101話 我が名は張遼
お待たせいたしました。ぼちぼちマイペースに無理なく投稿を再開します。
多分、週1ペースを基本に更新していくと思いますので、またお付き合いいただけますと幸いです。
生まれは、裕福な家だったはずだ。しかし辺境、そして乱世。
財産はむしろ暴徒を呼ぶ餌となり、家は食い荒らされ、少年は名を変えながら戦地を彷徨った。
枯れた草の根を食み、腐敗していない死骸を食うため、戦地の跡を漁りまわる。
覚えている昔の記憶はどれもが戦場の中であり、およそ人と思えない生き方をしていたと思う。
賊に拾われては略奪を働き、取り分を増やすため、拾ってくれた賊を殺す。
幸い、腕はあった。故にどこに転がり込んでも、少しは役に立てた。
『張遼、お前は強いな』
そんな数ある戦場の中で出会った、一人の青年。間違いなく、今まで見てきた中で最強の男だった。
己が強さのみに縋って生きてきた少年は、余裕の顔で手を差し伸べてくるその男に、激しい怒りを抱く。
『俺の隣で戦え。こんな世の中だ、戦場では力こそが正義。その正義を、俺のために振るうが良い』
『嫌だね。この力は、俺のもんだ!』
『フン、ガキのくせに…気にいった。自由に駆けるがいいさ、俺を越えることが出来るものならな』
◆
口も育ちも悪い涼州兵の挑発は、耐えがたいものがあった。
隣に立つ、この楽進とかいう将軍は額に血管を浮かべ、ぐっと唇を噛んで堪えていた。
曹操は未亡人に手を出し、無様に死んだ。
節操がない小男には、恰好の死に様だ。
そんな父を持つ息子は、父の仇も討たず、何度も無様に敗北を繰り返す。
挙句には年増の嫁を迎え、袁紹に泣きつき、養ってもらう有様だ。
父には節操がなく、子には忠孝がない。
あぁ、哀れだ。天下を乱すこの悪辣な親子を、我ら涼州の勇士が討ち果たさん。
「攻めないのか? あの様子じゃ、前線はもう駄目だろ」
「……今、最も耐えがたき殿が、耐えておられる。我らがその殿の命もなく、出陣は出来ぬ」
なるほど、曹昂という殿さまはこういう武将にも慕われる器量を持つのか。
侯成が心服するのもよく分かる。しかし、まだ分からない。どうして、呂布殿は破れたのだろうか。
涼州兵の挑発に乗らず、グッとこらえながら、楽進は中央の伝令に従うように軍を小さく固め始める。
侯成の率いる前軍が乱れ、崩れ始めたのだ。こうなってしまうともう崩壊は止められないだろう。
あとは本軍で敵の攻勢を食い止め、反転攻勢を行う他ない。
この軍の将校らは、それを成せるだけの胆力があった。しかしながら、それだと被害も免れない。
「張遼将軍、騎兵を率いて中央へ。殿をお守りせよ」
「どうしてだ?」
「……軍令だ。それ以上でも、以下でもあるまい」
「楽進、ひとつ教えとこう。我ら并州騎兵も、あの下衆共と同じく辺境の戦場で育ってきた。そして戦場ではひとつ、絶対に守らないとならないことがある」
戟を構え、一歩前に進み出る。
配下の騎兵らもみな、思いは同じのようであった。
「馬鹿にしてきたヤツは必ず殺す。そいつの親も子も、全員だ。舐められるような男に、兵はついて来ない」
涼州騎兵は個の力を活かして戦う。
并州騎兵は、一人のカリスマによって活きる。
今まではそれが呂布だった。呂布に率いられたからこそ、并州騎兵は無類の力を発揮した。
しかし今、そのカリスマは居ない。だがその最強の男に臆せず、乗り越えようと生きてきた男は居た。
「──俺だけを見てろ! 後に続け!!」
周囲の制止など意に介さず、方天画戟を天に掲げる男の号令で、僅かばかりの騎兵は一気に飛び出した。
背後より楽進の怒号が聞こえる。しかし張遼がそれに従うことは無く、無謀ともいえる突貫を開始。
思い出せ。自分が一番、あの男の側で戦ってきたはずだ。
そしてその幻影を今、追い抜かなければならない。
「我が名は張遼! 我が名は張遼!!」
涼州を殺すは并州だ。かつて董卓を、呂布が殺したように。
その言葉で敵の目にも怒りが宿る。その怒りを捻じ伏せることこそ、戦場の快楽だと言える。
敵兵が最も密集している箇所、そこに敢えて突っ込む。無謀の中に、道を作ってこそ英雄だ。
戟を振るい、一気に三人の首を跳ね飛ばした。だが、幻想の中の呂布の動きにはまだ届かない。
常に張遼の前を駆けていた男は、まるで水の中を泳ぐ魚のように、戦場を走るのだ。
どうやってもあの流れる動きは真似できない。それならば、自分のやり方で戦うのみ。
「こんなもんか! 涼州の犬共!! 馬に跨るだけなら、餓鬼でも出来らぁ!!」
型も何もない、力任せに戟を振るい、殴りつける。鮮やかでも何でもない、暴力の連撃。
一番敵の熱が濃い箇所に飛び込んでは、力任せに食い破る。これが張遼の戦であった。
小さな穴をこじ開け、暴風となり、戦場の風を変える。
戦場の流れを一人で変えてこそ、呂布の兵を継ぐに相応しい。
その暴風の流れを読み取った、猛将が見えた。間違いない、あれが胡車児だ。
巨大な馬に、巨漢の武将。涼州の戦場で生き抜いてきた、その威圧を全身に感じる。
「邪魔をするな、蠅虫風情が」
「俺の名を上げるには、丁度いい首だなぁ!!」
胡車児の振るう、肉切り包丁のような大刀が、張遼の方天画戟を跳ね上げた。
膂力では完全に劣る。だが、張遼は呂布の隣にいた男だ。胡車児はその意味を知らない。
張遼は跳ね飛ばされた勢いそのままに馬上から飛び上がり、胡車児の巨躯にしがみついた。
両者、もんどりうって馬上から落ち、数多の兵士を押し倒しながら地面を転がる。
先に起き上ったのは、張遼だった。
ただの一瞬も、首級を見逃さなかった貪欲な目。
起き上がろうとした胡車児の顔面を蹴り飛ばし、剣を抜く。
次の瞬間、血飛沫が上がった。胡車児の胸には深々と、張遼の剣が突き立てられていた。
「胡車児の首を掲げろ! 追撃だ! 取れるだけ首を取るぞ!!」
未だ乱世。英雄一人の活躍が、戦場の流れを大きく変える。
并州騎兵はここで新たに、最強の名を冠する英雄を担いだのであった。
・遼来遼来
「張遼が来るぞ!」という意味。三国志演義では「遼来々」と語感の良い表現で用いられる。
合肥の戦いで獅子奮迅の活躍を見せる張遼に怯えた孫権軍の将兵が、このセリフを叫んで逃げ惑ったのだとか。おまけに張遼も自分で名前を叫びながら暴れるから、怖いったらありゃしない。
孫呉では泣いてる子供をあやすとき「遼来遼来」と言ってあやした。鬼じゃん。
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