22話 キビ団子
曹昂が退いた。それに伴い、張繍も退いた。
いつぶつかってもおかしくない程、緊迫していた両陣営が、同時に陣払いを始める光景は異様でもあった。
兗州に呂布軍が侵攻。そして、張繍軍が劉表軍と交戦状態に突入。
天下は急速に過熱していき、乱世の様相が新たな風と共に移り変わる。
「殿! 兗州の豪族らは再びことごとくが寝返り、呂布を受け入れる構え! これより先はどこから奇襲されるかも分かりません!」
「曹仁、いますぐに夏侯惇に伝えろ! 濮陽に入り城を堅守せよと! 我らはこのまま定陶に向かう!」
「御意!!」
土煙で周囲は全く見えない。馬車は今すぐに崩れてしまいそうな勢いで上下に揺れていた。
腕が無く、手すりに摑まってられない不其を左手で強く抱き寄せ、右手で懸命に馬車の縁にしがみつく。
「お前の予言が、当たったな」
「張繍の戦、そのものが『誤り』で、訪れる『人』は降伏ではなく、劉備将軍であったと」
「呂布との戦は、占えるか」
「こんな状況で、落ち着いて、駒を振れると!?」
そんな耳元で怒鳴られたら鼓膜破れるでしょうが。
興味本位で聞いたことに、そんなに激怒されたらちょっとしゅんとしちゃう。
聞けば、呂布軍は四万の大軍勢で侵攻を開始していた。袁術もそれに合わせ、軍を集結させているとか。
この場合の袁術がどう動くつもりなのかは分からない。狙いは俺か、それとも徐州なのか。
劉備軍の一万、そして董昭軍の千が定陶に防衛戦を張り、呂布軍の侵攻を妨げている。
呂布も体勢を一度整えるべく、本軍を小沛に留めていると聞いていた。
俺らは呂布が本軍を出すよりも早く、定陶に到着しなければいけない状況だ。まさに一分一秒を争う。
「俺は兗州の戦の際は、父上の側には居なかった。どのような戦か、知ってるか?」
「私もまだ若かったので、詳しくは。されど、地獄のような戦であったと、男達は言っていました」
兗州の乱。当時、曹操軍の幕下筆頭であった陳宮と、曹操の盟友である張邈が、呂布を担ぎ上げて起こした大反乱。
青州兵を受け入れ、連年の戦で疲弊する民を無視し続けた曹操に、嫌気が差した兗州の有力者が立ち上がった反乱である。
元は曹操に味方していた兗州の有力者の九割方が寝返るという異常な反乱であった。
これに加えて、飢饉が襲った。食い物が無い中、戦い続けなければいけない、まさに地獄の風景。
曹操は食料の確保に辛うじて成功。これによって呂布から何とか兗州を取り戻したのであった。
確かにその現場で戦っていた者達にすれば、地獄のような経験だっただろう。
覚悟はしていたつもりだ。その地獄がまた、再び、引き起こされようとしている。
「劉備が小沛である程度は食い止めると、思っていたんだがな」
「あの御方は、曹昂様の臣下ではないでしょう? 誰であろうと、自分の身が一番大切ですよ」
劉備。あの曹操の、終生の宿敵。
漢王朝が生み出した、最後の「劉」の英傑。
この男をどう扱うかで、この戦の趨勢が決まる。
見極めなければ。何が何でも、見極めなければ。
◆
「夏侯淵、劉備とはどういう男だ」
「自分が天に選ばれたと、本気で信じている男です。一見すれば馬鹿ですが、見る人次第では英傑です」
「うーん」
「あ、キビに豆を混ぜ込んだ団子です。どうぞ」
「お、ありがとう」
急遽、兵站を管理していた夏侯淵を呼び寄せ、共に劉備と面会することにした。
というのも劉備が曹操の下に身を寄せた頃、両陣営の親交の印に、夏侯淵の姪が劉備軍の将である張飛に嫁いでいたらしい。
大柄でシュッとした、彫りの深いイケメン。さぞかし姪も美人なんだろうなぁ。
夜も更けた陣営を歩きながら、手渡された大きなキビ団子を一つ頬張った。
キビといえば、独特な穀物の甘みがあり好き嫌いが結構別れるイメージが強い。
だがこうして団子にして、甘みの少ない豆と混ぜ込めば、これがなかなかに美味い。
長細い米とか、おかゆにしたヒエやアワより、俺はこのキビ団子の方が好みだった。
「幸い、奇襲には遭わなかったな。兵站も大丈夫だったか?」
「今のところ問題御座いません。幾重にも兵站の道は確保しているので、ご安心を」
史実の夏侯淵は、定軍山の敗戦により、猪突猛進型のバカだと見られることが多い。
しかし、彼は曹操も認めた「行軍の天才」である。それは即ち「戦の天才」という評価に直結する。
だからこそ前線ではなく、兵站の管理を任されているのだろう。
不測の事態があって兵糧の到着が遅れれば、前線の兵士は飢えてしまう。
故に兵站は、軍の命だ。
夏侯淵は不測の事態があっても、兵站路を咄嗟の判断で変更することが出来、恐るべき速さで進軍する。
賊が現れても瞬く間に追い散らし、決して兵糧を奪われることは無い。何よりも直感で地形を把握する術に長けていた。
実際に彼の働きを目にしてみて、それがよく分かる。
曹仁が熟考を重ねて正解を導き出す将だとすれば、夏侯淵は一瞬のひらめきで正解を導く将なのだ。
「まもなく劉備将軍が到着されます。宿舎へ戻りましょう」
「分かった」
疲労が重なってそうな兵士達を見渡して、俺は団子を片手に踵を返した。
・主食
広大な中華では、やはり地域ごとに収穫できる農産物も異なる。
黄河流域はアワが主で、キビやオオムギも採れたとか。長江以南はコメが主になる。
基本はこれらを煮た後に蒸して食べる。粉状にして餅や麺にすることもあったらしい。
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