17話 曹昂の政変
わーい! 歴史ジャンル月間トップ10入りを果たしたぞぉ!!
読者の皆様に感謝申し上げまする!!
宛城の戦いからどれほどの日数が経過したか。
始めは戸惑いも多かったが、何故か今の俺の頭は不自然なほどにクリアだ。
この戦乱の時代を、曹操の下で過ごしてきた曹昂の記憶。そして俺の前世の知識。
二つの自我の根拠となるものの境目が次第にあやふやになり、そして溶け合い、今の俺の思考を作り出している。
俺が誰なのか。もはやその問い掛けすらよく分からない。
俺は俺だ。全てを合わせて、今の俺なんだ。
「于禁、賊討伐の任を終え、ただいま帰還致しました」
謁見の広間にて、群臣らの居並ぶ中、于禁はその中央で跪いていた。
もう既に兗州の管轄者は、于禁から董昭へと引き継ぎは終わっており、ひとまず反乱も鎮圧されたとみても良い。
「面を上げよ」
「ハハッ」
「董車騎(董承)、詔を」
「御意。此度の乱の鎮圧に関し、于禁の功績は第一のものであるとし、列侯に封じる。更に官職を加え、車騎将軍府の司馬に任命する」
「……ありがたき幸せ」
居並ぶ将軍達の顔色が曇る。于禁といえば曹操軍きっての勇将であり、外様では最たる将軍だ。
ついに董承は旧曹操軍の取り崩しにかかった。それが明らかになるような人事だったのだ。
「ひとつ、車騎将軍にお聞きしたいことが」
「なんだ」
「張繍攻めに関してのこと。聞けばしばらくの間、軍を動かすことはないとか。これは本当ですか」
「陛下は曹司空の死に心を痛めておられる。我らはまず陛下をお守りする為、ここは守りを固めたほうが良いと軍議では決まった」
「張繍だけでなく、呂布は、そして、袁術は」
「同じである。守りはすれど、攻めはせん」
「変更はありませんか」
「くどい! 控えろ!!」
董承が苛立ちで怒鳴り声をあげた瞬間、于禁は俺の目を見て、同時に頷く。
今しかない。
于禁は退室するために立ち上がったかと思うと、静かにその場で右手を上げた。
合図だ。
突如として、四方から兵士の喧騒が聞こえ、衛兵らは押し倒され、于禁が連れてきた十数名の校尉が謁見の間に雪崩れ込む。
皆が皆、精鋭だ。
武器などなくとも衛兵らを一瞬の隙に制圧することは容易く、戸惑う群臣らは数人の兵士によって取り囲まれる。
董承は事態の急変に驚きを隠せないまま、軍人の本能として腰に佩いていた剣を抜いた。
その瞬間、俺は地を蹴り、一足飛びに董承の腰を足裏で押し倒す。
倒れた董承は、俺の護衛である許チョに組敷かれ、瞬く間に無力化。
俺は落ちた剣を拾い、董承の首筋に当てる。
「──静まれ!!!!」
「こ、これは、曹昂よ、裏切ったのか!?」
「とんでもございません。陛下、ご安心を。この場に陛下を売ろうとする賊がいた為、危急の手段を取らせていただきました」
「賊だと」
「郭嘉!」
「ここに」
前髪を垂らし、大人の男の色香を感じさせる一人の官僚が、前へと進みでる。
あれが、郭嘉だ。未来を見通す目を持つと言われた、才知に溢れた天才。
郭嘉が従者に声をかけると、数多の書簡が劉協の前に積まれていく。
何が何だかわからず怯えている劉協を前に、郭嘉は深々と頭を下げ、言葉を続けた。
「これらは全て、車騎将軍である董承が、あろうことか皇帝を僭称する袁術と取り交わしていた書簡の数々に御座います。中には陛下を蔑ろにする記述も多く、これは斬首刑に値する罪になるかと」
「と、董承、これは本当か」
「まさか、陛下は、この、董承の忠誠を、お忘れか!!」
「陛下、どうぞご確認くださいませ。証拠は目の前に、山のごとく並んでおります」
積み上げられた書簡をいくつか手に取り、劉協は僅かに震える手で一つ一つに目を通し始める。
董承は許チョにのしかかられて、苦しそうに喘いでいた。身動き一つとれないらしい。
董承は曹操の下に身を寄せる前、劉協と共に袁術の下へ向かおうとしていた過去を持つ。
その為に、迎えに出した曹洪の軍勢が董承の抵抗に遭っている。
だからこそ、董承が袁術と関りを持っていても何一つ不自然ではない。
いや、むしろそれを利用したまである。
嘘をつきたければ真実の中に、僅かに潜ませるのが良い。
そして、形として手に取ることが出来れば、更に真実味が増す。
「曹昂……貴様、自分が何をしてるのか、分かっているのかっ。儂を、無実の忠臣を、かくも」
「今、于禁と共に帰還した兵が車騎将軍府に雪崩れ込み、次々と証拠を見つけていることでしょう。なのにまだ、忠臣と名乗りますか」
「この、腐れ外道がっ」
「それは陛下が判断されること。さて、陛下、董承の処罰をお命じ下され」
書簡を膝の上に落とし、劉協は頭を抱えたまま下を向いている。
そして次に漏らした言葉は、僅かに震えていた。
「董承は、長安で朕を救ってくれた。その功に、免じることは出来ぬか」
「反逆罪を免じると? かくも証拠が揃っているのにですか? それは万民が納得いたしますまい」
「側室の、董貴人はつい先日、妊娠が分かったばかりだ」
「本来ならば三族皆殺しですが、そうですね、他家に嫁いだ女は他家の者と見なすことも出来ましょう。されど身辺は改めさせていただきます」
「そうか……あとは、将軍に任せる」
「御意」
「陛下!!!!」
董承は喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。しかし、劉協は苦しげに顔を背けたままだった。
話は終わった。そしてここから、俺の歩みは始まる。
「許チョ、董承を直ちに処刑し、万民に晒せ。見せしめとする」
「御意」
「郭嘉、お前は近衛兵を率い、反乱に加担した者と、董承の一族をことごとく捕らえよ」
「既に手配は済んでおります」
「夏侯惇!!」
「な、こ、ここに!」
「今すぐに軍を整えろ! 張繍を攻める! 父上の仇を討つぞ!!」
夏侯惇は瞳を潤ませ、ボロボロと大粒の涙を零しながら、獣のような雄叫びを上げた。
いや、夏侯惇だけではない。復讐に燃えていた多くの将軍が、同じように吠えていた。
きっと曹操ならこうしただろう。
異様に沸き立つ周囲を見渡しながら、俺はそう思った。
・剣履上殿
天子から与えられる特権の一つ。剣を帯びたまま宮中に入ってもいいよっていうヤツ。
銀英伝では、ラインハルトがキルヒアイスからこれに似た特権を奪ってしまったので……
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