05 意外な見送り
「さあ……それでは、僕が守る国境、デストレへ帰りましょう。この天馬車は守護魔法が掛けられていて、上空でも寒くはないので、安心してください。レティシア」
彼に視線でそれを見るように促された私は目を見開いて、目の前にある信じられないものをまじまじと見た。
だから、ヴィクトルは、この不思議な馬車の発着場に着きたくて、城の階段をずっと上がっていたんだ!
「すごい……」
そこに用意されていたのは、白い翼ある大きな馬四頭に引かれた馬車。芸術品のように瀟洒な彫刻が施されたお洒落な灰色の馬車は、かなり大きくて、私たち二人乗るには十分なようだ。
すごい。シンデレラの馬車みたい! と思ったけど、それを引くのは翼ある白馬。
なんだかこの世界、重量オーバーくらい乙女の夢を満載しているけど、乙女ゲームならば、それは当然のことかもしれない。
ここは、魔法がある世界観なんだ。私の憧れていた異世界転生、そのまま。
「……ライアン。お前はルブラン公爵へ伝言を。今夜、リアム殿下の婚約者ではなくなったレティシア嬢は、俺がデストレへ連れ帰ると」
「御意」
ヴィクトルは天馬車の傍に控えていた部下らしき人に伝え、その指示を聞いた彼は城の中へとサッと入って行った。
あ。あの人が、今の私のお父様ルブラン公爵に、何処に行くか伝えてくれるってこと?
全ての面倒を代行してくれるヴィクトルが私得過ぎて、手を合わせて拝むしかない……感謝。
生まれて来てくれて、ありがとうございます。好みの容姿すぎて、目の保養にも勝手にさせて頂いております。
「レティシア……? ああ、そう言えば、近距離の移動しかしない王都では必要ないので、天馬車は使わないですよね……デストレ地方へは、飛行する天馬車で行かないと、一月経ってしまいますから。しかし、これで行けば、明日の朝には着いています。すぐですよ」
感謝して黙って手を合わせた私に変な顔をしつつも、ヴィクトルはこれからの予定を教えてくれた。
「……これに、今から乗るんですよね?」
ようやく抱き上げていた私を降ろしてくれたヴィクトルは、馬車へとエスコートするために優雅な動きで手を取った。
「ええ。そうです。もしかして、高いところは、苦手でしたか?」
「いいえ! 逆に……とっても、うきうきして。楽しみです!」
旅行で飛行機に乗るのも好きだったし、空飛ぶ馬車なんて、最高でしかないよ!
「それは良かった。では、どうぞ。足元に気を付けて」
私たち二人が乗り込めば、それを合図に天馬車はふわりと浮き上がり、無数の星が輝く夜の空へと駆けた。
すっ……すごい。まるで乙女ゲームの世界! って、ここはそうなんだろうけど。
その時に、偶然、窓を覗いていた私には、私たちの乗った天馬が引く馬車を見上げる人たちが見えた。
あれは、リアム殿下と……黒髪の少女? あれが、異世界から来た聖女ヒロイン。
「あ……」
「レティシア。どうかしましたか?」
彼らが見えなくなるまで窓を見ていた私に、隣に座っていたヴィクトルは何が起こったのかと声を掛けて来た。
「リアム殿下が少女と一緒に、こちらを見ていて」
距離があって彼らの表情は窺えないけど、まばゆく闇を弾く特徴的な金髪は、きっとあの王子様だと思う。
さっき婚約破棄された王子様だけど、もう外見が良過ぎて、乙女ゲームで言うところのメインヒーローでしかない。
けど、私はもう、リアム殿下には既に嫌われてしまっているけどね。悪役令嬢だし、仕方ないけど。
「今夜を境に君にはもう、何の関係もない人たちですよ。この後は、二人で幸せに暮らすでしょう」
「そう。そうですね……」
ヴィクトルが私の上にふかふかの毛布を掛けて、そういえば私は、二の腕剥き出しのドレス姿のままだった。
今更になって思う。私さっき、王子様に婚約破棄されたんだって。
元婚約者と元恋敵だったはずの女性に、ああして並んで見送られているのを見るのは、なんだか寂しくなるけど仕方ない。
記憶がない婚約者に振られても悲しんで良いのかわからないし、私にだって既に良い人が見つかった。
朝には到着するから、広い座面で横になるように言われ、私がそうすると、ヴィクトルは車内にあった鞄から取り出した書類を確認するようだった。
真剣な横顔が、素敵。見惚れて眺めていたら、気がつかれて微笑まれ、恥ずかしくなって私は目を閉じた。
前世の記憶を取り戻して一時間も経ってないけど、婚約破棄されても何の未練もなく、幸せな悪役令嬢になってしまった。
古今東西、変わらぬ恋の名言。
……叶わなかった失恋を埋めるには、新しい恋をするしかない。




