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112話 諦めの悪さ


 穣の城はよく粘っていた。今なお劉表に付き従う将兵は、皆が覚悟を決めた生え抜きの烈士である。

 流石の甘寧と言えど、城に籠った精兵を相手にするのは些か難儀でもあった。


 加えて穣の城の北にかかる大橋。その渡し口にも城塞が築かれていて非常に厄介なのだ。

 城と砦が連携し、こちらの包囲を完全なものにさせてくれない。生憎、水上から橋を壊せるような工作兵や船団も無い。


 そんな中、甘寧の下に伝令が走る。

 斥候部隊の一つが接敵し、壊滅。敵は曹昂軍の張遼。


 甘寧は思わず歯噛みする。曹昂が劉表救出のための援軍を派遣したことは既に知っていた。

 しかし進軍があまりにも速すぎる。全部隊が騎兵ならともかく、歩兵を連れてのこの速度はあまりに無茶だ。


 実際は軽騎兵のみで編成された張遼の部隊が逸って勝手に進軍し、安直に目についた敵軍を蹴散らしたに過ぎない。

 だが甘寧は、先鋒の張遼がすぐそばまで来ているということは、援軍の本隊もそう遠くない場所に居ると誤認してしまった。


 このままでは城内の劉表軍と曹昂の援軍によって、包囲が挟撃を受ける危険性がある。

 城を落とすか、橋を落とすか、援軍を蹴散らすか。今のうちにどれか一つに全力を注がなければと、甘寧は結果を焦る。


「よし、城を落とす。俺が兵を指揮して攻めるぞ」


 総大将自ら攻城戦に参加するなど、普通に考えればありえない話ではある。

 しかしこの軍の最強戦力は、甘寧自ら率いる八百の精鋭部隊だ。これをぶつけなければならない。


 甘寧が援軍の本隊の場所を正確に把握していれば、新野からこちらに向かってる李厳の増援を待つことが出来ただろう。

 もしくは急いで「曹昂の援軍を阻め」と命令を出せたかもしれない。しかし戦場で正しい情報を掴むことは、非常に難しいことでもあった。




 一気に老け込んでしまってはいるが、劉表も伊達に乱世を長く生きてきたわけではなかった。

 諦めの悪い人間が、結局最後まで生き残る時代である。今の劉表には諦めや悲しみなどよりも、燃えるような怒りが満ち溢れていた。


 隠居後の楽しみのために取っておいた名酒コレクションが、酒の味も分からんような下賤な輩に奪われてしまった。

 人に話せば実にくだらないと笑われてしまうだろうが、劉表の場合は何よりもその事実が許せなかったのだ。


「絶対に、絶対に許さんぞぉ。あぁ、これほどの怒りを覚えたことは無い。張繍も蔡瑁も、この手で縊り殺してくれるわ…」


 穣の城に迎えられた時は、弱気で頼りなく萎んだ老人だった。

 それを見た将兵はこの先、大丈夫なのかと不安を感じたものだ。


 しかし今は飢えた狼のような目つきをしている。

 その怒りの真意まで汲み取れる者は居なかったが、強気になってくれた君主を皆が喜ばしく思っていたのは言うまでもない。


「黄忠よ、外の様子はどうじゃ」


「文聘将軍の指揮のもと、将兵は果敢に敵の攻勢を防いでおります。橋も依然として無事です」


「されど新野からの増援が加われば、打つ手が無くなる。それまでに何とかせねば」


 校尉の王威が、曹昂の本隊からの援軍の約束を取り付けてくれていた。

 しかし宛城からこの穣までの道のりは些か遠い。しかも主要道が既に張繡軍に抑えられているため、さほど整備されていない迂回路を通らないといけなかった。


 恐らく到着は、新野からの張繍の増援よりも遅い。

 それに曹昂軍は兵力も少ない。生き残るには、あまりにも細すぎる希望の糸であった。


「…劉磐が、また助けに来てくれればのぉ。後で向かうと、約束しておったではないか」


「殿が、いえ劉磐将軍が、口約束を守ったことは一度もありませんでした。故にいつも我らは振り回され、多くの味方を戦で失いました」


「お前はあやつの副官であったな。辛かったか?」


「はい。いつも無謀な戦を仕掛ける将軍のせいで、私は息子を失いました。されど恨んだことはありません。将軍は私の息子の死を、誰よりも泣き叫び、悼んでくれました。そして、敵に背を向けることを決してしない人でもありました」


 ならばあの甥と再会することはもはや叶わないだろうと、劉表は眉を顰めた。

 そういう気質を評価して、荊州でも最も戦争が多発する地域を任せた。逃げる味方のために、最後の最後まで城に留まるような男なのだから。


「…なおのこと、生きねばならんな。となればやはり、逃げる他あるまい」


「城から抜け出すと」


「勿論じゃ。だがそのためには多くの兵士と、勇気ある忠義の部下に死んでもらわねばならん。劉磐と同じ役目を、誰かに」


 そんな時であった。外の喧騒がやけに大きくなったのだ。

 総攻撃でも始まったのかと劉表が慌てて宿舎から飛び出すと、伝令兵がそこへ駆け込んできた。


 甘寧自ら攻城戦に加わり、敵の攻勢が極めて強くなっているとのこと。

 敵将がわざわざ、何をそんなに焦ることがある。そう思うと同時に、これを好機だと劉表は見た。


「王威を呼べい! 怪我人だ、丁重に招くのだぞ!!」


 やることは既に決まっている。非情と思われようと、生きなければならない。

 あの無二の烈士を、王威を城に残す。怪我人を連れて逃げることは出来ないと、冷酷な分析の下での決断である。


 劉表の瞳には、再び怒りの炎が灯っていた。



・黄忠

蜀漢の五虎大将軍が一角。劉備軍最大の勝利である「定軍山の戦い」の立役者。

老将として有名だけど、実は史実に黄忠の年齢は詳しく記載されていない。

でも関羽が黄忠に対して「老兵」って悪口言ってるから、たぶんお爺ちゃんなのかも。


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