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◆4-12:サラウエーダ アトラス号艦橋

「〈ヴォーグ〉を使いましょう」


 サラウエーダが勇ましくその指示を発してから、すでに三十分が浪費されようとしていた。

 〈ヴォーグ〉自体は彼女の研究局が持ち込んだ実験機体であり、ここに到着する前からいつでも投入できるように臨戦態勢で待機させてあった。技術的、物理的には何の障害もない。

 だが、指揮官であるはずの彼女の指示は、ここにはいないどこかの誰かの承認を受けるために宙に浮いた状態となっているのだ。

 サラウエーダは改めて自分の置かれた立場が想像以上に軽かったことを思い知る。

 同時に、そうであるならば何も躊躇ちゅうちょする必要はないという開き直りに近い精神も獲得していた。

 自分の判断で〈ヴォーグ〉を実戦の場に晒すことには勇気がいったが、それをさまたげる力が働いているとすれば自分の役割は思い切りアクセルを踏み込むことにあるという割り切りであった。


 長らく待たされたせいで、アトラス号の艦橋では、暇を持て余し始めたナパが学校の休み時間のような気安いノリで席を立ち、艦長席のすぐ前でダベり始めていた。


「僕らがあれの搬入で必死になってたとき、どこかの高官がデカイ玩具おもちゃだなって笑ってたの、憶えてます?」


 そのときサラウエーダは実際死に物狂いであちこち動き回っていたので、そんな不快な話は耳をかすめてもいなかったが、確かにそんなことを言いそうな男の面相は思い浮かべることができた。


「玩具だと思ってるなら好きに試させてくれてもいいのに。お偉方にとっては、そもそもM力場なんて存在しないってことになってるんでしょ?」


 ナパは「それか、黙って起動させればよかったんですよ。僕に合図してくれたらこっそり連絡してやらせたのに」と続ける。

 サラウエーダはうっかりそれに同意しそうになったものの、彼の後半の愚痴を丸ごと無視して切り返した。


「逆よ。力場の存在を認めたからこそ、彼らは私たちをここに送り込んでるんだから」

「危険だと思ってるなら、そもそも持ち込ませなきゃ良かったんですよ。なんだってこんな土壇場で……」


 それはまあ、もしものときの備えという意味だったのだろうなと、これは頭の中だけで答えていた。


 本来これは遭難した子供たちを回収するだけの、おつかいのようなミッションだ。

 現地での観測の機会を与えて欲しいというのがM理研の主張の主たるところであったが、それならばと作戦主任の立場をお仕着せしてきたのは連盟政府の方だった。

 何らかの妨害や障害に見舞われたとき、取り得る選択肢は多い方がよい。

 消極的かつ臆病な備えとしてサラウエーダたちはここに置かれたのだろう。

 上としては、表面上まだ何も起きていない今のこのタイミングで、こちらから積極的に行動してみせることに気後れがあるのだとサラウエーダは解釈していた。


「十中八九問題ないと思ってても、判断を仰がれれば誰にだって迷いが生じる。遡上させた時点でこうなることは分かってた。……そうよね?」 


 そう言ってサラウエーダが話を向けると、補佐官のシトロフロロは表情も変えずに首をすくめてみせた。


「まあ、今さら急を要する場面でもありませんから。我々の処世術としてはこうなります」


 暗に停滞の原因は自分たちにあると認めた格好だが悪びれる様子はない。むしろ被害者をかこつけ憐れを誘う口振りである。


「急を要さないって、本当にそうかしら? 今頃あちらでは事の露見を恐れたメラン・ミットナーが子供たちの口を封じて回ってるかもしれないわよ?」


 もちろんそんな凄惨なことが起きていないことはサラウエーダも承知していた。

 区画内部のエコースキャニングにより、子供たちの生体反応とおよその行動は把握できている。


 だが、オラクルが分析して提示した可能性の中には、メラン・ミットナーが〈見えざる者〉の工作員であり、今もE16区画に潜んでいるという説が僅かながらに存在することも確かであった。

 エコースキャニングによれば、少なくともあと二人。ベルゲンの社会体験合宿参加者リストに含まれていない、子供大の生体反応が認められるのである。


「慎重になるのは構いませんけど、待たされる子供たちが可哀そうじゃないですか?」


 サラウエーダに加勢してナパも補佐官の男に詰め寄った。


「早く語り掛けて安心させてあげないと。本当にただの操作ミスだったって可能性もあるんですから」


 可能性があるどころではなく、通信が切断された理由としてオラクルが示した最有力候補がそれだった。


 ケース1。画面外にいた別の子供による悪戯、あるいいは意図せぬ過失。確率34%。

 スペースヴァンイア種の少女イザベルが、サラウエーダとの会話の中で見せた表情や目線の動き、言葉のチョイスや声の強弱などのデータをもとに割り出した確率である。

 本当は6割を上回る数字だったのだが、アドバイザーチームの意見や画面外から入手された雑多な情報群を入れて補正した結果、その値は随分と引き下げられてしまった。


 ちなみにケース2は、何らかの秘密が露見することに恐慌をきたした子供たちが意図的に回線を切断したというもの。こちらは確率16%。

 サラウエーダが直感的に確からしいと感じるのがこれである。

 ただし彼女らが隠そうとする秘密が何であるのかは想像が付かない。

 画面にメラン・ミットナーの顔写真を表示したときに最も感情の振り値が高かったことから、彼が何らかの形で問題に関わっていることは間違いなさそうではあるのだが。


 未知の技術でエコーセンサーを掻い潜り、未だE16区画のどこかに〈見えざる者〉が潜伏しているという可能性も含め、様々な可能性が否定されずに残り、考えれば考えるほど別の──より悲観的な──可能性が浮かび上がってくる。


 人質の奪還に当たる交渉人ネゴシエーターなど、その筋の専門家に放り投げたい厄介事であったが、サラウエーダは自分の立ち位置をそのような手の余る立場からとうに救い上げていた。

 作戦司令として命じた〈ヴォーグ〉の投入がそれである。


 何ら難しいことのない、誰がやってもよさそうに思える簡単な任務。

 それがあのとき、どこかで歯車を違え、空回りを始める感触があった。物事を上手くいかなくさせる見えない力。意思のようなもの。


 だから彼女はそれに真正面から立ち向かうのではなく、俯瞰ふかんすることに決めたのだ。

 突然通信が切断されたことについて、理屈らしい理屈を探しても仕方がない。

 大事なのは当たり前のことを当たり前に進めようとして失敗したという事実である。

 見えている現象はわば枝葉であって、それをそよがせているのは何かという方に目を向けねばならない。


 サラウエーダがやろうとしたのはゲームチェンジであり、幸いなことに、彼女の手には新たな盤面に指すべき手駒が握られていた。


「失礼。現場の私に裁量はありませんので、これはあくまで個人的興味でお訊ねすることだとご承知いただきたいのですが」


 控え目な咳払いを一つ挟んでシトロフロロが切り出す。

 サラウエーダとナパの当て擦った質問を黙殺した形だが、それはまあ、元からが八つ当たりのようなものなので仕方がない。


「仮に、あの〈ヴォーグ〉という兵器に載せた対抗兵装が敵の技術に対し有効であったとして……、いえ必ずしも有効でなくとも、何らかの影響を及ぼすとして、ですが。それが相手を刺激し、不測の事態を引き起こすとはお考えにならないのですか? 我々は今、曲がりなりにも状況をコントロールしています。敵の背中を捉えかけているのです。ここでの失策は──」


「いいえ。仮に我々のアプローチで刺激できたとすれば、それは失策ではないわ。今この宙域には銀河連盟全体の視線が注がれている。我々が取り得るあらゆる手段を講じてね。敵の介入があれば間違いなく観測できる。無駄にはならない。()()の事態ならなおのこと、()()しなければ」


 シトロフロロは何かを噛み締めるように口を固く結び瞳を閉じる。

 実は、この作戦に随行する軍事部門の人間は皆、これが決死の任務であるという覚悟を持って臨んでいた。

 表向きの任務は遭難した子供たちの救助という単純なものだが、これは四十年前に起きた未知の敵との遭遇戦の延長線上に存在する重大な任務であった。

 相手の力や目的が知れない以上、彼らが残していった痕跡に接触するにあたり、何が起こるかは決して予断を許さない。

 四十年前のリョウザンパクや今回のベルゲンのように、この宇宙から一瞬で消え去るほどの何かが、自らの身に起こらないとも限らないのだ。


 貴方がた科学者にその覚悟がおありかと、補佐官の男はそのことを問おうと考えていたのだが、一切の揺らぎなく語るサラウエーダの目を見て、シトロフロロは自分の不心得を悟った。


「──司令。E16区画からのコンタクトです」


 オペレーターの声に三人が揃って視線を向ける。


「コンタクト? いつ回線が復旧したの?」

「いえ。どうやら我々が外部からモニターしていることを見越して艦内の内線に向かって一方的に話しているらしく……」


 サラウエーダとシトロフロロが顔を見合わせてうなずき合う。


「いいわ。繋いで」


 艦橋のスピーカーにホワイトノイズがのる。


『──聴こえてないのか? 俺はアキラ・マルティネス。ベルゲンの警備員メラン・ミットナーの代理で話してる。頼む。応答してくれ。大事な話があるんだ』


 盗聴音声であるが故、先ほどイザベルとの間で交わしていたクリアな音声とはほど遠い。

 音声回線なので通話相手の顔も映ることはないのだが、正面のモニターにはアキラとメランの顔画像が並んで表示されていた。

 いずれも銀河連盟に登録された証明写真画像バストショットである。オペレーターの誰かが気を利かせたのだろう。


「こちらの声は届けられるの?」

「可能です。お使いください」


 オペレーターがそう答えてすぐ、サラウエーダの手元のホロディスプレイにトグルボタンがポップする。


「聞こえているわ。私は救助部隊の作戦主任、サラウエーダよ」

『──〈見えざる者〉の工作員を一人捕まえたんだ。捕獲部隊をここに呼んでくれ。今すぐに!』

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