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28話 信頼の形


 濮陽の城に入り、真っ先に董昭の宿舎へと赴く。

 金好きな性格にしては、比較的に質素で地味な宿舎だった。


 良くも悪くも、董昭は金で動く。金の流れを謀略の中心に置いている。

 郭嘉による董昭の評価は、ざっくり言うとこんな感じだった。


 そもそも誰かを陥れることが仕事の「謀臣」が、まともな人間なはずが無いのだ。

 だからこそ嫌われるし、監視される。その嫌われ者をどう扱うかで、君主の色は決まる。


「これは我が君、急な訪問、予めお伝えいただければ宴席でもご用意しましたのに」


「それが嫌だったから伝えなかったんだ。戦地で宴会なんかしたら、夏侯惇殿に怒られる」


「なるほど、それは確かに」


 数日前、都より多くの荷台が届いた。差出人は、大叔父(丁宮)殿であった。

 銅銭や錦の織物や珍しい玉石など。例え元大政治家であろうと、ポンと出すには多すぎる金銭だ。


 これだけあれば、五千の精兵を迅速に集められるだろう。

 しかし俺はそれを全て携え、こうして濮陽へ赴き、全て董昭に預けることにしたのだった。


 まぁ、全部そうしろって郭嘉に言われたんだけど。


「今日は、これをお前に届けに来ただけだ」


「な……これは一体、どういうことですか?」


「没我から聞いた。汚職をしてるみたいだな」


「はて、何のことでしょう」


 僅かな動揺すら見せず、まるで冗談のように受け取り、ニコニコと笑う。

 胆が太いというかなんというか。確かにこれは、荀彧や荀攸も警戒するわけだ。


「別に怒る気はない。しかし、前にも言ったな。お前を取り立てた俺と于禁将軍の面子を潰さないようにと」


「確かに、聞きました」


「俺は一度信じた人間は疑わない。袁紹とは違う。人には言えないが、金が必要な事情があるんだろ? だからこれを使え」


「これほどの大金を、この私にお預けになっても?」


「大叔父殿の全財産だ。全て使ってくれ。だが、結果は出せ。荀彧殿や夏侯惇殿からの説教は俺が受ける」


 ニコニコ笑っていた董昭の目が、真っすぐに俺の顔に向く。

 俺も真っすぐに見返す。小さく、丸々とした身体だが、大きな圧を感じた。


「この財貨に見合うだけの品を、お持ちします。叶わない場合は、この首を献上します」


「その時は俺も首になってるさ」


「決して、そんなことにはさせません」


 深々と頭を下げる董昭を見て、俺はそのまま宿舎を出た。

 金は、信頼を形にしたもの。どこかでそんな話を聞いたことがあるな、とか考えながら。



 恐らく、呂布は間もなく全力を挙げて兗州に攻め込んでくる。

 後方で俺と呂布の背後を伺い続けていた袁術も、先の戦で呂布に蹴散らされた。


 これで呂布の動きを縛るものはなくなった。袁術も大将格を複数人失い、軍の再編に忙しく出征は無理だろう。

 しかも、呂布は千騎のみを率いて、五万の軍を蹴散らした。兵の士気も鰻登りに違いない。


 それに対抗すべく何とか俺の未来知識を生かして戦に役立てないかとも考えるが、これも色々と厳しい。

 未来の複雑な機構の話を、分かりやすく人に説明するというのはマジで難しいからだ。


 俺だって他人から遠い惑星の新技術の話とかされてもわけわかめだしな。

 頭にUSBとか刺し込んで、全部そのまま伝えることが出来りゃ楽なんだが。


「なぁ、曹仁。馬の背にさ、こんな感じで座席や足場を固定する物を付けるのは、難しいか?」


「出来なくはないでしょうが、実用に持っていくには、最低でも十年はかかるかと」


 筆で絵をかきながら、騎馬隊を率いる諸将を交えて、俺は「鞍・鐙・蹄鉄」の説明をしていた。

 この時代の騎兵は鞍も無く、内股で馬腹を締め上げながら駆けていた。


 これは相当な技術が必要で、生まれた頃から馬に乗っていた遊牧民の専売特許となっていた。

 鞍が出来れば乗馬の技術も大幅に簡単なものになり、騎兵も揃えやすくなる、と思ってたんだがなぁ。


「馬は極めて繊細な生き物です。赤子の頃から戦場の音や、障害物に向かって突進させる感覚に慣れさせ、ようやく戦で使える馬に育ちます。人を乗せるにも慣れが必要ですから、ましてや装備を付けようとすれば、必ず嫌がります」


「まぁ、俺も急になんか身体に変なもの装着されたら嫌だしなぁ。うーん。育成と技術と生産と、難題は多いな」


「ですが試す価値は大いにあります。技術者に試作品を多く作らせ、馬商人にも話を通しておきましょう」


「そうしてくれると助かる……だが、それよりも先に、呂布が問題なんだよ」


 野戦で迎え撃つだけの兵力は無く、勝算も無い。

 そこで荀攸や董昭が提示したのが「籠城戦」であった。


 ただ籠城戦は、援軍が来ることを前提とした戦術である。

 そしてその作戦の核となる「援軍」を担うことになる人物が、問題なんだ。



「伝令に御座います。劉豫州様が到着なされました」


「分かったすぐに行く。曹仁、悪いがついて来てくれ」


「御意」


 籠城戦になれば、兗州で人心を得ている陳宮を擁する呂布軍が圧倒的に優勢だ。

 こちらがこもっている間に、別の地を片っ端から制圧していけばいいんだから。


 ならばこちらも、同じことをする。それが荀攸の提示した戦略だ。

 人心を得ている劉備に徐州を取らせ、呂布の背後を突いてもらう。


 呂布に勝つには、それしかない。

 だが、その作戦は間違いなく、俺を死に導く一手でもあった。



・鞍、鐙、蹄鉄

遊牧民の専売特許である乗馬の技術を大幅に簡単なものにするための補助具。

これらが開発されると馬上で踏ん張りが利くようになり、重装騎兵に代表される突進戦術なども出来るようになった。

歴史上でこれらが登場するのは、だいたい三国志の時代から百年後くらいのこと。


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― 新着の感想 ―
[一言] 鐙もさくっと歴史改変で登場するけど そんなわけないよねぇ...  金は、信頼を形にしたもの これはネットビジネスやってますが よく、ギブ、ギブ、ギブなんていいますが 与えることで信頼を得て…
[一言] 鐙の話題を見て、十数年前に流行った恋姫SSで、一刀くんが鐙を提案しまくっていたのを思い出していました。 一体何人の一刀くんが、鐙を提案したでしょうか?
[良い点] みんなに煙たがられる中 ここまで信頼して何も聞かずに任せてくれるとか 董昭本当に命をかけて働きそう
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