33話 籠城
朱霊将軍の戦死。
その一報が入ってきたのは、丁度、小舟に乗って押し寄せる呂布軍の攻勢を、于禁将軍が跳ね返した時であった。
最初は、誤報だと思った。そんなはずがないと。朱霊と言えば、史実でも極めて優秀な名将だったんだ。
ここ死ぬにはあまりに惜しすぎる。
だが、続報に次ぐ続報で、それが間違いでないことを悟った。
左翼には呂布と、その麾下にある騎馬隊を潰すための準備を幾つも施していた。
それでもなお止まらないというのか。呂布という武将は、そんなに強かったのか?
「朱霊将軍の麾下の兵が、命を捨てて呂布軍に食らいついています。しかし、長くはもちません」
「荀攸、言うな。分かっている。少し、落ち着かせてくれ」
予想外のことばかりが起きるのが戦場だ。俺はどこか、つけあがっていたのではないか?
陳宮に勝ち、次三弓弩を生み出し、呂布に勝てるとどこか楽観的になっていたのではないか?
その結果が、これだ。血が滲むほど、拳を握る。
この馬鹿野郎が。お前のせいで、有望な忠臣が死んだんだぞ。
「左翼が崩壊すれば、戦線は保てない。籠城戦に移るぞ。全軍を撤退させろ」
「ここは曹仁将軍に任せ、殿は早く城へ」
「いや俺が殿を務める。籠城戦は兵の士気が必要だ」
「しかし」
「危険は冒さない。お前が先に城に入り、防衛の準備を整えろ。大丈夫だ、曹仁がついている」
「……御意。曹仁将軍、引き際を見極めてください」
「承知しました」
城は深い堀に囲まれているが、城門の前は別で、橋が通っていた。
そしてその橋の前。柵や拒馬槍で構築した、簡単な「関所」を設ける。
ここが最後の砦だ。真四角の陣形「方陣」を組み、味方を引き入れつつ敵を固く阻む。
だがここを攻め時と見た呂布軍の猛追は激しく、そう易々とは引き上げさせてはくれなかった。
方陣の中央。四方に指示を飛ばす曹仁の隣で、俺もただひたすらに声を枯らす。
柵の間から長槍を突き出し、後ろでは投石を繰り返す。どこを振り向いても、俺の命を狙う敵兵の顔があった。
既に城に入った荀攸や于禁の指示か、城門からも牽制の矢の雨が降ってきている。
しかしそもそもの兵数が違う。方陣もじわじわと押し崩され、いよいよ進退が極まりだす。
「殿、先に撤退を!」
「曹仁、お前を見捨てられるわけがないだろ!」
「貴方を守るために、我らは命を捨てているのです! 早く城門を閉じなければ、手遅れになります!」
その時、城壁からけたたましく銅鑼が流され、次の瞬間、爆風と共に血飛沫が舞い上がった。
地面に深く突き立つ槍が十数本。その周囲からは、呂布軍の兵士が広範囲で消し飛んでいた。
これは次三弓弩か? いや、違う。あれは一本の大槍を撃つ兵器だ。
だが、今は別にそれはどうでもいい。この一撃で動揺が走り、呂布軍の圧力が弱くなったのは確かだ。
退くなら、今しかない。
俺と曹仁は急ぎ兵をまとめて城内に駆け込み、城門を固く閉ざしたのであった。
◆
朱霊将軍、及びその麾下の兵士は全滅。あまりにも手痛い損害だといえる。
左翼から戻ってきた兵士の大半は青州兵であり、彼らの語る呂布の活躍は人間の成せる業とは思えなかった。
僅か十騎で拒馬槍を剝がし、陥馬坑を飛び越え、無人の荒野を駆けるが如く戦場を走り抜ける。
伏兵が居たところで何も効果はなく、朱霊が自ら率いていた精鋭すら跳ね上げ、全てを貫いたと。
こちらは城内へ撤退する直前のバリスタの一撃で、敵の先鋒を担う武将「魏続」を討っていたらしい。
呂布の娘婿として重用されていたらしいが、だからといって釣り合いが取れているわけではない。
「高堂憲、あれはお前が作ったやつか」
「は、はい。ですがまだ試作段階で、照準が、定まっていません。大筒に十数本の槍を込め、空中で、散らばる仕組みです」
「そんなことが出来るのか。あといくつある」
「もう御座いません。回収不可能で、更に費用も、嵩むので。め、命令もなく勝手に、作っていました。お許しを」
「分かった。お前のおかげで救われた。礼を言う」
「あ、ありがたき、幸せ」
傷の治療をしながら、荀攸と共に戦況の整理を行う。
あのバリスタの一撃を進言したのが高堂憲で、決断を降したのが于禁将軍であったとか。
城壁の上から敵将の姿を視認したため、そこを潰せばいいと考えたらしい。
だが試作段階のものでもあるため、下手をすれば俺や曹仁を消し飛ばす可能性もあったのだ。
まだ運に見放されてはいない。
とりあえず、そう思うことにした。
「殿、戦況は非常に危ういです」
「詳しく教えてくれ」
「まず兗州の東方諸郡は全て、別動隊を率いる陳宮に降りました。現時点で降っているのは泰山郡、任城郡、済北国、山陽郡です」
「このままじゃあ濮陽も危ういな。夏侯惇殿の率いる兵力は、ここより少ないぞ」
「最悪の場合、袁紹に助けを求めるという手段も、ご考慮ください」
第三勢力による援軍ほど、危険なものはない。
一時凌ぎにはなるが、見返りで求められる対価は馬鹿にならないだろう。
劉備に援軍を求めた劉璋然り、曹操に援軍を求めた袁譚然り。
史実の三国志を知っているなら、それがどれほど危ういことかは明らかであった。
「恐らく陳宮はこのまま東平国を落とし、濮陽に迫るでしょう。我らに出来るのは、耐える事のみ」
「劉備が徐州を奪うまでか?」
「はい」
自分の手で自分の道を切り開けないことが、こんなに苦しいものなのか。
籠城戦は、過酷だ。こんな思いに苛まれながら、正気を保たないといけないんだから。
・方陣
四角や円に固まった陣形。方円陣ともいう。全方位の攻勢に対抗できる。
基本は奇襲に備える防御陣形で、敵が見えたら迎撃陣形に移行する。
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