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曹操が死んだ日、俺は『曹昂』になった。─『宛城の戦い』で死んだのは曹昂じゃなくて曹操だったけど、これから俺はどう生き残れば良いですか?─  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
第三章 曹昂の嫁取り

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44話 譲歩の条件


 袁紹


 それは今、最も天下に近い男の名。

 名門「汝南袁家」の家柄に甘んじることなく、果断に乱世を生き抜いてきた傑物。


 政治の腐敗を生み出していた「十常侍」を殺戮し、

 暴君の名を欲しいままとした「董卓」に逆らい、

 名声だけで基盤の無かった立場から「冀州」を統べ、

 最強の騎馬軍団を擁する「公孫瓚」との決戦にも勝利。


 世界規模で訪れた大寒波により、飢饉となって疲弊した広大な土壌。

 数多の群雄がその困窮を抜け出せない中、袁紹だけは見事に内側を立て直した。


 易城に公孫瓚を閉じ込めたまま、五年も攻城戦を続けられる体力がある。

 それだけでも、袁紹という群雄の手腕がどれほど優れていたかがよく分かる。


 まさしく「王者」だ。

 今、袁紹の天下を疑う人間は一人として居ないだろう。



「車騎将軍の父君であられる曹司空様は、我が君と共に青春を過ごした朋友であり、その仲は義兄弟も同然に御座いました。されどその兄弟が凶刃に倒れ、我が君は悲痛な思いを抱いた次第」


「父に代わって、袁大将軍に感謝いたします」


「我が君にとって、曹司空様は弟も同然の仲。なれば車騎将軍は我が君にとって甥と同じ。先の呂布との戦いといい、まだまだ天下に乱は多く、我が君は将軍の身を案じておられます」


「故に、大将軍の御令嬢を」


「さすれば両家の結びつきは強まり、天下は瞬く間に一つとなりましょう」


 使者は頭を低くして、伸び伸びと言葉を扱う。

 君主が強勢だと、その臣下にまで余裕の落ち着きというのが波及するんだろうな。


「ありがたきお話では御座るが、大将軍も、そして私も今や、朝廷で重きを成す身。ただの婚姻というわけにもいきますまい」


「勿論、返答は待たせていただきます。車騎将軍も戦が終わったばかりで忙しいかと存じますので」


「ご配慮いただきありがとうございます。宿舎などはこちらで手配いたします故、ごゆるりとくつろいでください」


「感謝いたします」


 袁紹からの使者は深く頭を下げたまま、客室を後にした。

 そのまま、外をぼーっと眺める。庭では小鳥が元気よく鳴いていた。


 すると隣の部屋から、郭嘉と荀彧が入ってくる。

 二人とも始めは袁紹に仕えようとしたが、それを蹴って曹操に従ったという過去を持つ。


「俺が嫁を取るか……まったくもって実感が湧かん。驚くほどに興味も沸かない」


「殿、呑気なことを言ってる場合じゃないですよ」


「うーん。荀彧殿、私は如何にすべきだろうか。袁紹の意図が分からん」


「簡素に言えば、正式な同盟の申し出ですが、その実情は従属の強要でしょう」


 冷静に考えれば分かる。俺にはこれを拒むことが出来ない。

 史実で曹操が袁紹に勝てたのは、曹操の圧倒的な軍事的才能に依るところが大きい。


 だが、俺にはそれが無い。

 天性の才能を持ち合わせていない以上、袁紹と事を荒立てるのは避けるべきなのだ。


 別に俺はそれで良いと思っている。頭を下げたとて死ぬわけじゃあない。

 だが、そう考えられる人間がそう多くないことも分かっている。


 俺が袁紹に事実上の従属を行うと、立場が危うくなる人間は多い。

 董昭だってそうだ。間違いなく、兗州都督の任を解かなければならないだろう。


 そして、荀彧や郭嘉を始めとした潁川郡の官僚達も同じだ。

 皆が袁紹の勧誘を断り、曹操に仕えたという経緯を抱えている。


「二人に聞きたい。お前らは袁紹に従属するような君主に、仕えたいと思うか?」


 明らかに動揺というか、迷いの色がその表情に見えた。

 受け入れがたいだろう。過去に自分が降した決意を、踏みにじるような話だ。


 そして、口を開いたのは荀彧であった。

 感情を押し殺し、怒りを胸に滾らせ、言葉を絞りだしていた。


「屈辱を堪え、歴史に名を遺した君主は数多居ります。それに比べれば、これしき」


「郭嘉はどうだ」


「殿はどうお考えですか? 袁紹の下風に立ち、順調で安穏とした天下を良しとされますか?」


「まさか。袁王朝の伝記の端に書き加えられる生涯など御免だ。俺は、父が成せなかったことを成す」


「ならば我らの忠誠は揺らぎません。されど、譲歩にも限度があります」


「教えてくれ」


 同盟の締結後、袁紹が段階的にこちらに迫ってくる要求はある程度の検討がつく。

 郭嘉はそう言いながら、まずは一本、人差し指を立てた。


「嫁入りに際し、袁紹は堂々と多くの間者や監視の目を潜り込ませます。これを受け入れるか否か」


「受け入れなければ、ならないだろうな」


「次に、政務に口を挟み、我ら潁川郡の人士の実権を削ってきます。これを許すか、否か」


「あくまで名目上の降格までは許容し、あとはのらりくらりと要求を躱していくか」


「次に、人質です。母君や丁宮様、更にはご兄弟。如何ですか」


「……」


「次に、遷都です。陛下の身柄を冀州に移す。恐らく袁紹の狙いはこれにあるかと」


「袁紹に陛下が渡れば、もはや天下は決したも同じだな」


「最後に、領土です。ここまで果たせば、もはや殿は袁紹の一家臣と同じになります」


「そうだな」


「決して、譲ってはいけないものを見誤らないよう、お願いします」


 そこを間違えば、俺は完全に見捨てられてしまうというわけか。

 なるほど、袁紹の手腕は流石だ。娘一人送るだけで、俺の首に剣を突きつけたのだから。



・袁紹の生まれ

袁紹は出生に関して二つの説がある。袁成の遺児が袁逢に引き取られた説。

または、袁逢の庶子というもの。この作品では前者の説をおおよそ採用しています。

袁成の遺児であった袁紹が、養子として袁逢に引き取られた、みたいな。

ここら辺は結構ゆるゆるなので、そーなんだーくらいに思って下さい(笑)


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面白いと思っていただけましたら、レビュー、ブクマ、評価など、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 曹操も袁紹生存時には陣営潰せなかったですくらいの傑物だしな 司馬みたいの後継者争いのうちの実験うばいまくりが丸いんだろうけどどうするんだろ 天下決まっても次の世代には国が変わるとかザラだし徳…
[一言] 袁紹の娘が来るならこっちも人質取ってるようなものだから人質は大丈夫。 献帝と強い信頼関係があるなら遷都も拒否できる。 領土はむしろ相手からお祝いで引き出すくらいの気持ちで交渉。 何とかなり…
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