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104話 刑罰と恩賞


 北門に兵力を集中させ、西と東に薄く配備。南門は完全に無人とする形で包囲は完了した。

 兵法では、城の完全な包囲を避けるべきとあるものの、一万ちょっとの兵力ではこれが限界なのだ。


 一応、北側の堀はもう既に埋まっていた。

 車蒙陣に見せかけた「ハリボテ土嚢輸送車」の成果が出ているって感じだろう。


 ここから無理に攻めて、さぁ、どうなるか。

 劉曄曰く勝率は一割ほどとのこと。戦なんてだいたいそんなもんだけど、うーん、渋い。


「これより、散った張繡軍残党の掃討をしつつ包囲を継続し、劉表に反攻を促します」


 まだ泥や血に濡れたままの将軍たちが急造の幕舎に集まっていた。

 各部隊長や校尉らはそのまま兵を指揮し、戦線を保ってくれている。ここに居るのは主だった将軍ばかりだ。


 俺の隣で、劉曄は意気揚々と声を張り、これからの陣形や作戦の詳細、変更点などを連絡。

 噛み砕いた更に詳細な連絡事項については、追って伝令で伝えることとした。


「それと、曹仁将軍は後方の夏侯淵将軍と連絡を取り、順に予備兵と前線の兵士を入れ替えていただきたい。負傷兵が優先となります」


「承った」


「連絡すべき点は以上です。では、司空」


 劉曄はキビキビと頭を下げ、静かに臣下達の列へと戻る。

 さて、問題はここからだ。此度の"英雄"を、どう扱えばいいものか。


「張遼、前に」


「おう!!」


 一番暴れていたくせに、一番元気が有り余っているような足取りで、血に濡れた英雄が俺の正面に躍り出た。

 そしてどかりと、ドデカい生首を差し出す。胡車児の首だ。憎き張繍軍の筆頭武将。曹昂という存在にとって、その価値はあまりに大きい。


 だからこそ迷っていた。

 確かに張遼は大功を立てた。しかし、上官の命を無視した独断行動で、だ。


 軍規に則れば勿論、処罰は免れない罪だが、功によって咎が消えるというのは戦の常でもある。

 だが俺は曹操のような戦場の男ではなく、威光も劣る。于禁譲りの徹底した軍規こそが、今の俺の威信の根幹でもあった。


「将軍、楽進から突貫を咎める指示は無かったか?」


「うん? いや、まぁ、そりゃあ、ありましたが。それが何か?」


「戦場での命令違反は重罪だ。楽進!」


「ここに」


「張遼将軍は功を立てた。されど下の者を従わせられなかったお前の罪は消えん。挽回の機会を与える。今すぐ周辺の集落や砦に急行し、張繍に靡く者あれば潰せ。良いな」


「御意」


 数多、体に傷を受けていながらも、楽進は表情を一切崩すことなくその足で幕舎を出ていった。

 諸将は勿論、張遼もまたこの張りつめた空気に驚きを隠せない様子だった。


 俺に軍才があれば、陣頭に立って兵を指揮することが出来る器量と武勇があれば、こんなことはしなくて良かったんだがな。

 今回は古参の楽進に咎を背負わせて、軍規が絶対であることを元呂布配下の将達に示すことにした。心が苦しい。後でちゃんと謝ろう。



 そして俺は椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり、血に濡れた張遼へと飛びついて、その体に全力でしがみついた。

 何度も、何度も甲冑の上から背中を叩く。自ずと涙も零れてくる。


「張将軍! よくぞ、よくぞ胡車児の首を取ってくれた! 貴殿こそ"天下一の強者"だ!!」


「あ、ありがたき幸せ」


「宛城で父が討たれた際、卑劣な奇襲部隊を指揮していたのがこの男だ。胡車児は、我が父の仇の一人。将軍、お前はこの曹昂の恩人だ、礼を言う」


 その場で跪いて頭を下げようとしたところ、慌てて張遼が俺の肩を掴み上げる。

 周囲も何やらあたふたとしている様子。夏侯惇だけが、その目を赤くして涙を堪えていた。


「頭を上げてくだされ。そこまでされると、その、申し訳なく思ってしまう」


「今この瞬間だけは、官職の上下など関係ない。私は曹操の息子として、恩人に頭を下げたいのだ」


「そ、そうか。いやしかし、周りの目が、ちょっと」


「なるほど。ならば司空として、将の働きに報いるとしよう。望みの恩賞を言ってくれ。叶えられることは全て叶えてやるぞ」


 刑罰と恩賞。軍を動かすために欠かせないのがこの二つだ。これだけは疎かにしてはいけない。

 将は部下の働きに何が何でも報いなければならないし、私情によって罪を免じてもいけない。絶対にだ。


 どちらかを僅かにでも軽んじれば、たちまち軍は崩壊への道に進んでしまう。それは歴史を見ていれば分かることだ。

 だから俺は多少の矛盾は承知の上で、罰を楽進に与え、賞を張遼に与えることにした。


 賞罰の徹底。曹操亡き後、俺が軍を保てたのはここに注力したからだ。

 と、俺は何となく思っているし、その自負もあった。


「ならば、我儘を言ってもよろしいか」


「遠慮はするな」


「では。我が部隊に、独断で行動する権限を与えてください」


 一瞬、明らかにピリついた。張遼は新参であり、武に生きる者達であれば、この新参者に何かしらのわだかまりはあるだろう。

 それを分かっているのか。いや、分かってないからこんなことが言えるんだろうな。遠慮も何もあったものじゃない。


 独断で軍を動かせるということは、戦場においては俺の指示を聞かなくても咎められないということである。

 新参者のくせに、俺と同格の立場で軍を動かそうというのだ。その気になればいつでも、俺の背後を突くことすら容易い。


「戦場でのみの話だ。俺は今までそうやって戦ってきた。戦場で上の指示通りに動くっていうのが、どうも肌に合わなくてね」


「兵法にもあるな。現場のことは現場に任せろと。将軍はどうやら根っからの軍人というわけか」


「戦場で生まれ育ってきた。戦う以外に、生きる術を知らないんだ。必ず、司空の役に立つ。天に誓っても良い」


「望む兵数は!」


「最大で千!」


「よし、二千だ! しかし徴兵と鍛錬は全て自分の手でやれ。そして必ず戦で功を成せ。しくじれば解体するぞ! 戦場でのみ、独断での行動を許そう!」


 めちゃくちゃ苦々しい顔をしている董昭と劉曄の顔が、視界の端に映っているが、今は気にしないでおこう。

 張遼は得難い。裏切るような男でもない。その武勇を十二分に発揮させるためならこれくらい安いものだ、と俺は思う。


 俺の言葉を聞いた張遼は、まるで子供のような喜色を顔に浮かべていた。周囲の将軍達も、野心にその目が燃えている。

 これでいいはずだ。たぶん。きっと。俺は心の中で、そう自分に言い聞かせた。


・報償と軍規

どちらかに偏れば不満が高まる、実に難しい問題点。

ただ当時の戦役では、軍規に反しても功を立てれば罪には問われない、とされるのが一般的だった。

とはいえこれを許し過ぎても軍紀が乱れるわけで。難しいねぇ。


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