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20話 対陣


 荊州南陽郡の雉県(ちけん)に、一万五千の曹昂軍と、二万余りの張繍軍が陣を構えていた。

 山道を抜け、平地が広がる中、両軍は川を挟んでの対峙を行っている。


 河川とはいえ、川幅はそこまで広くない。歩兵であれば、あまり苦労せずに渡れるはずだ。

 意気が盛んな様子の曹昂軍を遠くから眺めながら、張繍軍の参謀である賈詡は眉間を揉んでいた。


「まるで、幻覚を見ているようだ……悪いことばかりが思いつく、私の悪癖だな」


 既に曹操の首は取った。しかし目の前のあの陣に、まだ曹操が居る気がしてならない。

 常識破りな、神の如く兵を操るあの天才。曹昂を殺せなかったのは失敗だったのだろうか。


「ここにおられましたか、軍師殿」


「これは、殿。何か御用でしょうか?」


「劉表殿のことだ。やはり援軍もなく、寄越す物資も少ない。如何にすべきかと思ってな」


 曹昂の軍勢が少ないと知った劉表は、頼りにしているという態度を見せるだけで、物資や援軍は送らなかった。

 それどころか後詰と称して、郡の境に兵を配置し始めてもいる。


 曹昂と張繍が共倒れになれば、その隙を突いて南陽を取り戻し、あわよくば北進する意図があるのだろう。

 もし我々が曹昂に敗れればどうするつもりなのかと、張繍も賈詡も腹に据えかねる思いを抱えていた。


「殿は以前、曹昂が和議を拒めば曹昂を攻める、その逆なら劉表を攻めると申されました。その気持ちに変わりはありませんか?」


「あぁ、そして今、目の前にヤツが居る。まさか董承を討ってまで兵を向けるとは思わなかったがな」


 確かにその通りだった。董承の処刑の一報を聞いたとき、曹昂の評価を賈詡は改めた。

 あれは乱世に生まれるべくして生まれた、曹操の血を引く男だと。


 そして出兵の報告を聞いたとき、次の戦で間違いなく滅ぼさなければいけないとも思った。

 そんな時であった。密書を携えた使者が、接触を図ってきたのは。


 差出人は、曹昂陣営の参謀格が一人の「郭嘉」だ。

 書かれている内容は「殿は和議を飲む」というものであった。


 現在、曹昂の置かれている情勢は極めて危ういものだ。

 東では呂布が兗州を狙い、東南には皇帝を僭称する袁術が居て、北の袁紹も盛んに様子を窺っている。


 ただ、曹操の旧臣らが張繡との決戦を望んでいた。故に兵は動かさざるを得ないと。

 しかしこの決戦でこちらが攻めることはない。機を見て軍を退くと、その密書には明言してあった。


 ──互いに、後顧の憂いを断ち、決戦に望もう。


 郭嘉は、自分が頭に思い描いていた戦略をハッキリと言い当てて見せたのだった。

 冷や汗の滲む額を拭い、賈詡は恐ろしさに震えた。曹昂はここまで人間を捨てれる男であったのかと。


 だが同時に、甘く見られたものだという思いも浮かんだ。

 自分もこの乱世で最も過酷な戦場を生き抜いてきた。決戦でも、負ける気などさらさらない。


「曹昂を討つのなら、今すぐに攻めるのは得策ではありません」


「そこなんだ、不可解なのは。侵攻側は曹昂のはずだ、なのになぜヤツは攻めてこず、悠長に陣を構えているんだ?」


「我らの兵糧不足を知っているのです。故に痺れを切らして、こちらが動くのを待ち構えているのでしょう」


「ならばやはり、攻めるべきでは。幸い兵力はこちらが多い、小細工も圧し潰せば問題はない。橋頭保さえ作れれば、騎馬隊で蹂躙できる」


「いえ、奴らは情勢が不安定。時間が無いのは我々も同じですが、我らが劉表から兵糧を受けられればこちらの勝ちです」


「不思議な話だ。陣を構えている相手は、曹昂なんだがなぁ。結局は劉表との話次第になってくる」


 政治や外交の先に、戦争というものがある。戦というのは、始まる前に勝敗が決まっているものだ。

 涼州の戦場で青年期を過ごした張繍には、いまいち理解できない理論なのだろう。


「しかしやはり、この戦は攻めない方が良い。今、曹昂軍がどのような罠を仕掛けているか、お分かりですか?」


「罠? いや、分かりません」


「曹昂軍はここまで来るのに、野営地を細かく設けており、後方の魯陽県では兵站の拠点まで作っています」


「……反攻に移れる拠点が細かく設けられていると」


「そうです。徹底的にこちらの消耗を誘い、魯陽までおびき寄せて殲滅する。それが彼らの罠でしょう。罠にわざわざ足を踏み入れる必要はありません」


「流石、軍師殿だ。背筋の冷える思いがしました」


「防衛側はこちらです。待っているだけで敵を撃退できるなら、彼らの自尊心を大いに傷つけられるでしょう」


 郭嘉の言う通りなら、曹昂は直に退く。そうでなくとも対応できるよう、あらゆる事態を想定し、布石を打っておく。

 事前に想定していた範囲で、思っていた通りの展開になるのは二割くらい。あとは現場の判断に任せる。それが戦だ。


「それじゃあ早速、劉表殿に兵糧をせがむ使者を毎日のように送りつけるか。あの後詰の兵も目障りだしな」


「斥候を増やし、夜襲にも備えておきましょう」



 それから、二日後の夜の事であった。

 張繍の耳に「曹昂軍が全軍の撤退を開始した」という一報が入ったのは。




・劉表

当代きっての儒学名士にして、荊州牧の群雄。巨人。

劉備を保護した良い感じのお爺ちゃんというイメージが強いかな?

でもヤバめのアルハラをしたり、憎らしい謀略を駆使したという一面も。


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