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曹操が死んだ日、俺は『曹昂』になった。─『宛城の戦い』で死んだのは曹昂じゃなくて曹操だったけど、これから俺はどう生き残れば良いですか?─  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
第三章 曹昂の嫁取り

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42話 君主の器量


 いくら金を積まれたところで、意志を曲げない人というのはそう珍しくはない。

 ましてや味方を裏切るような話だ。金を積めば積むほど断られてしまうだろう。


 そこで董昭は兗州の商人から帳簿を買い漁った。誰がどこで何をいくらでいくつ買ったのか。

 それを見れば客の家族構成や趣味嗜好や生活習慣まで分かってしまうという。


 食料品を買う量や頻度で、その家に何人居て、どれほど豊かが分かる。

 もちろん、判断材料はそれだけに限らない。


 薬を買うなら、その家には病人が居る。

 引き出物を買えば、その家ではめでたいことがあった。

 農牛や農具を買えば、その家には田畑が新たに支給されている。

 棺を買えば、その家から死人が出ている。


「こうした帳簿を見て、商人は物を売りつけるのです。必要なものを届ける、すると物が売れます」


「お前はそれを商売ではなく、調略に」


「はい。兗州の豪族を調べ上げ、彼らに近しい役人を接近させ、困りごとを解決し、信頼を積み上げました」


「派手な結果も、全ては地道な積み重ねか」


「ただこれは、全て殿の功績なのです。この調略は見方を変えれば、反乱にも繋がりますし、陳宮との内応も容易くなる。汚いことにも手を付けました。しかし殿は私を疑うどころか、全てを預けてくださいました」


 董昭はその場に平伏して、額を床に擦り付けた。

 俺は咄嗟に、慌ててそんな董昭の腕を抱え、頭を上げさせる。


「胸を張れ、董昭。お前が俺を救った。その働きは『ケイ陽の戦い』における陳平にも並ぶ」


「段々と殿も、君主の振る舞いになられましたな。先代を思い出すようです」


「これからも俺を助けてくれ。よく分かった。俺にはお前が必要だ」


「御意」



 暗い地下牢へと足を進める。俺に続くのは、董昭と許チョと数人の護衛兵や獄卒らだった。

 地下牢の最奥。厳重に監視の目がついた先に、その男は居た。


 陳宮


 兗州の人心を掴み、曹操に反旗を翻した男である。

 聞けば、事務に当たる官僚としての才覚は荀彧にも勝るという。


 ちなみに、兗州の有力者達が陳宮を裏切る際に出した条件がある。

 それは、陳宮の命を助けることだ。出来る事なら、兗州を束ねさせてほしいと。


 彼らは恐らく陳宮を心から慕っていた。しかし陳宮につくことは、朝廷に矛を向けるということでもある。

 出来る事なら陳宮には曹昂の配下として、そして正々堂々たる朝臣として兗州を束ねて欲しかったのだ。


「陳公台殿、お久しぶりに御座います。曹昂です」


「……」


 まだ曹操配下だったころ、少年であった頃の記憶に、僅かに陳宮との面識はあった。

 あの頃から変わらず、陳宮は気難しそうな官僚という顔をしていた。


 鉄柵の中。俺が声をかけても、一瞥もすることなく目を閉じ、姿勢を正して石床に座っていた。

 誰が何を話しかけてもこの調子なようで、だが配給の飯は残さずに平らげるという。


「無駄話はお嫌いでしょう。なれば、単刀直入に申し上げる。私の配下になっていただきたい」


 董昭と許チョが目を丸くする。

 言いたいことは分かるが、俺は二人に手のひらを向け、口出しをするなと釘を刺す。


「父が志半ばに倒れ、私は乱世を鎮めるべく、その遺志を継ぎました。されど、あまりに非力で未熟。どうか先生にお助けいただきたいのです」


「……良いだろう。ならばその剣を寄越せ。そして牢の中に一人で入ってこい、小僧。配下にしたいというならまず、この俺を信じてみろ」


「聞けば、配給された食事は如何に不味くとも平らげるとか。それは再起を諦めていない証。その好機を与えるわけにはいきません」


「ふん。確かにお前は非力で未熟だ。お前の父なら、迷わず私の言に従っただろう。用が無いなら帰れ」


 これは痛いところを突かれたな。確かに曹操なら、ここで陳宮を信じただろう。

 俺には、そういった人間としての器が無い。陳宮はそれを僅かな内に見定めたのだ。


「殺されても構わないと」


「お前に仕えるくらいならな。だがその前に必ずや、我が殿がお前の首を取る。そうやっていられるのも今の内だ」


「それほど呂布に忠義を尽くされるのは何故。先生ほどの賢人が、父上を補佐していれば今頃、天下はひとつになっていた」


「だろうな。だが、曹操の天下など糞喰らえだ。それなら我が殿の天下の方が、まだ生き甲斐がある」


「分かりません」


「戦に勝つためには詐術も犠牲も必要。そんなことを平気で考えられるような奴が嫌いだ。特にお前は曹操より下衆だ。そこの董昭のような男を信任するなど、話にならん」


 足元にあった小さな石ころを掴み、陳宮に投げつける。

 石は陳宮の細く角ばった肩を撃ち、後ろの石壁に当たって砕けた。


「臣下への中傷を許せるほど、私は器量に富んでは御座いません。お許しを」


 肩を抑えてにやにやと笑う陳宮を前に、不快な気持ちを抑えられなくなってきた。

 曹操ならこういう時、どうしただろうか。俺はそう思いながら、その場を後にした。



「──おい、董昭」


「何でしょう、陳公台殿」


「お前に一つ忠告しておく。詐術は必ず、我が身に返ってくる。お前も俺と同じように、最も信頼する者に裏切られ、そして命を落とすのだ」


「私が信ずるは、金のみです。金は、裏切らぬから金になります。無駄なご忠告でしたな」



滎陽けいようの戦い

項羽率いる楚軍が、劉邦率いる漢軍の籠る滎陽を包囲した戦い。

劉邦の謀臣「陳平」は、楚軍に離間計を仕掛けたり、劉邦が城を無事に抜け出せるよう策を立てた。

この窮地を脱した劉邦は勢力を盛り返し、楚軍を倒して、漢王朝の建国に至った。


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