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曹操が死んだ日、俺は『曹昂』になった。─『宛城の戦い』で死んだのは曹昂じゃなくて曹操だったけど、これから俺はどう生き残れば良いですか?─  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
第三章 曹昂の嫁取り

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47話 小賢しさ


 百人以上の煌びやかな旅団が今まさに、冀州を越え、兗州に入ろうとしていた。

 揺れる馬車の中には、美しく着飾った女性が一人。細く長い手には、一つの手紙が握られていた。


 家を出る際に、母が渡してくれた訓戒である。厳しくも、優しい母であった。

 もう三度目にもなる婚姻ではあるが、やはり故郷から遠く離れるとなると、寂しさが胸を包む。


「瑛様、馬車に揺られお疲れではありませぬか?」


大叔父ようひょう様、ご心配なさらず。もう子供のように我儘を言ったりはしません」


「いえいえまずはお体を第一になさいませ。冀州を越える前に近くの街で一度、休みましょう」


「ありがとうございます」


 いよいよ、袁家と曹家の婚姻が成る。その裏では、数多の政治的な陰謀が蠢きながら。

 戦も世間のこともよく知らずに育った一人の女性からすれば、想像もできない世界の話である。


「大叔父様、婿殿はどちらに」


「白馬の地にてお出迎えいただくことになっております。安心なさいませ、聞いているような粗暴な人では御座らぬ」


「大丈夫です。父上と、大叔父様の選んだ御方なのですから」


「白馬にて曹車騎(曹昂)と合流し、そこで歓迎の宴を設け、翌日、都へと参ります。婚儀はその後ですね」


「分かりました」


 こうして近くの街に入り、宿にて皆が一時の休憩に入った頃であった。

 楊彪と瑛と数人の従者が色々と段取りを確認しているとき、伝令と思われる従者が一人、楊彪を呼び出した。


 何か、悪い予感がする。楊彪は眉をひそめ、その従者に続く。

 申し訳なさそうな顔を浮かべる従者は、一つの書状を差し出した。


「殿は、その、白馬から濮陽に戻られました。この書状は、申し訳ないとの旨だけ」


「何故だ、何を考えておるんだっ。どうして誰も止めなかった!?」


「止めたのです。荀攸殿も董昭殿も夏侯惇将軍も。されど郭嘉殿が、殿に賛同なさいまして」


「何があったのだ」


「捕らえていた呂布の武将、侯成が説得に応じ、こちらの軍門に降ると。殿はそれで直接、侯成に会いに」


「たかだか一武将のために大事な花嫁を、相手は袁家だぞ!? ただでさえ家格も殿より上であるのに」


「わ、私に言われましても」


 今まで話を詰めてきたから楊彪には分かっていた。曹昂は本当に婚姻が面倒なのだ。

 侯成に会いに行くのは口実で、どうにも耐えられずに逃げ出したのだろう。敵兵を前にしても退かぬ男が。


 楊彪は頭を抱え、薄くなった頭を掻く。

 面倒事のつじつま合わせをする身にもなってくれと、大きなため息を吐いた。



 俺を困惑した表情で出迎えてくれたのは、劉延将軍であった。

 先の戦での軍功は計り知れず、今や夏侯惇に並ぶような立場にまで昇進を果たしている。


 沛国劉氏の出身で、俺の実母の一族でもあるみたいだし、諸将を牽引するに相応しい。

 性格も穏やかで野心もない。正直、軍人のまとめ役としてめちゃくちゃ重宝しています。


「あの、殿、本当によろしいのですか? 袁瑛様を出迎えずとも」


「今は戦時だぞ。それに侯成は呂布軍の有力武将だ、無下にしていい人物ではない」


「御母堂やご隠居様に叱られるやも」


「あ、いや、その、うん。大丈夫だ、ちゃんと謝る」


 たぶん曹操が生きていたら、この婚約にクソほど嫌な顔をするとは思う。

 完全に袁家の下に立つことになったわけだからな。だが、母上達は少し違う。


 何だかんだ色々な背景があるとはいえ、子供が嫁を貰うというのは嬉しいことなのだ。

 儒教の価値観から言っても、子を儲けることが何よりの親孝行なわけだし。


 どんなろくでなしと結婚しようとも、独身でいるよりずっとマシ。

 それがこの時代の価値観だ。だから俺が礼を欠くことをすれば、確かに怒るだろう。


「それより早く、侯成に会わせてくれ」


「あそこの守備兵の多い、奥の部屋になります」


 数人の護衛を連れ、厳重に守られる部屋の扉を開けた。

 そこに見えるのは囚人のボロ衣をまとう、痩せて薄汚れた軍人であった。


 両手には枷がはめられている。

 俺は小走りで侯成に駆け寄って、その枷の嵌められた手を握った。


「よくぞ、よくぞ決心してくれた。将軍、貴方とこうして手を握り合える日を、ずっと待っていた」


「そ、曹車騎、どうかお立ちくだされ。頭を下げるべきは私の方に御座います」


「古来より賢人や勇者を迎えるとき、礼は尽くさねばならないものだ」


「なんと、勿体なきお言葉」


 急ぎ手枷を外させる。もみあげから顎にまで繋がる濃ゆい髭を蓄えた侯成は、驚きの表情を浮かべた。

 聞けば侯成将軍は徐州の出身で、いわば呂布の配下のなかでは新参の立ち位置にあったらしい。


 呂布はその武勇こそ華々しいが、贔屓があからさまで、事あるごとに冷遇される者も多い。

 侯成もその一人であり、何かと呂布から叱責を受けることがあったという。故に忠誠心も高くはない。


「捕虜となった私の麾下を、生かしていただけると聞きました」


「将軍の勇敢なる兵士達だ。勇者を殺すものか。私に降らずとも、故郷に帰してやると約束した」


「そこまで私を重く見ていただけていることに、述べる言葉が御座いません。この侯成、ご恩に報いるべく、これより殿の下で喜んで槍を振るいまする」


「本当か! 将軍のような一騎当千の味方が居れば、これほど心強いものはない!」


 涙を流す侯成の肩を掴み、力強く抱き寄せる。

 俺も、小賢しい君主が板についてきたな、なんて。



・侯成

呂布配下の武将。史実では呂布を裏切って曹操に降伏した武将の一人。

狩りで大物を討ち取り、兵士達に振舞おうとしたら、禁酒中の呂布がブチ切れた。

兵士からの信望は厚そうだけど何かと不憫な人。


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