがっちりと抑え込む。
「よく見極めてくれ。そのうち自ずと分かるはずだ、お前は俺に仕えるのだと」
「なるほど、面白いですな」
またひとつ、歯車は別の形に噛み合い、そして動き出すのであった。
・魯粛
富豪の家に生まれたが、若い頃から私兵を従えるなど危なっかしいことをしていたので「気違い」と評判になった。
周瑜が困窮していると、自らの米蔵を半分丸々供出し、恩を感じた周瑜と盟友の関係となる。
孫劉連合締結の立役者であり、魯粛の戦略を知った曹操は思わず筆を落として驚愕したとか。
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