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16話 失望


「曹操の倅があの様子ならば、こっちも気が楽というものよ」


「反乱の鎮圧など軍才はありそうですが、人の上に立てる器ではありません」


 董承は似合わない冠を外して、傍らの若い従者に預ける。

 都の中でもひときわ大きな屋敷。ここは董承の宿舎であり、自らの城ともいえる車騎将軍府である。


 これから数多の人材を採用し、朝廷から政治的な権限を完全に移行させる。

 実権のない「皇帝」という駒を上手く使えば、天下を掴むことすら容易いだろう。


 董卓も、李カクも、この駒の使い方を誤って地獄へと落ちた。

 それを目の当たりにしてきた董承だ。同じ轍は踏まないという強い自負を持っていた。


「だが油断は出来ん。曹操が死んだとて、政治は荀彧が、軍部は夏侯惇が影響力を持っている。この二人は注意せねばならん」


「将軍の威光があれば、容易く解任できそうな気も致しますが」


「代わりがおらん。特に荀彧だ。ヤツに至っては、曹操すら上回る政治の権限を握っている」


 曹操が死んでもなお、朝廷の中核を占めているのは、荀彧の推挙した豫州潁川郡の出身者ばかりであり、その牙城は固い。

 軍事においても、夏侯惇、夏侯淵、曹仁という猛将らが今なお将兵の支持を集めているのが現状だ。


「では荀彧や夏侯惇に代わる、有望な者を将軍府で登用するしかないと」


「正攻法はそうだ。だが、時間がかかる。その間に張繍や呂布に攻められては意味が無い。故に、軍部だけでも握っておきたい」


「策があるのですか?」


「小沛に駐屯する劉豫州(劉備)を使う。食わせ者だが、陛下の信任も厚い。ヤツと曹昂の任を交代させ、夏侯惇や荀彧と引き剝がす」


 荀彧や夏侯惇は、今なお曹昂に忠誠を誓っている。曹操の意志を絶やさないために。

 だからこそ、曹昂には利用価値がある。あれを上手く扱えば、曹操の旧臣の動きを大きく制限できる。


 乱世を背負って立てるような男だとは思っていなかった。所詮、父の威を借る気弱な男だ。

 こうして曹昂に失望した旧臣たちを引き剥がし、吸収してやる。ゆくゆくは、曹昂も一軍人として使い捨ててやる。


「そういえば五日後に、兗州に駐屯していた于禁の軍が帰還するらしいな。その論功についても考えねばならん」


「どうでしょう、于禁は別に曹昂の縁者でもありません。この機会に、形式だけでも将軍の麾下に入れられては?」


「それは良い考えだ。では陛下に、劉豫州の件も含め、話を付けに行くとしよう」



 結局、張繍との和議は保留となった。張繍から譲歩を引き出せるだけ引き出そうという董承の思惑だ。

 これに夏侯惇を始めとした曹操の旧臣たちは怒りに震えている。俺に対する失意を、隠そうとする者も少なくなっていた。


「許チョ、ここで待っていてくれ」


「御意」


 許昌の郊外。非常に質素で、小さな堂がひとつ建っている。

 ここで三か月の仮埋葬を行い、改めて曹操の遺体は故郷に葬られることになっていた。


 これが、一時代を築いた男の墓か。

 俺は木箱を一つ抱え、不思議な心持ちの中で堂へと歩み寄る。


「うん?」


 その堂のすぐ側である。一人の壮年の男が、切り株に腰を下ろし、目を閉じていた。

 大柄で白い髭を伸ばしており、まるで石像のようにピクリとも動かない。そして何より、見る者を委縮させる厳格さが備わっている。

 見たことがあるような気もするが、どうも名前が思い出せない。


「もし、どちら様でしょうか」


 俺が問いかけても、男はうっすらと瞼を上げるだけで、だんまりを決め込んでいた。

 そして明らかに、俺を良くは思っていない。不快さの滲む表情で、無視されたままである。


 ただ、特に害意はない。

 明らかに文官のなりをしているし、そもそも素性の怪しい人間はここに立ち入れない。


 流石に無視されては会話も続けられない。

 とりあえずジジイを放っておき、俺は身をかがめて堂の中に入った。


「……丕か」


「何用ですか」


 まだ中学生くらいの少年が、みすぼらしい身なりをして、父の死を悼んでいた。

 親が死ねば、子は三年の喪に服する。それが、この時代の「孝行」に対する考え方だった。


 つまり今の俺は、とんでもない親不孝者なわけだ。

 若き弟に侮蔑の目を向けられても、仕方ない。


「父上の首を納めに来た。外に居た御仁は、知り合いか?」


「司馬京兆尹(司馬防)です。私の師として、荀彧様が付けてくださいました」


 あの、司馬懿の父か。

 そういえば若き日の曹操を起用したのもまた、彼であった。


「なるほど。良い師だ」


「兄上は、変わってしまわれた」


「あぁ、今の俺は、かつての俺じゃない。嫌いか?」


「憎いほどに。何故、張繍を討つと言って下さらないのですか。涙を流し、父上の死を悼まないのですか」


「それをして父上が喜ぶとは思わないから」


 今から土を掘り起こして、棺の中に箱を納めることは流石にできそうもない。

 堂の祭壇部分に箱を安置して、立ち上がる。


「丕、体を労われよ。それと、明日はあまり外を出歩かないように。少し騒がしくなるからな」


 狭苦しい堂から出て、日の光を体いっぱいに浴びる。司馬防は相変わらず、俺に見向きもしない。

 これほどはっきりと嫌われてしまうと、流石の俺も少し心に来るものがあるな。



・曹丕

魏王朝の初代皇帝。中々、曹操が後継者に選んでくれないから性格が歪んだ説。

冷酷だったり、果物大好きだったり、文学オタクだったり、面白い逸話がたくさんある人。


・司馬防

あの司馬懿の父親。厳格を体現した爺さん。絶対怖い。

曹操を起用したという縁から、曹操とも親しかったとか。でも絶対怖い。


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