80話 再編
荀彧は俺の隣に座りながら、書簡に筆を走らせていた。
「殿、まずは軍の再編からです」
「それじゃあ夏侯惇と荀攸に聞こう。軍の再編の概要はどんな感じだ」
重臣らを一堂に集めての会議。徐州の併合で色々と組織を整えないといけなくなったのだ。
この激務の連続が、俺の頭から悲しい現実をいくらか忘れさせてくれる。
「南の最前線には今、曹仁を主将に、楽進を副将として駐屯させている。あと、汝南の満寵が物資の不足を訴えてきているな」
「満寵将軍は張繍と劉備に左右を挟まれている状況か。あの地は豫州の要、出来るだけ将軍の要請は最優先で対応してやってほしいが、陳羣、どうだ?」
「戦が続き、物資の不足はどこも同じで余力はありません。最優先で回すという意向と、現状の物資の状況を満寵将軍には説明しておきます」
「任せるぞ。それで荀攸、呂布軍の再編は?」
「先の戦で虎豹騎、虎士共に大打撃を被っております。精兵たる彼らにはその穴を埋めてもらわねばならず、并州騎兵を張遼将軍、歩兵を変わらず曹性将軍に率いさせ、殿の直下軍に組み込みます」
「侯成将軍、この編成についてはどう思う。張遼と曹性にそのまま率いさせても心配はないか?」
「あの二人は生粋の軍人です。一度降った以上、組織に仇成すことはしないでしょう。ですが張遼将軍は些か扱いが難しいかと」
「ほう。どうしてだ?」
「良く言えば勇猛、悪く言えば猪突。戦術の理解を放棄する性質で、呂布軍でも遊撃部隊として扱われておりました」
これは少し聞いていた話でもある。
曹性は根っからの軍人で戦では扱いやすいのだが、張遼は同じ軍人気質でも、とりわけ癖が強かった。
簡潔に言うなら、馬鹿なのだ。攻撃命令が下れば、あとはもう己の本能赴くままに戦う。
敵を罠に嵌めるとか、戦略的に動くとか、そういうことが一切出来ないらしい。
「張遼を直下軍に組み込むのは、少し、厳しいかもな。荀攸、また別の形を考えてくれ」
「分かりました。あと徐州の統治に関してですが、現状、劉延将軍が臨時で指揮を執っています。ですが将軍には都の近くに居ていただきたいので、早急に代役を置きたく思います」
「候補は居るのか?」
「ついこの間、孔少府(孔融)の説得に応じ、王会稽太守(王朗)が朝廷に参内しました。徐州東海郡の出自を持ち、経歴や名声共に、彼が相応しいかと」
俺が徐州を平定するのと同時期に、江東では小覇王「孫策」が一気に勢力を広げていた。
王朗はその孫策に敗れ、朝廷に逃れてきた人物。史実で見れば魏王朝の重鎮と呼ぶに相応しい名士だ。
「だが、王朗をそこに置けば孫策との敵対関係は避けられない。しかも王朗は孫策に負けているんだ、気が進まない」
「では殿は誰が相応しいと」
「臧覇じゃないか? 徐州の有力者にも顔が広いし、それを束ね、軍を運用する能力もある」
「それは……」
荀彧や荀攸はやっぱり浮かない顔をしていた。それもそうだろう。劉備への対応が不安すぎるのだ。
もし劉備が独立を明らかにした際、親劉備派の臧覇もまたそれに乗じる可能性だってある。
ただ、俺はこう思っている。臧覇は果たしてそこまで劉備に忠義を尽くすような人物なのかと。
豪族の身分から一州を統べる立場となり、実力で言えば劉備に肩を並べるわけだ。史実でも臧覇は曹操に仕えたしね。
そんな状態で果たして臧覇は、こちらを裏切って劉備につくであろうか?
受けられる恩恵を考えれば、劉備の傘下に入る旨味はそこまで大きくはない。
「まぁ、その辺りは現地に居る劉延将軍に判断を委ねよう。今、最も徐州の内情を良く知るのはあの人だ」
「それは、そうですが」
「あとは兗州だな。董昭を都督の任から外し、郭嘉の後任に据えた今、代わりの都督が必要になった。さて、それをどうするかだが、于禁将軍はどう考える?」
「泰山郡の太守である薛悌、兗州の軍吏の筆頭格である王思、兗州の功曹で董都督(董昭)の補佐も担っていた毛カイ、などが候補に挙がるかと。いずれも家格の点で不安は残りますが、実績は十分であると思います」
「荀彧はどう思う」
「全権を握る都督の任を廃し、毛カイ殿を兗州刺史とし、軍権を薛悌殿に委ねるという形が最善かと。そして毛カイ殿の補佐に王思殿を置きましょう」
「分かった。であればそのように人事を変更してくれると助かる」
「御意」
あとはまぁ、親袁紹派の官僚達の地位をそれとなく上げていかないといけないという話もある。
今のこっちの陣営には正直、袁紹と戦えるだけの余力はない。どこまで譲歩できるか、精神のすり減る作業である。
まだまだ議題は山のように積もっている。病み上がりの体なのにね、俺。
とりあえず早急に、簡潔に。苦い茶を啜りながら、荀彧に差し出された新しい書類を受け取った。
・王朗
諸葛亮の悪口で憤死した人で有名。もちろん、この逸話はフィクション。
孫娘の王元姫は司馬昭の妻となり、晋の武帝「司馬炎」を生んだ。
儒学名士としての名声が高く、魏の重職を歴任した重要人物。
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