50話 荊楚の行方
数多の首級を掲げ、血にまみれた騎兵部隊が悠々と帰還する。
その先頭で馬に跨るのは「張繍」である。今この荊州の騒乱を巻き起こす、台風の目だ。
そしてその騎兵隊を出迎えるのは、そんな荒武者を支える智謀の士「賈詡」。
張繡の武、賈詡の知。その両輪が互いを支え合い、戦乱の世を駆け巡る。
「鮮烈なる戦勝にお祝い申し上げます」
「軍師殿! 貴方の推挙してくれた武人は皆、優秀だ。これならそれぞれに一軍を任せられる」
「左様でしたか。中でも特に殿の目を惹いた武人はおりましたか?」
「甘寧将軍だ。あの御仁の勇は、天下に並ぶものが居ないな」
やはり馬に跨り、戦場を駆ける張繍が最も活き活きとしていると、賈詡の目には映る。
涼州に生まれた武人の血が、そうさせるのだろう。兵の顔も勝利を前に喜色に満ちていた。
馬から降り、張繍は傍らの従者に武具を預け、賈詡の側へと駆け寄る。
常に二人は行動を共にし、その君臣関係はまるで水と魚のようだと、誰かが口にすることもあった。
「またしても軍師殿の戦略通りに事が運んでいる。劉表は今頃、城の中で怯えているだろうな」
「敵が城から出ないなら、城を攻めずに近隣の村や砦から略奪を行う。さすれば民を守るために敵が兵を向けるので、殿はそれを叩く。これを繰り返せば自ずと荊州は掌握できます」
「今や新野までこの手に収まった。劉表は確かに手強いが、野戦になれば負けはしない。ここからが正念場だな」
「はい、襄陽は目前です。ここを落とせば荊州は殿の基盤となりましょう。ですが油断は禁物です。劉表は無害な学者を装った、相当な食わせ者ですので」
「よく知っている。叔父上はその劉表に殺されたのだから」
そのためにも今は、とことん劉表陣営に張繍の武勇を見せつけないといけないと賈詡は考える。
僅かでも抗う敵は容赦なく殺し、無抵抗で降伏した者は重く取り立てる。それを繰り返す。
そうすれば劉表陣営にも歪みが出てくる。張繍に与した方が安全ではないのか、と。
賈詡が目指すのはそこだ。敵の不和を煽り、内側から巨木を腐らせる。荊州を手にするにはそれしかない。
荊州は、天下の最たる要所だ。
この地を抑えれば、中華全土に兵を向けることが出来る。
更に天下の争乱から逃れてきた智謀の士も多く、学問にも新たな風が吹いている。
劉表は食わせ者で、兵の数は多い。しかし張繍の率いる涼州兵は精鋭揃い。野戦で負けることは無い。
「劉表への調略、及び味方の確保はお任せを。殿はこのまま好きに暴れてください」
「分かりやすくて助かる。味方も増え、兵糧も確保できてきた。これからは軍を分けて戦を行おうと思う」
「どの将に指揮権を預けますか」
「胡車児には俺と同じく涼州兵を預ける。甘寧は私兵を持ってるからそれを預けるとして、新参の南陽兵は、さて、どうするか」
「まだ若いですが、甘寧殿と同じく任侠の者である魏延、文武の才を兼ね備えていた県令の李厳などは如何でしょう」
「二人は二十歳そこそこだろう? まぁ、物は試しだな。二人に南陽兵を預け、鍛えさせよう。だが戦場はまだ早い」
「では、そのように手配いたします」
新野の城の郡治所に入り、張繍は用意されていた水を飲み干す。
戦は終わったばかりだが、その報告を聞かなければならなかった。
ただ、軍吏達が集合するまでまだ時間はある。
張繍は賈詡に目を移し、目下、今一番気になっていることについて尋ねた。
「曹昂はどうだ」
「そうですね、見事に呂布の侵攻を阻み、大将格である陳宮を捕縛しました」
「あの呂布が一転して窮地に追い込まれたのか」
「いかに呂布が勇者でも、陳宮の補佐無くば羽ばたけません。更に曹昂は袁紹とも接近し、同盟を結ぶ動きが見えます」
「軍師殿はこれをどう見ているのだ。曹昂は袁紹に屈したとも見れるが」
「実にしたたかな戦略かと。袁紹は昔、董卓に擁立された陛下を批判しておりました。故に袁家と曹家は決して相容れません。つまり、曹昂は毒薬を飲み込んだも同然」
「毒を毒と分かって飲み込んだのか」
「私は曹昂を甘く見ておりません。曹昂はこの毒をやがては薬とするつもりでしょう」
「俺が劉表を降すのが先か、曹昂が呂布を降すのが先か。そして袁紹がどう動くか」
それだけではない。江東では孫策という若すぎる英雄が生まれ、急速に勢力を拡大している。
賈詡の見立てでは、近いうちに袁術を丸々飲み込んでしまうだろうことが予測された。
これが天下を舞台に策を立てるということか。
汗ばむ手を握る。考えることが多すぎて、気を抜けば眩暈のしてくる思いだ。
「あまり先のことばかりを考えても仕方ありませんね。目下の敵は劉表ですが、情勢次第では、北上もあり得ると心に留めておきましょう」
「全て軍師殿にお任せする。俺が出来るのは兵を率いて戦い、勝利を掴むことのみ。幸い、勢いはこっちにある」
曹操を討ち取り、掴み得た天下への道筋。
二人の胸には等しく、野心が沸々と沸きだしていた。
・甘寧
益州で長年マフィアのボスやってたけど、反乱に失敗して追放。
その後、荊州に入るも劉表からは門前払いされてしまって流浪を続ける。
最後に孫権に仕え、特攻隊長としてえげつない武功を立てたキラーマシン。
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