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105話 心にも無いこと

新年明けましておめでとうございます!


 日もすっかりと沈みきってしまったが、煌々とした数多の篝火が、大きな石壁を明るく照らしていた。

 夜になっても一切、緊張感が崩れることは無い。やはり宛城は固い。力攻めに踏み切らなくて正解だったかもしれん。


 ここから包囲戦に移るとなると、事務がまた多くなるな。頭が痛い。

 兵役を満了した前線の兵士を、後方の兵士と順次入れ替えたり、兵站を組み変えたり、物資の計算や、戦略の建て直しもしないとな。


 それにまだ胡車児の残党が潜んでいるかもしれないから、それも潰していかないといけない。

 いずれにせよ気が休まる日々が訪れるのは、まだまだ先のことみたいだ。


「眉間に皺を寄せる表情が、似合うようになってきましたね」


「ほっとけ。それで、青州兵は呼んでないのに何故ここに居る、不其」


「あら、私は司空お抱えの易者ですよ? 戦があれば基本的にどこへでもついていきます。それに青州兵は、主の居ない集団ですので、私の所在は関係ありません」


 俺の幕舎の中に、本当にいつの間にか入り込んでいた腕なき占い師。

 器用に足の指をワキワキと動かしながら、易者らしく竹ひごの手入れなどをしているようだ。


「父君の仇の首を一つ取ったそうですね。お祝い申し上げます」


「まぁ、旧臣達も喜んでくれているし、息子として一安心といったところか」


「楽進様の処遇の件で、何やら軍中が少し騒がしかったですが」


「気にするな。今しがた朱頼に羊と酒を密かに持たせて、楽進の部隊に贈った。俺の気持ちを汲み取ってくれるだろう」


「…こういう点に関してだけは抜かりありませんねぇ」


「含みのある言い方だな」


 不其は眉を互い違いにひしゃげて、まるで俺をからかうかのような目線を向けていた。

 こういう点に関して「だけ」。うーん、なんのことなのか皆目見当もつかん。


 しかし聞くのも何だか不快だったから、俺はそのまま無言で武具を脱いで、体を拭くこととした。

 すると不其は少し声の大きさを上げて、子供を叱る母親のように言葉を吐く。



「子供はまだ出来ないのですかぁ~???」



「なんだよ、急に」


「あんなに盲目的に殿のことを好いてくれている傾国の美女が居るのに、放っておいて戦と政務の日々。ちんちんついてるんですかぁ???」


「部外者は黙ってろやい! 色々とあるんだ、こっちはこっちで! それにお前には関係ないだろ!」


「関係ない? 大ありですよ。分からないのですか?」


「は?」


 そんな苦虫を噛んだような顔をして。ちょっと顔が怖いよ?

 顔立ちが整っているだけに、なんだか余計に怒り顔が怖いんだよなぁ、この人。


「殿に跡継ぎが無ければ、次に曹家を継ぐのは誰ですか? 私達が何を恐れているか、分からないわけではないでしょう」


 もしも今、俺が死んだら、次の主は曹丕だろう。というか曹丕しかいない。

 まぁ、それ以前に俺がここで死んだらその時点でジエンドなんだけど。ということはつまり、曹丕が嫌なのか、こいつは。


 懸命に父の喪に服した曹丕の姿に心を奪われた者達は多い。儒学者を中心に、だ。

 儒学の世を拒む青州兵らにとって、曹丕は最悪の選択といって良いのだろう。


「曹丕に手を出すなよ」


「当たり前です。しかしこのままでは、青州兵は殿との盟約を信じきれません。跡継ぎを何が何でも作ってくださいませ」


「うーむ、こういう立場になると、我が子すら家庭の事情という形で片づけることは出来ないんだな…」


「嫡男を産ませるか、積極的に側室を持つか。私達を安心させてくださいませ。何なら、私が産んであげましょうか?」


 不其は神に、いや張角に身を捧げた女だ。子を持つなんて本心で言うはずがない。

 その表情を見れば分かる。俺のためというより、明らかに太平道のために嫌々出した提案だろう。


「ほざけ。心にも無いこと言いやがって」


「あら、本気かもしれないのに」


「父がどのような死を遂げたのか、知らないわけじゃないだろう。こっちの気持ちも汲み取ってくれ」


「我慢にも限界がある、という話をしたまでです。青州兵は頭が良くないですから、ちゃんとしてくださいね」


「…頭に入れておこう」


 言いにくいことをずけずけと対等な目線で言ってくるのは、今やコイツくらいなものだった。

 こうして若干の気まずさの中で、俺が濡らした布地で体をこすっていた時のこと、ぬらりと影から老婆が湧いて出た。


 不其といい、没我といい、勝手に俺のプライベート空間に入って来ないでくれないかい?

 まぁ、許したのは俺なんだけどさぁ。うーむ。


「何かあったのか」


「敵の間者と接触。こちらの密書を」


「分かった。下がれ」


 受け取ったのはまるで水筒のような竹筒だった。しかし水が入っているような感じはしない。

 こういうことには不其は一切干渉してこないので、一応放っておいている。アイツもアイツでいつの間にか俺に背を向けてるしな。


 上蓋を外し、竹筒の中から出てきたのは二通の書状。

 ひとつは煤けていて、下手に扱えば崩れてしまいそうなもの。もうひとつは柔らかな布だ。高級な蜀の錦に、綺麗な文章が綴られている。


「……不其、少し席を外してくれ」


「承知しました。ちなみに易の結果、この先は吉と凶が同時に現れております。お気を付けを」


「分かった、覚えておく。よし、誰かいるか! 夏侯惇、董昭、劉曄を呼べ! 今すぐにだ!」



・曹丕の性質

史実における曹丕は、陳羣や司馬懿を始めとした名門儒者官僚を重んじた政権を確立。

九品官人法という制度を作成し、人事権はその儒者官僚に握られることとなった。

しかし皇帝権限を強めたい曹丕としても、こうした儒者官僚の増長を苦々しく思っていた節がある。

曹丕や曹叡が長生きしてれば、魏王朝はもっと長期の政権を確立できた、かも。


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