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113話 膨れ上がる組織


 それでは駄目なのだ。賈詡は言葉に出来ないそんな思いを押し殺し、机を殴った。

 今しがた入った報告である。甘寧は穣の城を落とし、多くの敵の将兵を討つも、結果として劉表と複数人の幹部格を取り逃がしていた。


 張繡はその報告を聞き、劉表の首を獲れなかったことを僅かに残念がっただけで、生涯で初めて勝ち得た大戦果を前に浮かれ切っていた。

 襄陽を落としたのだ。実質、荊州が手に入ったのだ。今の張繍の頭はそれで一杯になっているようだった。


 しかし、ここで劉表をみすみす逃したことの意味はあまりに大きい。

 そして甘寧という猛将の弱点も、はっきりとここで露呈してしまったのだ。


「胡車児が死んだ今、甘寧将軍はこの軍中で最も実力と軍功のある人物。されど、大軍の指揮には向かん」


 劉表を取り逃すことなどありえない陣容、そして兵力だった。

 念には念を入れ、宛城から逃げてきた李厳に、そのままの足で穣の城に向かうよう指示してもいた。


 しかし逃げられた。劉表は決死隊を城に残し、自身がまだ城の中にいるように見せかけ、どさくさに紛れて脱出したのだ。

 これは甘寧が自ら城攻めに加わったため、全体への意識がおろそかになったことが原因である。


 軍の総帥たる者が、戦況優勢で、わざわざ前線に出る必要などどこにもない。

 おかげで曹昂が差し向けた援軍も、少し小競り合いをするだけであっさりと劉表を収容してしまったのだ。


「…勝利を掴んだはずなのに、流れが悪い。やはり急速に組織が大きくなりすぎたか」


 自分一人で手を伸ばせる範囲も限界がある。それにこの張繍軍の中核を占める涼州出身者は、戦いを経るごとに少なくなっていく。

 つまりここから先、どうしても荊州人士の手を借りなければ、張繡政権は覇を唱えられない。


 甘寧は益州の出身で、いわば外様。

 だから荊州人士を増長させないための重石として期待していたが、その期待は外れた。


 となると次に台頭してくるのが──


「李厳、か。私が"范増"になるか、それとも"張良"となるか。それはこの男をどう御すかに賭かっているらしい」





 面白いように人が増える。人生、波に乗るとこうやって一気に昇っていくものなのだ。

 大事なのはここで、つまらないことで足を踏み外さないこと。劉備は大きく鼻で息を吸い、腹に溜まっていた喜色を吐き出した。


「軍師殿よ、これから如何にすればいい」


「殿はこれからもしばらく揚州の有力者との面会に徹してください。孫策に不満のある者も多い。更に味方は増えまする」


 孫策の本拠地である揚州呉郡にて、暴動が起きた。その主犯は呉郡呉県きっての名門"陸氏"の者達である。

 陸氏が立ち上がり、縁のある呉郡の名門や豪族らもこぞって立ち上がった。そして彼らは、劉備の庇護を求めたのだ。


 陸氏の前当主である"陸康"は、かつて袁術と敵対していたため、袁術の指示を受けた孫策が攻め滅ぼした。

 その戦いは壮絶で、城を包囲した孫策は陸康の一党を飢え殺しにした。そのせいで多くの陸一族が死んでいった。


 その後、陸康の若い息子である陸績、陸氏の年長者である陸議の二人が、陸康亡き後の陸一族をまとめていた。

 そして孫策は遺恨のあるこの陸氏を懐柔するべく、その陸議に娘を嫁がせる。しかし、その陸議が裏切った。


 陸議は孫策の娘を娶っていたにもかかわらず、魯粛の工作に応じで反旗を翻したのだ。

 逆に、陸康の息子である陸績は陸議に従わず、孫策の一党と共に逃げてしまった。


「呂範の部隊が、孫策の身内を保護したまま会稽へ逃走中。なお会稽は既に張昭・全柔・虞翻らが抑えており、足場を固めております。容易くは落ちますまい」


「孫策と周瑜の部隊もこちらに向かっている。これに勝たなければ意味はないぞ」


 本拠の寿春には関羽を置き、未だ抵抗部隊が残る丹陽郡では張飛が奮戦中。

 劉備と魯粛は今、呉郡に赴き、反旗を翻してくれた有力者と手を取り合って、組織の調整を行っていた。


 帰還中である孫策の本軍は、丹陽郡を目指していると聞く。

 会稽に逃れた残党軍も、この本隊の動きに合わせて呉郡へと攻め寄せるだろう。


「急がれることはない。とにかく殿はここで民心の慰撫に努め、仁君らしく振る舞いなされ。孫策本隊が遺していった家族すら、賓客の如く扱われるべきです。これが王者の道というもの」


「ここまで来たのだ、最後までお前の脚本を演じてやる。しかし、敵は孫策。張飛は耐えきれるであろうか」


「陳登殿の援軍が駆けつけるまでは、耐えてもらわねばなりません。将来の天下の主の両翼となるのなら、なおさら」


 魯粛の目は既に天下を捉えている。いや、それしか見えていないと言ってもいい。

 故にこうした戦略の大事な局面で、どこか投げやりというか、運任せの進言をすることもある。


 この男を従える人間は、本当に天に選ばれた人間じゃないと駄目だな。

 劉備はまだまだ粗削りな義弟の顔を思い浮かべ、心配そうに溜息を吐いたのであった。



・陸議

後に改名して「陸遜」になる。陸遜の方が聞き馴染みあるよね。

夷陵の戦いの勝利の立役者であり、孫呉史上最大の重鎮。

めちゃくちゃ天才なんだけど、なんかちょっとロボットっぽいというか、人の感情を理解できない感じがある人。それが彼の最後をあんな感じにしちゃったのかなぁ、なんて。


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