39話 最後の突撃
城の防衛方法というのは、実はそんなに複雑なものではない。
というのもこの時代はまだ大砲もミサイルも飛行機も無いため、城壁の前ではほぼ無力なのだ。
力で城を落とすには、壁を乗り越えるか、地下を掘るか、壁を壊すか、この三択である。
ならばこちらは壁を乗り越えようとする敵兵や兵器に矢や石を浴びせ、地下道には水や煙を流せばいい。
城が落ちる時は、士気が落ち、これらの対応に追いつけなくなった場合だ。
そのためにも俺は危地に立ちつつ、兵を鼓舞しなければならなかった。
「お前が路招将軍に代わって、臨時で指揮を執っていた者か」
「朱霊が息子、名を朱頼と申します! 父の死後は、路招将軍の校尉に任命されておりました!」
確かに朱霊の面影が残る、ハキハキとした青年であった。
まだ歳も二十歳に達していないであろう若さだが、危地にあって臆さない態度は堂々としたものだ。
「そうか。お前と私は、似た者同士だな。父の威光に恥じぬよう、変わらず兵を束ねよ。頼りにしている」
「若輩の身ではありますが、身命を賭して任務を果たす所存!!」
朱霊は呂布に食らいつき、そして散った。生き残った朱霊の直属の兵士達の士気は高い。
確かに朱頼は若いが、しっかりと兵はついてきている。その後ろ姿はとても頼もしく感じた。
そして俺も「防犯用さすまた」みたいな武器を手に取って、城壁の前面へと急ぐ。
あらかたの堀が埋められ、城壁のあちこちで梯子がかけられているのだ。
立てかけられたその梯子にさすまたをひっかけ、思い切り押し出す。
こうして登っている敵兵ごと後方に倒すのだ。兵の足りない面へと駆け付けては、梯子を取り払う。
「殿、雲梯が出てきました」
「火矢を急げ! 石も運ばせろ!!」
やはり堀の埋まっている箇所が多い。そこからどんどん呂布軍は兵器を走らせていた。
雲梯はいわば、車輪付きの大ハシゴだ。さすがにさすまた程度で押し返せるものではないため、破壊する必要がある。
油壺を投げつけ火矢を射かけるが、雲梯も泥でコ-ティングされていて中々燃やしきるまでには至らない。
そしてついに雲梯のハシゴが城壁にかかる。敵兵も壊されないよう、集中的に雲梯の上部に矢を射かけていた。
「これじゃあ、岩も落とせねぇ」
「岩は我ら虎士が運びます。どうか布幔で矢を遮っていただきたく」
「分かった」
竹の枠に張られた麻布の膜。緩く張られている分、柔軟性があって投石や矢を防ぐ盾にもなる。
俺は守備兵らと共に大きな布幔を掲げて、許チョらが大岩を運ぶのを援護した。
麻布は弓矢をボスボスと音を立てながら遮り、幾つもの岩が雲梯のデカイ梯子の前まで運ばれる。
ここまでくれば、後は落とすだけだ。虎士らが岩を持ち上げる、俺は瞬時に布幔を高く上げた。
「投げ捨てよ!!」
許チョの指示と共に岩が宙に放り出され、梯子を伝い、敵兵を蹴散らしながら雲梯を圧し潰した。
そこを目がけて再び火矢を射て、もはや使い物にならないよう燃やしつくす。
「よくやったぞ、許チョ!」
「まだまだ兵器は出てきております。いざというときのため、次三弓弩の準備もしておいたほうがよろしいかと」
「そうだな。堀がこんな状態だ。出し惜しみしている場合ではないだろう」
堀が埋められ、敵兵の通っていく道が出来ている箇所がちらほらある。
その中でも一際太い道。そこの直線上に弩砲を控えさせる。大型の兵器が通るとするならここだ。
だが他の道からも続々と雲梯が発進し、城壁に到達するものの数も増え始める。
くそっ、岩が足りない。もはや梯子から迫りくる敵兵を槍で突き落とす肉弾戦にもなりつつある。
「殿!!」
防衛を飛び越えた身軽な敵兵が、俺を目がけて飛び掛かる。
僅かに、許チョが俺から離れている瞬間のことだった。
剣を抜き、反射的に敵の大刀を防ぐ。
が、勢いが強く、俺の膝はくずおれてしまい、大きな隙を生んでしまう。
その時、背後からその敵を貫いたのは朱頼であった。
返り血が俺の額を濡らす。心臓が五月蠅いほど胸を叩き、安堵で思わず座り込んでしまう。
「はっ、はぁ、し、朱頼、助かったぞ」
「父上は常日頃から殿のことをこの国の宝であると申しておりました。その宝を守るため、私も父と同じく命を捨てて戦いまする」
「その意気や良し! 次三弓弩を準備せよ! 敵の雲梯を一台吹き飛ばしてしまえ!!」
恐らく、今日が最後だ。敵の決死の突撃を肌で感じ、それを悟った。
もはや敵も限界だ。であればその意気をここで完全に挫いてやる。
次三弓弩は布幔に守られながら設置され、遠くからこちらに進みつつある雲梯を照準に捕らえる。
工兵は大槍を装填し、ハンドルでギチギチに三本もある弦を引き絞った。
遠目を凝らす工兵が頷く。
そして布幔が外され、再び次三弓弩が戦場に顔を出した。
「────放て!!!!」
天に掲げた剣を振り下ろし、叫ぶ。
銅鑼が鳴り響き、工兵は留め金を外した。
次三弓弩は砕け散る。
大槍は空を割き、雲梯を容易く貫き、地面に深々と突き立った。
そこに生まれたのは、地面と繋ぎ留められた雲梯がひとつ。
そんな圧倒的な光景に、明らかに敵兵の勢いが挫けるのが見えた。
「押し返すぞ! 力を振り絞れ!!」
うっすらと、夜が明け始めた頃、敵の攻撃が止まった。
西門には許昌より徐晃の、そして北門には濮陽から劉延の援軍が駆け付けたと伝令が届く。
更には早馬で、徐州の劉備が動き、高順の守備部隊を大きく押し込んでいるとの報告も。
つまりは、そういうことだ。堪えていたはずの涙が零れ、腰が抜ける。
「……勝った、勝ったのだ、あの呂布に勝ったぞ!!!!」
勝鬨が響く。
雲一つない空に、太陽が昇り始めた。
・雲梯
城攻めの代表的な兵器。簡潔に言えばハシゴ車。
仕組みもすごく簡単。大梯子を城壁に運んで、兵士に登らせる。
・布幔
緩く張られた麻の布。燃えにくいよう泥が塗られたりしてるとか。
城壁にたくさん掲げて、守備兵がその後ろに隠れたりして身を守る。
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