36話 闇夜の影
兵糧が足りない。分かり切っていた話ではある、だからこそ何かで兵の士気を補填しないといけない。
兵の調練にレクリエーションを持ち込み、そこに賭博の要素も加えたのはそのためだ。
博打に勝った人間は多く食えるわけだが、負けた人間はいつもより配給が少なくなる。
そしてオッズはこっちが上手く調整し、トータルでの配給量はいつもより少なくなるようにしている。
勿論、レクリエーションが開かれるのは数日に一度、守備兵の配置換えの翌日に限られている。
だから兵も常にひもじい思いをしているわけではない。なんなら負けが嵩んだ兵士に、俺の木札を分けてやることもある。
「上手く考えましたね、殿」
「防衛の指揮は于禁や曹仁に任せてるからいいけどさぁ、俺も俺で大変なんだよ。誰か手伝ってくれない?」
「次回分の配給はもう少し減らしたいと思っています」
「あのぉ、荀攸さん? それもっと早く言ってくれない?」
レクリエーションの企画を決めて、その準備や設営の指揮を執り、調練にも顔を出し、オッズの調整にも手を付ける。
戦争の真っただ中だというのに、いつの間にか俺は大繁盛のイベントディレクターみたいになっていた。
とりあえず今一番必要なのは、算術が得意な人材です。こちとら兵糧の計算に一日を費やしてます。
一回、不其とかにも頼んでみたけど、駄目だった。そもそも文字の読み書きも難しいらしい。教育って大切。
「それで、呂布の動きは?」
「攻めると見せかけるだけですね。こちらの消耗待ちです」
「間者は」
「何人かは没我が捕らえました。が、まだまだ居るでしょう。故に兵糧庫の守りに多く兵を配備してます」
「虎士や虎豹騎は皆、身元が明らかだ。彼らに頼るしかないな。それで、打開策はどうだ」
「野戦になればこちらに勝ち目はないので、劉備を待つ他ありません。されどその劉備から、何も連絡は来ていません」
「だろうな」
劉備からすれば、こちらを積極的に助けるメリットなんて一切ない。
勿論、俺に死なれても困るだろう。呂布に対抗するための駒がひとつ少なくなるからだ。
だから劉備が採り得る、最も恩恵の得られるシナリオは、俺が死にそうになるギリギリで助けるというものだ。
こうすれば徐州で基盤を得たうえで、憔悴しきった俺から、兗州や小沛などの割譲を求めることも出来る。
「劉備の援軍も無い状態で、我々が包囲を解き、敵を撃退するための条件は」
「とても現実的な話ではありませんが、我らが城から打って出て呂布軍を大破すること、または別動隊である陳宮が諸郡の平定戦に失敗することのみ」
「聞いている限りでは陳宮もすこぶる調子が良いみたいだが」
「はい。予想以上の豪族らが陳宮に靡き、このままでは濮陽も危うい状態です」
濮陽を守るのは夏侯惇と董昭だ。
そして董昭には金を工面してから、まだ何の連絡も入ってきていない。
減っていく一方の兵糧の数字を前に、焦る気持ちを抑えるは難しい。
この調子だと、あと十日で底を尽きそうだ。もう籠城戦が始まって二十日が経とうとしていた。
◆
東平国が陥落。その一報を聞いた陳宮は、思わず拳を握り締めた。
これで兗州の東部は全て自分の手に落ちた。残すは濮陽、定陶、陳留のみである。
「曹昂は城の中だ。もはや我が軍を阻むものは何もない。ようやく、ようやく故郷を取り戻せる」
東平国の郡治を担う「寿張」の城に入り、多くの豪族らの歓待を受けながら、胸に熱い思いを抱く。
困窮に喘ぎ、疲弊していく故郷を目の前に、何も成せなかった日々に今、報いることが出来る。
「陳公台(陳宮)殿、お久しゅう御座います」
「おぉ、此度のご協力、まことに感謝いたします」
長年、兗州にあって陳宮を支援してくれていた豪族の面々であった。
共に曹操の苛烈な政治の中を生き抜いてきた者達であり、再会の感動もひとしおのものがある。
今回の兗州攻略戦も、彼らの協力が無くば達成し得なかっただろう。
寿張を明け渡すために尽力してくれた有力者たちに招かれ、陳宮と主将の面々は宴席場へと足を運ぶ。
「それにしても、よくこれほどの協力者を。想像以上の多さであった」
「陳公台殿の人徳によるものでしょう。加えてやはり、曹操の死に不安になる民も多かった。ならば英雄に身を寄せた方がよいと」
「賢い判断だ。曹昂は主君として頼りないと」
「左様。兗州領民への対応は父と同じで、青州兵への優遇が強い。更に陛下の義父である董車騎を討ち、疲弊する民に目を向けずに戦をするばかり。これでは我らも付いていくことは出来ませぬ」
「安心せよ。もう大丈夫だ。皆の苦労は、この私が一番よく分かっている」
一人一人の手を握り、陳宮は振り絞るような声で頷いた。
こうして宴会が始まり、陳宮の席には多くの者達が献杯とばかりに押し寄せる。
その中の、有力者の一人であった。
陳宮に近づき、周囲の漏れないくらいの声で語りかける。
「そういえば、公台殿。協力者集めには、兗州都督の董昭殿も裏で協力してくれていることはご存じで?」
「小耳には挟んでいるが、私はヤツをよく知らん。金払いも良いらしいが、意図が分からない」
「程昱の後任となったはいいものの、彼は荀彧と折り合いが悪く、監視の目も多いのだとか。それに嫌気が差したのでしょう」
「金に汚い奴だという話も聞くからなぁ。だが荀彧と不和であれば、確かに生きづらかろう」
「曹昂は陛下に何を上奏するにも荀彧の許可なくば動けない。その対抗として抜擢したのでしょうが、彼はそんな政争に巻き込まれるのは御免だと」
宛城での曹操の戦死で、荀彧の権勢は更に強まった。
曹昂がそれに反発を抱くのも不自然ではない話である。
「なるほど。董昭の手引きがあれば濮陽の陥落も容易い。交渉をお任せしてもよろしいか?」
「勿論で御座います。青州兵共には、さっさとこの地から出ていってほしいですからな」
その日の晩のこと。月も雲に隠れた、暗い真夜中である。
さほど酒を飲んだわけではないのに、陳宮軍の首脳部はすっかり酔い潰れて眠ってしまっていた。
そんな中で、闇に紛れるかのように、城の外では多くの影が蠢いていたのである。
・豪族
その土地に根付いた有力者。小作人や私兵を抱えた者。
戦の際に農民を一人一人徴兵するとコストがかかるが、豪族に依頼すればコストは削減される。
しかしそうなると今度は豪族らの発言権が大きくなり、君主権力が弱くなる。難しいね。
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