41話 謀臣
ここでちょっとおさらい。本作のオリジナルキャラクターはこちら。
【不其】 青州兵の代表者の少女。太平道の信者。巫女であり易者。病により両腕が無い。
【高堂憲】 兗州陳留郡の国有工房の管轄者。自身も職人という爺さん。
【朱頼】 朱霊将軍の息子。父の気風を受け継ぐ若武者。目に曇りが無い。
まだ、いつ呂布が引き返してくるか分からない。偽装の撤退である可能性もゼロではない。
とにかく野戦になれば呂布軍は圧倒的な強さを誇るのだ。おいそれと追撃すら出来やしない。
遠くから呂布の動きを観測させ、呂布軍の去っていった城塞を一つ一つ取り戻す。
細心の注意を払いながら戦後の処理を行っている時だった。俺が衝撃の事実を知ったのは。
「はぁ!? 陳宮を捕縛しただと!?!?」
「長年、陳宮と結託していた兗州の有力者らが裏切ったのです。此度の勝利の要因は全て、陳宮を捕縛できたことにあるでしょう」
「信じられん。荀攸、そんな都合の良いことがあり得るのか?」
「陳宮は馬鹿ではありません。故に私も、にわかには信じがたいのですが」
しかし夏侯惇からの伝令だ。こんな冗談を吐くような人じゃあない。
それに援軍で駆け付けた劉延将軍は陳宮を捕らえた張本人であるらしい。
「劉延将軍って、もしかしてめちゃくちゃ優秀?」
「いやぁ……戦うよりも統治に向く、いわば夏侯惇殿と似た性質の御方ですが」
「とにかく俺は劉延将軍と共に濮陽に行く。当面の事後処理は于禁将軍に委ねるから、荀攸は将軍の補佐を頼む」
「承知いたしました」
◆
濮陽の城は戦火に遭っていない分、避難民が多く、文官が何かと忙しなく駆け回っていた。
定陶は山場を越えて将兵が皆、憔悴しきりな状態だが、ここは恐らくこれからが本番なんだろうな。
「劉延将軍、警護までどうもありがとう御座います」
「いえいえこれくらいなんてことはありません。詳しい話は董都督にお聞きください」
「わかりました」
大柄ではあるが、気の優しそうな、とてもじゃないが軍人というタイプではない。
そもそも今回の戦が、単独で兵を率いた初めての戦で、何が何だか分からなかったとも言っていた。
この人が、十倍以上もある陳宮軍を打ち破り、敵の大将格をまるっと捕縛したらしい。
人は見かけによらないと言うヤツなのか? でも、史実でもほとんど記述ない人だよ?
「殿、ご無事で何より。心から安堵いたしました」
「董昭、本当にあの陳宮を捕らえたのか? 会わせてくれ」
「今は少し懐柔の説得を行わせているので、会われるのなら明日がよろしいかと。今は何を言っても無視されます」
「それじゃあ詳しい話が聞きたい。ここで何が起きていたのか」
「では中へ。私の口からお話いたします」
郡治所の中もやはりバタバタと皆が忙しそうだ。
うーん、夏侯惇に挨拶に行くのは日が暮れてからにしよう。
人波を潜り抜け、俺と董昭と許チョの三人のみで、離れの別室に入る。
そこには食事が綺麗に並べられており、変わり映えのしない籠城飯に慣れていた腹が唸った。
「南方より取り寄せた米を、柔らかい竹の子と蒸したもの。あとは山菜の漬けものに、川魚の塩焼き。まだ料理は他にも御座います」
「涙が出そうだ」
「これが勝利の味ですぞ、殿。さぁ、許チョ将軍もお座りください」
「かたじけない」
用意された席につき、冷えた水を飲み干し、米を口に運ぶ。
強烈に押し寄せてくる旨味がこめかみに走り、頭痛へと変わる。
しかし今はそんなことよりも飯だった。
五臓六腑に染みわたるというのはまさに、こういう感覚のことを言うのだろう。
「ちなみに殿、陳宮を捕縛した手段ですが、この宴席が答えであると申していいでしょう」
「へ? どういうことだ?」
ある程度の食い物を腹に収め、一息をついたころ、董昭は俺に酒を注ぎに来る。
この宴席が答え? 確かに聞いた話では、陳宮は宴席で油断したところを捕らえられたらしいが。
「俺が渡した資金を元手に派手な宴席を開いて、豪族たちを懐柔したとか?」
「人間はそこまで薄情な生き物ではありませんよ。金じゃあ人の心は動きません」
「でも金は使ったんだろ?」
「はい。つぎ込めるだけつぎ込みました」
「わけわからん」
でも今の口ぶりを見るに、やはり裏で事態を操っていたのはこの男だったようだ。
兗州という舞台で、董昭は陳宮に勝った。恐ろしいほどの謀略手腕だな。
「殿はこの宴席を見て、涙が出るほど喜んでくださいました」
「まぁ、そうだな。籠城はろくな飯が食えない。何よりも美味い飯が食いたかった」
「はい。それを踏まえて私は、宴席をご用意したのです。殿は籠城で苦心しておられた、故に美食を用意しようと」
「なるほど、賢いな」
「同じことを、陳宮を慕う有力者らにもやったのです。こうしてひとつひとつ、信頼を積み上げていった」
直接、金を渡して鞍替えする人間はほとんど居ない。
とくに陳宮は賢い人物だ。そんな薄情な人間と親しく付き合うようなことはしない。
それじゃあどうするか。
こちらも陳宮と同じだけ、それ以上の信頼関係を結べばいいと董昭は説明する。
「まぁ、理屈は分かるけど、具体的に何をすればそうなるんだ」
「そこで商人を使うのです。私はここに莫大な金を投じ、兗州のあらゆる商人からこれを買い取りました」
懐から取り出された書簡。董昭と初めて面会したときに見せてくれた、あの領収書に酷似している。
誰がいつ何をどこで買ったのか。それが詳細に羅列してあるだけという取引記録。
「これを帳簿と言います。商人はこれを用いて商売を行い、私はこれを調略に用いた。誰が何を欲しているのか、一目瞭然です」
董昭のその微笑みに、俺は胆が冷える感覚に襲われた。
あらゆる謀略の中心に金がある。まさしく、董昭をよく表した評価だな。
・調味料
この当時の主な調味料といえば「塩」、甘味では「サトウキビ」などがあった。
他にも「豆・肉・塩・麹」を混ぜた「醤」、煮豆を塩で発酵させた「豉」がある。
香辛料は、ニラ・らっきょう・ニンニク・ナツメ・ショウガ・山椒などなど。
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