21話 郭嘉の策
毎日投稿が途切れたら、たぶん、アルセウスのせい。
楽しみ過ぎワロタ。
「招集できた兵力は、これだけか」
「申し訳御座いませぬ」
夏侯惇は悔し気に頭を下げていた。だが、逆に言えばよくこれだけ集まったともいえる。
四方を敵に囲まれ、曹操の戦死による求心力の低下などなど。
荀攸が提示したのはおよそ一万の兵力だったが、夏侯惇は行軍中にも懸命に兵を集め、さらに数千の兵力を得た。
多くの豪族が非協力的な情勢で、これほど多くの兵力を集められたのは驚くべきものなんだ。
史実では官渡の戦いの直前、兗州のケン城で防衛の任務を行っていた程昱の兵力は僅か七百だった。
対する袁紹は全軍で数十万の兵力を南下させようとしていた。どう考えても少なすぎる。
ただ、これが曹操陣営の限界なんだ。兵糧も兵力も無いまま戦争ばっかやっていた、それが曹操だ。
その状況を知っているからこそ、今の俺が夏侯惇を責めることなんて出来やしない。
「荀攸、敵の兵力は」
「張繍軍が二万余り、後方に劉表が軍を集結しつつあり、そちらの方は三万を優に超えるでしょう」
「それに比べ我が軍は、多く見積もっても一万五千か」
「殿、この夏侯惇を先鋒に任じてください。必ずや張繍の軍を切り裂き、曹操様の仇を取ってみせます」
この戦に出る前、郭嘉に念を押されたことがある。
夏侯惇を決して危地に赴かせないこと。先鋒を願い出ても、必ず取り下げること。
今、誰よりも曹操への殉死を求め、死に場所を求めているのが夏侯惇だ。
俺が独り立ちできるようになったと見れば、必ず夏侯惇は死に場所を探すだろうと。
諸将らをまとめることにおいて、夏侯惇以上の適任はいない。将の将たる人材は得難いものだ。
そのことを考えれば、ここで夏侯惇を失うことだけは避けたかった。
それに、俺が曹昂になって、初めて心を許した人物だ。こんなことで死なせたくはない。
「夏侯惇殿、貴方は今の私の父に等しき存在にして、全軍の総帥だ。どうか私を、側でお助け下さい。それで荀攸、如何に戦えばいい」
「兵力不足な面は否めません。されど敵軍が兵糧に乏しいという話は聞いています。ならば決戦は急がなくても良いかと」
諸将の居並ぶ中、荀攸は立て掛けられた地図の前にゆったりと歩み寄った。
その指はウチの軍の後方、兵糧を一旦集積している「魯陽」を示している。
「この地は現在、夏侯淵、李典将軍によって強固な陣が築かれております。ここまで敵を誘い込めれば、勝てます」
「勝つだけじゃ駄目だ。敵軍を殲滅し、張繍を討つ。それは出来るか」
「出来ます。道中、野営地を多く設けたのも、戦線を後退させやすくするためです」
これは史実における、諸葛亮の北伐と似た戦術だと言えるだろう。
攻勢をかける側なのに、入念な下準備を施し、敵を誘い込んで撃破する。
この戦術によって、第四次北伐で司馬懿は諸葛亮に敗北を喫している。
勿論、簡単な話ではない。しかし兵力の劣勢を補うには、こうした奇策を用いなければならない。
「されど、我々も時間はありません。現に兗州はまだ不穏な気配が漂っており、そして何より、仇を前に後退など」
難しそうな顔で懸念を表すのは、前軍を率いていた于禁将軍であった。
つい最近まで兗州の反乱を鎮圧していたのだ。兗州の様子は誰よりも分かっているからこそだろう。
「では、将軍であればどう攻める」
「軽騎兵を上流へ迂回させて渡河し、正面から攻勢をかけている間に側面を突かせます」
「于禁将軍、張繍の軍はあの董卓の残党です。西涼の騎兵は強く、我らの騎兵も対応されかねません」
「されど軍師殿、戦を仕掛けているのはこちらだ。わざわざ敵に主導権を渡すのは得策ではない」
そうなんだよなぁ。張繍の軍はあの董卓の流れを汲む軍なわけで、弱いわけが無いんだ。
確かに宛城の敗戦は曹操の油断が原因だ。しかし張繍軍の強さを無視するわけにもいかない。
加えて、あの軍には賈詡がいる。
「于禁将軍、貴殿の戦術でも勝てるだろう。しかし我々の目的は張繍の首だ。ここで逃がしたくはない。貴殿の戦術で、張繍は討てるか」
「それは、分かりません」
「ここは荀攸の策を取る。だが何時でも川を渡れるよう、船と干し草だけは多く準備するべきだ」
その時だった。一人の伝令兵が幕舎に駆け入り、一つの書簡を荀攸に手渡す。
荀攸は顔をしかめ、渡された書簡を俺の文机に広げた。
「董昭からの危急の伝令です。呂布が軍勢を率いて兗州へと侵攻。小沛に駐屯していた劉備は、小沛を捨てて敗走したと」
それを聞き、夏侯惇は拳を握り、思い切り文机を殴りつけた。
仇を目の前に、また、何も出来ないのか。その無念が痛いほどに伝わってくる。
「荀攸、俺はまた、父の仇を討てないのか」
「……すぐに帰還すべきです」
剣を抜き、伝書を叩き切る。何度も、何度も斬り付ける。
勿論、俺には無念という感情はない。それでもこれはやらないといけない「儀式」だ。
人間は、感情で動く生き物だ。
いかに正論を並べても、論破をしても、データを示しても、何の意味もないどころか逆効果だった。
石田三成がなぜ関ケ原で敗れたのかを見れば、それはよく分かる。
嫌いな奴の言葉は、どれだけ叫ばれても耳に入らない。
だから俺は張繍討伐に動き、こうして伝書を叩き切る。茶番を全力で演じ切る。
最初から間違っていると分かっていたが、感情的に動き、わざわざ回り道をしないといけなかった。
故に、秘策だ。
「殿軍は」
「楽進将軍が適任かと。魯陽に駐屯させ、満寵将軍と共に警戒させましょう」
「夏侯惇殿、父上は、怒っておられるでしょうな。親不孝者だと」
「いえ、分かってくれます。ここは、堪えましょう」
郭嘉の、思惑通りだった。
出征を行えば、必ず呂布が動く。
戦略で言えば、やはり呂布への対応の優先順位が一番高かった。
だが、張繍に断固として対抗するという意思も表明しなければならない。
あとは賈詡が、同様に退いてくれるかどうか。ここで俺は張繍を相手にしている暇は無い。
もし追撃を仕掛けて来れば、こっちも命を捨てて戦わないといけなくなる。誰も得をしない戦だけが起きてしまう。
「全軍、急ぎ退却を開始する。呂布を討つぞ」
・北伐
劉備の建てた蜀漢は漢王朝の後継なので、魏は絶対に許さない。
という国是の下で行われた、諸葛亮による一大軍事作戦。
でも結局、小人が巨人と戦おうってのは中々に無理のある話だった。
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