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10 難易度高すぎミッション

 ここは、デストレ城にある一室。私に会うために、彼女はわざわざ来てくれた。


「やっぱり……レティシア様は、転生をしていたんですね。あれから動きがおかしいと思いました。まさかとは思っていたんですけど」


 この世界で珍しい日本人らしい顔を隠すためか、目深に被ったフードを払い除けた聖女ミユさんは黒髪ボブの可愛らしい人だった。


「初めまして。あの、ミユさん? 私……婚約破棄のあの場で、前世の記憶を取り戻したの……状況からみて私が悪役令嬢だと思ったんだけど、これって一体、何がどうなっているの?」


 私の話を聞いてから、彼女は脱力したように、ソファにへたり込んだ。えっ……何。私、そこまで酷いこと言った?


「ああ。そういうことですか。レティシア様はこの異世界が何か知らず、乙女ゲームか何かだと勘違いされていたと?」


「そうです……よく見る婚約破棄シーンだと思って……」


 衝撃を受けたらしいミユさんは何度か深呼吸をして、私に話をしてくれた。


「えっとですね……何から説明すれば良いものか。まず、レティシア様は悪役令嬢でなんてある訳なく、この物語のヒロインです。きっと、何か誤解されていると思いますが、私は物語を盛り上げるためだけの単なるモブ聖女です」


 今までずっと『こうでしょう!』と意気揚々と思っていたこと、全てを否定される内容に、私は驚きおののくしかない。


「え。嘘でしょう。聖女様が、モブなの? どういうこと? これは、何の異世界なの?」


 私の記憶にはまったくないけれど、現代から異世界転移した彼女には、この世界が何かを知っているようだ。


 真面目な顔をして頷いたミユさんは、私の質問に答えてくれた。


「この異世界は、珍しい恋愛要素多めの女性視点ハイファンタジーで大人気な『双頭の竜』という長編小説の世界です。開始の婚約破棄シーンは、数多ある異世界転生もの名作に敬意あるオマージュで、物語に入りやすいと世間では好評でした」


 ……オマージュ? 異世界恋愛ものの婚約破棄シーンの入り、確かに多いけど……多いけど……あの冒頭は普通なら、恋愛ものだと思う人多いと思う。


「はっ……ハイファンタジーの小説世界なの? 異世界恋愛物ではなくて?」


 あのシーンから始まったら、誰だって異世界恋愛ものだと思うよ。ソースは私。


「ええ。何なら、リアムとヴィクトルの二人をメインヒーローとした、逆ハーものでもあります。後は、神官ローエングリンと魔剣士アッシュが居て……もし、レティシア様がまだ彼らに会っていないなら、早々に二人に会わないと物語が詰んでしまいます」


 こ、これが異世界転生もの伝説の『このままだと物語詰んじゃう』発言っ……そうなんだ! 私がもし、物語ヒロインだとして、自覚ないおかしな動きをすると、必須フラグ立てを取りこぼしてそうなるよね。


「まっ……待って。待って。少し待って。とは言え、ヒロインの私は、ラストで最終的には、どちらかを選ぶんだよね? リアムとヴィクトル、どちらと結ばれるの?」


 これを、まず聞いておきたい。だって、結局のところそちらと結ばれるなら、先に結ばれておいた方が誠実だと思うし。


 ミユさんは難しい表情で頷き、とんでもないことを教えてくれた。


「実は『双頭の竜』は、私がここに来る前もまだ続いていて、未完なんです。けど、レティシア様がもし物語途中でどちらかを選んでしまうと、片方が闇堕ちします」


 悲しそうなミユさんに、私は驚くことしか出来なかった。


「……え? けっ……けど、選んでないって、さっき」


 物語は、未完なんだよね? だとすると、誰かと一時でも結ばれていると、おかしいよね?


「IFルートで、そういう結末があったんです。途中でリアム様を選んでしまったら、ヴィクトルがリアムを殺してしまうんです。それは、夢オチだったんですが、レティシア様がそうすると、きっとそうなるだろうと思わせてしまうくらいのリアルな夢で……」


「……物語が終わる前に片方を選んでしまうと、そうなるぞって言う、創作者からの警告めいたものだったってこと?」


 創作者……異世界の神、こっ……怖いー! となると、問題解決するまでに、レティシアつまり私は、どちらも選べないってことなの?


「ええ。ですから、レティシア様はこれから巻き起こる国家転覆の危機を何とか凌ぎながら、あの二人の間をのらりくらりして乗り切ってください!」


 ありえない難易度高すぎ案件をお願いされた私は、慌ててぶんぶんと首を横に振った。


「あんな、近い距離感で? 無理! 無理っ……だって、今の段階で、かなり糖度高いこと言うんだよ? まともな恋愛経験ない私はときめき過ぎて、心臓発作起きちゃう寸前だよ? ここから、あの人たちと関係が進んだらどうするの?」


 しっ……死んじゃう。ときめき過ぎて死んじゃうなんて、ある意味幸せかもしれないけど、絶対に嫌なんだけど!


 確かに女性は昼ドラっぽいドロドロの恋愛模様が好きかもしれない……但し、ヒロインは自分でないに限る。


「ええ。そうです。けどそれは、恋愛要素を濃くして女性読者を取り入れるための物語の仕様なので、これはもう仕方ありません。レティシア様がそうしないと、世界が滅ぶんです。この異世界の生物全滅です。どうにかして、耐えてください」


 どうにかして……耐えてください? 完全なる三角関係っぽい微妙な状況を? この世界、全ての生き物のために?


 おかしいおかしいおかしい。


「待って待って……待って。スケール感が、明らかにおかしいよ? これって、少女が可愛くときめくラブストーリーではないの?」


 あまりに鬼畜な新情報連発に、頭が追いつかなくて額に手を置いた私は、こことは違うどこか異世界に逃げたくなった。


 異世界ものの需要って、そういうことですよね!


「違います。どうしてもレティシア様が良いと言い張り婚約者になったリアムと、幼馴染でレティシア様以外嫌だとずっと想い続けていたヴィクトル。主に二人の恋心を利用して、レティシア様はここから世界を救ってもらうんです」


「え。待って……それって、いわゆる救世主だけど、やってることは最低じゃない?」


 二人の恋心を世界救済へ利用するって、どういうこと? レティシアってそもそも、どういう女の子なの?


「あの二人は、たとえそれを知っていていも、それで良いと言うと思います。レティシア様のためなら、それこそ何でもしますので」


「へ……へー……あの完璧なヒーローたちと、世界救うんだ……え。それって、私だよね? ……現代から来た聖女のミユさんでもなく? 待って、やめて。嘘でしょう」


 思わず現実逃避して遠い目になった私に、すまなそうな表情のミユさんは、目を閉じて両手を合わせた。チベットスナギツネみたいな顔している美女見るの、嫌だよね……私も嫌だよ。


「嘘ではありません……ここで、レティシア様に頑張って貰わないと、この世界で生きることに決めた私も死んでしまうんで、どうかお願いします」


「世界救済のために……愛を語るヒーローたちの間を、のらりくらり……回避するの? 嘘でしょう」


「いえ。本当です。ギリギリのところで、彼らを翻弄してください。けど、幸い私の方にはこの先の小説の情報はあるので、二人で力を合わせて進んでいけば、きっと小説の展開よりも早く攻略することも可能だと思います」


 喪女にはミッションインポッシブルな依頼を、さりげなくされた気がするけど、もう気にしない……!


 小説の内容を終わらせてさえしまえば、世界は救われていて、その先は私は自由だもんね。


「けど、今は私……まだ出会ったばかりで、ときめくだけに終わっているけど、あの二人、どちらかに恋に落ちたらどうなるの?」


「ええ。魅力的ですもんね。仕方ありません。私の読んでいた小説本体では、かなり恋愛要素は強かったです。もちろん、あの二人とのラブシーンも……他のヒーローだって、そうでしたけど」


 そう言ってから、何を思い出したのか、顔を赤くしたミユさん……まだ誰とも確たる関係でもないはずなのに、未来にどんな濃いラブシーンがあるの?


 そっ……想像したいような、したくないような!


「とにかく、世界を救ってしまえば、私が誰かを選んでも大丈夫だよね?」


 これよ。ここで大事なのは、これよ。早く救ってしまいたい。


「そうです! それに、世界を救ってからなら、どちらかと逃げることも可能ですし……きっと、大丈夫なはずです」


 え。どうして、そこで少し罪悪感あることを口にしましたと言わんばかりに、私から目を逸らしたの……? 何か隠してそうで、怖いんだけど。


「ま……まあ良いわ。とにかく、物語を進めましょう……まずは、ここから私は何をしたら良いの?」


「とにかく、まだ会っていないなら、すぐにローエングリンとアッシュに会わないと……彼らにしか出来ない、特別な役回りがあるので……」


 一応聖女っぽい役割もあるミユさんによる必死の説明を受け、今ここにある情報を纏めると、これから私……複数ヒーローが愛を語り迫り来る中で、世界を救うために、彼らの誰かと恋に落ちないように避け続ける無理ゲーを試みるみたい。


 えっと、うん。……それは、絶対、無理だよね。


Fin

最後までお読みいただきありがとうございました。もし良かったら評価して頂けたら嬉しいです。


また別の作品でもお会い出来たら幸いです。


待鳥園子

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