37話 陳宮と呂布
連勝に次ぐ連勝。大した抗戦もなく、全てが順調な道程。
どんな名将であろうと、勝利を前にすれば気が緩んでしまうものだ。
闇夜の中、多くの兵士が長草に身を隠している。
そしてその中には一人、およそ軍人には似つかわしくない小太りの男性も居た。
「董都督、兵の配備が終わりました」
「手筈通りにいけば城内から火の手が上がり、白旗が振られる。それを合図に、劉延将軍は城内へ」
「敵の本軍は二万を超えます。千で足りるでしょうか」
「心配なされますな。もう、勝負はついております」
陳宮が自ら占拠した寿張の城から、火の手が上がり、喧噪の声が次第に大きくなる。
そして手筈通りに東の門が開かれる。その門の前では白旗と、「陳」と描かれた牙旗が振られていた。
「突撃ィーーーー!!!!」
劉延将軍の掛け声と同時に伏せていた兵士は一斉に立ち上がり、開かれた城門へと雪崩れ込んでゆく。
予め城内にも配置していた間者が混乱を増長させ、もはや敵も味方も分からないほどの混乱状態へと陥っていた。
それもそのはず。指揮統制を取れる首脳部が、まったくもって機能していなかったからだ。
董昭は護衛兵に守られながら敵中を切り抜け、郡治所へと到達し、慌てて駆け込む。
守備兵は皆、董昭を出迎えるように道を空け、門を開く。
そこで平伏していたのは、兗州豪族の面々であった。
「ふぅ、よくやった」
「大将の陳宮と、主将の侯成、及びその従者らは既に捕らえております」
「領地に戻り民を安んじよ。戦争は間もなく終わると伝えるのだ。褒賞は、必ず届けよう」
「ありがたき幸せ」
着なれない鎧をガチャガチャと鳴らし、厳重な管理体制に置かれた収監車へと近づく。
その中には猿轡を噛まされ、両の手足を縛られている陳宮が横たわり、血走る眼でこちらを睨みつけていた。
「初めまして、董昭と申す。この戦に勝つには、貴方を排除する必要があった。よかった。これで殿は死なずに済む」
「フーッ、フーッ」
「あまり彼らを恨んでくれますな。誰しもが貴方のように賢く、未来を案じることなど出来ないのですから。さぁ、濮陽に護送せよ!」
既に四方の門は開かれ、数多の兵士が逃げ出していた。
後の処理は劉延将軍が上手くやってくれるだろう。董昭は戦況報告を聞きながら、額の汗を拭った。
◆
丁度、騎馬兵の調練を終えた呂布のもとに、ボロボロになった伝令兵が相次いで駆け込んでくる。
別動隊として動いていた陳宮軍の壊走、そして陳宮が敵軍に捕らえられてしまったと。
「でたらめを言うな!!!!」
息を荒立てながら呂布は叫ぶが、相次ぐ伝令を前に段々と顔色を悪くしていく。
何故だ。つい先日に、寿張を占領したという報告が来たばかりではないか。
「……戦況はどうなっている」
「侯成将軍も捕らえられたため、軍をまとめる者が居らず、現在は臨時で宋憲将軍が壊走した兵を集めております」
「場所は」
「泰山の辺りで」
「一体、何が起きたというのだ」
兵力は十分にあった。加えて事前の調略も順調で、兗州東部の掌握までは全く問題が無かった。
濮陽にある夏侯惇の軍勢も、多くても五千程。奇襲を受けたところで十分に対応可能な戦力差だ。
「詳細な戦況までは分かっておらず、後続の伝令を待つほか御座いません」
「助けるぞ、陳宮を」
かつて陳宮は一度、呂布を裏切ろうとしたことすらある。
それは兗州の攻略に呂布が前向きな態度を示さなかったからだ。
陳宮にとって呂布は、都合の良い神輿にしか過ぎない。
しかし呂布にとって陳宮は、腹は立つが、得難い半身のような存在であった。
陳宮の宰相としての能力が無ければ、呂布の名は盗賊と変わらないものになっていただろう。
その盗賊を群雄に、そして英雄と呼ばれるまで押し上げたのは、陳宮があってこそである。
「宋憲に伝えよ。兵を集め次第、ここに合流せよと。それと、彭城の張遼も呼べ。小沛の兵を全て率いて来いと」
「御意!」
「諸将を集めよ、定陶へ総攻撃を開始する! 必ず曹昂を捕らえるのだ!!」
曹昂の身柄さえあれば、陳宮を取り返せる。
冷静さを欠いていると言われても、しょうがない。それしか手段が無いのだ。
「……陳宮、お前が居ないと、何を目指して戦えばいいのか分からなくなる。頼む、俺の前から消えないでくれ」
戟を握る手が、僅かに汗で濡れている。
もはや一刻の猶予すら許されないと、呂布は奥歯を噛みしめた。
・劉延
官渡の戦いで、最前線拠点である「白馬」を守った将軍。以上。
記録は少ないが、最前線を任されてるし、曹操の信頼は厚かったと思う。
そういえば曹昂の実母は劉夫人だよね? もしかして、繋がりあります?
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