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115話 宛城の行方


 今後、劉表との連携を強め、張繍に当たって行かなければならないのは確かだった。

 本当ならこのまま劉表を飼い殺しにしたいが、そういうタマでないことは、まぁ、火を見るより明らかだ。


 そのため劉表にここまで付き従ってきた幹部格を一人、俺の側近に加えることにした。

 劉表としても、そういった存在が俺の側に居るだけで、色々と便宜を図ってくれるという意味でも助かるのだろう。


 そこで劉表が推挙したのが「伊籍」であった。三国志ファンなら聞いたことがある名だろう。

 益州での劉備政権発足人の一人で、外交や法整備に尽力したとされる人物である。


 劉表曰く、伊籍は荊州きっての「法家」であり、厳格な法整備を敷くウチとの兼ね合いも良いだろうとのこと。

 そういえば純粋な法家はウチにはいないな。荀彧を始めとした、現実主義的な儒家は多いけれども。


「戦には疎いですが、お役に立てれば幸いです」


「ちょうど軍規の件で困っていてな、色々と知恵をお借りしたい」


 切れ長の目つきに、低い声色。冗談も通じ無さそうな威圧があって、ちょっと怖いかも。

 俺の執務室で二人きり。面と向かって話しているわけだが、はてさて、どういう人材なのだろうか。


「張遼将軍の件ですね。その武名と異質さはよく耳にします」


「話が早くて助かる。あの将軍の実力を十二分に活かすには、規則で縛ってはならない。現に功績も大きい。しかし、新参のこの異質の存在が周囲との軋轢を生んでいるのも確かだ」


「軍規を改めて簡素に、分かりやすく制定しなおす必要があるでしょう。それに加えて、やはりここは張遼将軍を司空の直下軍に置いた方が、色々と説明もつくかと。司空の幕府司馬(軍事長官)、もしくは参軍(軍事参謀)になさいませ」


「直下軍に置くのか」


「犬を放し飼いにすれば皆が怖がります。されど、誰が飼い主なのかを示し、一応、縄で繋いでおけばいくらか安心というもの。司空の名の下で、独立した行動を認めればいいのです」


「あのー、あんまり人のことを犬に例えちゃ駄目だよ?」


「失礼」


 あ、この人もたぶん扱い難しいぞ? 思ったことをそのまま口に出しちゃうタイプだ。それも無意識に。

 めちゃくちゃ分かりやすいんだけど、オブラートの意識がまるで無いらしい。ひぇぇ。





 さて、というわけで宛城をどうするか。これが俺の頭の中にある最大の課題であった。

 ここからさらに張繍を攻めるには兵も物資も足りなさすぎるから、撤退しないといけないのは明らか。


 じゃあ宛城をどうするか。維持が困難なのはハッキリとしているが、しかし捨てるには余りにも惜しい。

 ここは南陽郡の要であり、張繍とのこれからの戦いも考えると、ここに前線拠点を置く戦略的意義は大きい。


「ふぅ、ふぅ、失礼、遅れてしまいました」


「大丈夫だ。よし、董昭も来たな。それじゃあ軍議を始めよう」


 これ以上、兵站を維持し続けるのは少し大変だった。戦況も停滞した以上、軍を留めておく利は少ない。

 というわけでこれからどうすべきか。それを検討しあう、最後の一大軍議である。


「大都督(夏侯惇)、宛城を捨てるべきか否か。どう思われる」


「絶対に握っておかなければならない地では御座いませぬが、張繍の更なる増長を防ぐためには、多少の無理は承知で維持しておきたいというのが、私の正直な思いです」


「我らに軍を駐留させるだけの余力はない。置けて千余りだろう。張繍からの攻撃があれば、防衛は敵わない。董軍師(董昭)はどうだ。兵站の任を預けていたが、宛城の維持は可能な線にあると思うか?」


「張繍から攻められないこと、民衆の慰撫を迅速に進めること、この二つが重なれば可能でしょう」


 宛城を維持するにはどうしても、現地で兵を集め、それを訓練し、そして徴税を行わなければならない。

 地力での防衛力を身に着けて初めて維持が可能なのだが、そこに辿り着くまでには時間がかかる。


 だからこそ、張繍の襲撃がない状態で、急速な民政の建て直しと慰撫を図ることが、宛城を維持するための最低条件となる。


「長く張繍に当たってこられた文聘将軍からも、意見をお聞きしたい」


「ハッ」


 劉表と共に逃れてきた将軍で、長く荊州北部の最前線を任されてきた叩き上げの軍人である。

 あの王威の上司というだけあり、彼もまた烈士と呼ぶに相応しい人物だった。


「願わくば私を宛城に留め、張繍と当たらせてください。例え死すとも、この地を守り抜く覚悟に御座る!」


「え、あ、うーん……うん! まことに気高き武人だ! 頼もしい限りだぞ!!」


「ありがたきお言葉!!」


 駄目だ、難しい話が出来るタイプじゃない。

 質問する人を間違えた。


「劉軍師(劉曄)、貴殿の意見は」


「楽観的な見積もりとなってしまいますが、案外、何とかなるのではと今は思っています。敵将・胡車児を失った張繍軍の揺らぎが大きいということを前提に考えれば、しばらく内側の立て直しに忙しく、外に目を向ける余力はないかと」


「ふむ」


 ウチでいうところの、夏侯惇や于禁が討ち取られたのとほぼ同じだけの衝撃があるわけだ。

 張繍の権威を象徴する涼州軍。ここの建て直し。そして襄陽を得たことで急速に膨れた組織。


 内側に様々な問題の種を抱いている今、すぐさま外征を行うのは難しいと。

 その間に南陽郡の基盤を固めてしまえという話だな。


「よし、決めた! 曹仁! お前に宛城を任せる。虎豹騎の指揮権は曹純に移行させてくれ」


「ぎ、御意!」


「補佐する副将は楽進! そして文聘・黄忠将軍が南陽の軍事を主導せよ。民政はカイ良・韓嵩殿にお任せする」


 曹氏一族の大将を置いておかないと威厳が保てず、民心の慰撫にも影響が出るだろう。

 そう考えると曹仁以外に大将の適任は居なかった。そこに劉表麾下の幹部達を中心とした組織を置いておく。


 荊州人が実質的にこの地を治める、これもまた民心を考えたうえでの措置である。

 ただ、荊州人士の主流派の多くは今や張繍政権の下だ。裏切りの危険も多分に孕んだ、綱渡り人事といって良い。


「夏口には黄祖・劉琦将軍の残党軍が駐留している。満寵将軍は汝南に戻り次第、彼らの引き入れに尽力してくれ」


「ハッ」


「それと劉曄、朱頼の二人は、俺の側近部隊を率いてしばらくここに駐屯し、曹仁将軍の下で民心の慰撫に努めよ」


「え、いや、それは……我々の職務は、司空の側仕えなのですが」


「朱頼よ、その側近がこの地に残ることの意味は大きいだろ? しばらくの間、許チョがお前の任務を引き継ぐ。心配するな」


 流石に劉曄は物分かりが早く、すぐに頷いた。

 よし、概要はこんなもんだろう。詳細は幹部達がまた自由に決めてくれるさ。


 それに今回の真の目的は、曹仁に経験を積ませることにある。

 史実では曹操に最も信頼され、地方の全権を任された魏国きっての大将なのだ。


 この男をどう成長させていくかで、ウチの未来が決まると言っても過言ではない。

 それを考える上では、この機会は何としても活かしておきたいという思いもあった。



・伊籍

劉表の配下だったが、後に劉備に仕えた荊州出身官僚。

劉備政権では孫権陣営との外交官を務め、さしたる問題もなく役目を果たした。

蜀漢建国時、法律である「蜀科」の制定メンバーに加わった。


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